2026年「はしか急増」が突きつける警鐘——299人、12年ぶり学年閉鎖、そして揺らぐ「排除認定」

ワクチンに長蛇の列が戻った2026年春

東京・新宿の小学校で、12年ぶりの「学年閉鎖」が起きた。原因は、過去の病気と思われがちな麻疹(はしか)。2026年に入って国内で確認された患者は4月中旬時点で累計299人にのぼり、これは前年同期の約3.8倍、過去10年で2019年(744人)に次ぐ2番目のペースだ。クリニックには成人のワクチン希望者が長蛇の列を作り、SNSには「自分は何回打っただろう」という投稿が並ぶ。流行はもはや小児のものではなく、働き盛りの世代を含む社会全体の課題として浮上している。本記事では、何が起きているのか、なぜ危険なのか、そして私たちに何ができるのかを多角的に整理する。

背景——「排除認定国」のはずだった日本

日本は2015年、世界保健機関(WHO)から麻疹の「排除認定」を受けた国である。これは「土着のウイルス株が3年以上検出されない」という厳しい条件をクリアした証で、東アジアでは数少ない達成例だ。しかし、ここに来てその地位が揺らぎ始めている。

国際的な逆風も強い。WHOによる排除認定は、英国・カナダ・スペイン・オーストリアといった先進国でもすでに取り消されている。米国でも2026年4月時点の感染者は1700人を超え、「25年ぶりの排除取り消し」が現実味を帯びる事態だ。麻疹は「過去の病気」ではなく、ワクチン接種率の低下と人の国際移動の活発化を背景に、世界規模で復活しつつある感染症だと言える。

国内に目を戻せば、ワクチン制度の歴史にも空白がある。日本でははしかワクチンの定期接種が法律に基づいて開始されたのは1978年。十分な抗体獲得に必要な2回接種制度になったのは2006年で、それ以前に小児期を過ごした世代——おおむね現在の30代以上——には、1回しか接種していない、あるいはまったく接種していない人が一定数含まれる。今回の集団感染で40代の教職員も感染しているのは、この「制度のすき間」を象徴する出来事だ。

詳細①——新宿区の集団感染と全国累計299人

東京都の発表によれば、新宿区内のある小学校で4月9日以降、麻疹の集団感染が確認された。児童17人と40代の教職員1人を含む計18人が感染し、4月20日から該当学年は学年閉鎖となった。都内で学年閉鎖まで踏み切ったのは2014年以来、約12年ぶりだ。同校に直近の海外渡航歴のある児童は確認されていないとされ、地域社会のなかで二次・三次感染が進んでいた可能性が示唆されている。

国立健康危機管理研究機構(JIHS)によると、4月6〜12日の1週間で56人の新規報告があり、これによって2026年累計は299人へと跳ね上がった。昨年1年間の累計(暫定値265人)を、わずか3カ月余りで超えた計算になる。地域別では東京都が最多、愛知県、首都圏近郊などで報告が相次いでおり、点ではなく面の流行になりつつある。

詳細②——「免疫健忘」という見えにくい二次被害

医療関係者が今回特に警戒しているのが、麻疹ウイルスが引き起こす免疫健忘(immune amnesia)だ。麻疹ウイルスは感染後、それまでにワクチンや過去の感染で獲得した免疫記憶を担う細胞を破壊することが知られており、感染後数週間から数カ月にわたって、肺炎、インフルエンザ、百日咳など他の感染症にかかりやすくなる。「治った後」も影響が尾を引くという点で、麻疹は単独の急性疾患ではなく長期的な免疫リスクでもある。

合併症そのものも侮れない。最も多いのは肺炎で、重症の脳炎、中耳炎、心筋炎を引き起こすこともある。感染力はインフルエンザの比ではなく、免疫がない集団に1人発症者がいると12〜18人に感染が広がるとされる(インフルエンザは1〜2人)。マスクや手洗いだけでは防ぎきれない空気感染で、患者と同じ空間にいるだけで感染が成立し得る。さらに妊婦が感染すると、流産・早産・死産のリスクが指摘されており、影響は世代を超える。

詳細③——3つの拡大要因と各機関の対応

専門家は、今回の急拡大を3つの要因の重なりとして説明している。第一に海外からの輸入感染。アジア各国や欧州で麻疹が再流行しており、訪日客や帰国者を起点に国内連鎖が始まっている。第二にワクチン接種率の低下。新型コロナ禍で定期接種が後回しになった世代の影響に加え、ワクチン忌避の広がりも背景にある。第三に制度変更による世代差。2回接種制の導入が2006年だったため、それ以前に育った大人に「免疫の谷」が存在する。

