浜岡原発データ改ざん、規制庁の調査中も継続——中部電力が問われる「技術者の倫理観」と原子力規制の限界

リード

2026年7月1日、原子力規制委員会の定例会合で、中部電力が浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)の再稼働審査に使う地震データを、規制庁が調査を始めた後も改ざんし続けていたという新事実が明らかになった。山中伸介委員長は「不正隠しが行われていたと推察する」「技術者としての倫理観の喪失が集団で起こっており、非常に残念だ」と、原子力規制のトップとして異例の厳しい言葉で中部電力を非難した。

問題の発覚は2026年1月。当初は「過去の一時的なミス」であるかのように受け止められかけたこの不正は、半年間の調査を経て、組織的かつ継続的な隠蔽の疑いへと姿を変えつつある。福島第一原発事故から15年、日本社会が営々と積み上げてきたはずの「原子力の安全文化」は、いま静岡県の一企業の内側で、静かに、しかし深く揺らいでいる。

背景——なぜ「基準地震動」が改ざんされたのか

浜岡原発は中部電力が唯一保有する原発で、御前崎市の太平洋岸に1〜5号機が立地する。1号機は1976年に運転を開始した老舗の原発だが、1・2号機はすでに廃炉作業中、5号機は東日本大震災後のトラブルで停止したまま申請すらされていない。今回問題となっているのは3号機(110万キロワット)と4号機(113.7万キロワット)で、いずれも2011年の震災後の政府要請を受けて停止して以来、14年以上動いていない。

再稼働の前提となる安全審査で最大の焦点となるのが「基準地震動」、すなわち施設が耐えるべき最大級の揺れをどう見積もるかという数値だ。中部電力は本来、1ケースあたり20パターンの地震動をランダムに作成し、その平均に最も近い波を「代表波」として統計的に選ぶという方式を規制委に説明していた。

ところが実態は異なっていた。外部委託業者にまず1000〜最大3万パターンもの地震動データを計算させ、その中から都合の良い候補を複数選定。原子炉建屋などの担当部署にも「選んでほしくない揺れ」に印をつけさせるなどして意見を聞いた上で、最終的な代表波を決めていた。しかも2018年頃以降は、あらかじめ意図的に選んだ「小さすぎる」代表波が、いかにも統計的な平均値であるかのように見えるよう、残り19パターンを逆算して作り込むという、より悪質な手口に発展していたことも判明している。225ケースの地震動データのうち、実に108〜225ケースで何らかの意図的な操作があったとされ、発覚のきっかけは社内の内部通報制度と、その後の公益通報制度に基づく外部からの情報提供だった。

詳細1——規制庁の調査中も改ざんは止まらなかった

今回、事態を一段と深刻にしたのは「時系列」だ。規制庁は2025年2月に外部からの情報提供を受け、同年5月から中部電力との面談を通じて調査を開始した。ところが7月1日の会合で明らかになったのは、この調査開始後もなお、225ケースのうち60件台のケースでデータの書き換えが続いていたという事実である。中部電力が規制庁の追及を逃れようとしていた可能性が濃厚で、山中委員長が「不正隠し」と断じた所以だ。神田玲子委員は「上層部のしかるべき方が対応状況を確認するなど関与した可能性がある」と、組織的な関与を示唆する発言をしている。

中部電力は「極めて深刻に受け止めており、改めて心より深くお詫び申し上げる」とのコメントを公表したが、具体的な指示系統や関与者については、外部弁護士で構成する第三者委員会の調査に委ねている段階だ。もっとも、その第三者委員会についても、委員の一人が過去に原子力規制庁への出向経験を持ち、東京電力の代理人も務めていた弁護士であることから、中立性に疑問を呈する声が反原発団体などから上がっている。

詳細2——地元・株主・政府、それぞれの反応

御前崎市議会の原子力対策特別委員会では「信頼はマイナス100だ」「原子力発電の安全性を揺るがす許し難い暴挙」といった激しい言葉が委員から相次いだ。林欣吾社長は市役所を訪れて下村勝市長に直接謝罪し、静岡県庁でも鈴木康友知事に頭を下げたが、周辺自治体は国への再稼働要望活動を取りやめるなど、地元の落胆は根深い。御前崎市はかつて原発マネーで潤った財政基盤を持つが、震災後の全炉停止が長期化する中、税収面での不安も同時に噴き出している。