学会と行政は相次いで警鐘を鳴らしている。日本小児科学会は4月1日、日本ワクチン学会は4月17日に注意喚起を発表。厚生労働省は4月13日に予防接種の積極推進を再度呼びかけた。JIHSは医療機関向けのリーフレットを公開し、東京都はワクチンの速やかな接種を推奨している。一方で、需要の急増によりMRワクチンが一時的に逼迫する地域も出ており、定期接種対象の小児を優先する措置が取られている。

影響と今後の見通し

短期的な懸念はゴールデンウィークの人流増加だ。観光地や帰省先でのクラスターが顕在化すれば、5月以降に報告数が再加速する可能性が高い。中長期的な懸念はより大きい。現行のペースが続けば、日本の「排除認定」が取り消されかねない点である。WHOからは既に「土着株の定着」を疑う指摘が出ており、認定維持は政府の感染症外交にとっても象徴的な意味を持つ。

個人レベルでできる備えは明確だ。母子手帳や接種記録を確認し、1回しか打っていない、あるいは記録が不明な人は追加接種を検討する。海外渡航前は出発の少なくとも2週間前までに接種を済ませるのが望ましい。発熱と発疹がある場合は、医療機関にいきなり行かず、まず電話で相談してから受診する——空気感染で待合室をクラスター化させないための、極めて重要な作法だ。暴露後72時間以内のワクチン緊急接種、6日以内のγグロブリン投与といった事後対応も選択肢として整理されている。

まとめ——「過去の病気」ではなくなった麻疹

299人、12年ぶりの学年閉鎖、ワクチンに並ぶ大人の列。これらの数字と光景は、麻疹が「子どもの病気」「過去の病気」ではなく、現役世代を巻き込む現在進行形の感染症リスクであることを示している。背景にあるのは、海外流入、接種率低下、制度の空白という3つのほつれだ。社会全体で接種歴を点検し、迷ったら打つ——その積み重ねが、ようやく手にした「排除認定」を守る最後の防波堤になる。連休前の今週、自分の母子手帳をもう一度開いてみることから始めたい。


参考ソース

  • 朝日新聞「油断できないはしかの拡大 受診前にはまず病院に電話を」 2026年4月26日 https://www.asahi.com/sp/articles/ASV4S3T0NV4SUSPT00HM.html
  • 朝日新聞「新宿区の小学校ではしか集団感染 都内では2014年以来の学年閉鎖」 2026年4月21日 https://www.asahi.com/sp/articles/ASV4P44KMV4POXIE047M.html
  • 毎日新聞「ウイルス定着していないはずなのに はしか患者が増えているのは」 2026年4月25日 https://mainichi.jp/articles/20260425/k00/00m/100/141000c
  • 毎日新聞「2026年のはしか患者数、累計299人に 前年の1年間超える」 2026年4月21日 https://mainichi.jp/articles/20260421/k00/00m/100/102000c
  • 産経新聞「東京・新宿区の小学校ではしか集団感染 児童と教職員の計18人」 2026年4月22日 https://www.sankei.com/article/20260422-BFIM3ZWUMBBIZENNOC4TSFCXE4/
  • 読売新聞「社説:はしか感染増 侮ることなく拡大を防ぎたい」 2026年4月1日 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20260401-GYT1T00360/
  • FRIDAY/Yahoo!ニュース「肺炎、インフルエンザ、百日咳のリスクが増大!麻疹が抱える『免疫健忘』という恐ろしい二次被害」 2026年4月26日 https://news.yahoo.co.jp/articles/acdd2eb6c9631ec1e552d8f6abd0aa4eeeaf8325
  • 東京都 報道発表「麻しん(はしか)患者の集団発生について」 2026年4月22日 https://www.metro.tokyo.lg.jp/information/press/2026/04/2026042207
  • 厚生労働省(h-crisis)「麻しんの発生報告数の増加に伴う、予防接種のより積極的な推進等」 https://h-crisis.niph.go.jp/archives/473507/
  • 国立健康危機管理研究機構(JIHS)「麻しんQ&A」 https://id-info.jihs.go.jp/relevant-information/measles/faq/overview/index.html

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