高市早苗首相は1月の会見で「原子力利用の大前提である安全性に対する国民の信頼を揺るがしかねない、あってはならないこと」と述べ、経済産業省は電気事業法に基づき中部電力に報告徴収命令を出した。政府が原発の「最大限活用」を掲げ、老朽原発の建て替えを2050年代までに最大14基とする目標を打ち出す中でのこの不祥事は、原子力政策全体への逆風となりかねない。

企業統治への評価も揺れている。2026年6月25日の株主総会では、勝野哲会長・林欣吾社長の取締役再任は可決されたものの、賛成率は前年の90%超から勝野氏56.3%、林氏61.1%へと30ポイント以上急落した。米国の議決権行使助言会社ISSは「問題が個人の不正行為にとどまらず、より広範な文化的・構造的な弱点に関連している可能性がある」として両氏の再任に反対を推奨しており、海外投資家の厳しい視線が数字に表れた形だ。

詳細3——繰り返されてきた「隠蔽の構造」

原子力資料情報室(CNIC)は、2002年の東京電力による全原発トラブル隠し事件や、2020年に発覚した日本原子力発電・敦賀原発2号機での地質データ書き換えなど、電力業界で繰り返されてきた不正の系譜に浜岡原発の問題を位置づけ、「これまでも繰り返されてきた問題」と指摘する。専門性が高く閉鎖的な原子力部門の体質が、外部からのチェックを困難にしてきたという見立てだ。

規制委は現時点で、他の電力会社への「水平展開」(同種の不正がないか一斉点検すること)は見送る方針を示しているが、これに対しても「内部告発があるまで中部電の劣化を感知できなかった規制委が、他社に劣化がないと言い切れる根拠はない」との批判が出ている。実際、規制委自身も「10年近くだまされてきた原子力の番人」という評価を受けており、審査制度そのものの限界が問われる局面に入っている。

影響・今後——処分の行方とエネルギー政策への波及

規制委は今後、第三者委員会の報告書を踏まえて2026年夏頃に処分方針を決定する見通しだ。悪質性が高いと判断されれば、浜岡3・4号機の安全審査「不合格」という重い処分もあり得る。中部電力はこれまで再稼働に向けて防波壁建設などに2700億円超を投じてきたが、その投資が回収不能になるリスクも現実味を帯びている。静岡地裁で進行中の運転終了を求める訴訟でも、裁判所が中部電力の対応に「はなはだ遺憾」と苦言を呈する場面があり、司法面でも逆風は強まっている。

規制委は再発防止策として、安全審査での虚偽申請に罰則を科す原子炉等規制法の改正を検討しており、2027年の通常国会への法案提出を視野に入れている。これが実現すれば、電力会社にとって審査データの取り扱いは、これまでとは比較にならない重みを持つことになる。

対照的に、東京電力の柏崎刈羽原発6号機は2026年4月、福島第一事故後初めて営業運転を再開し、日本原子力産業協会の調査では2025年度の原発稼働率が事故後最高を3年連続で更新するなど、原発回帰の流れは全国的に加速している。その中で浜岡原発だけが「再稼働に最も近づいていた原発」から「不正により最も遠ざかった原発」へと立場を逆転させた格好であり、南海トラフ巨大地震の想定震源域に立地するという地理的特性も相まって、その帰趨は日本のエネルギー安全保障政策全体にも影響を及ぼしかねない。

まとめ

浜岡原発のデータ改ざん問題は、単なる一企業の不祥事にとどまらない。規制当局の調査が始まってもなお不正が続いていたという事実は、「事業者の性善説」に依拠してきた日本の原子力規制の脆弱性を浮き彫りにした。第三者委員会の調査結果と規制委の処分判断は、この夏、中部電力だけでなく日本の原子力政策全体の信頼性を占う試金石となる。国民の安全と電力の安定供給という二つの要請の狭間で、原子力という選択肢に再び向き合うためには、まず「データを誠実に扱う」という最も基本的な信頼の再構築が不可欠だろう。


参考ソース

  • 日本経済新聞「中部電力、規制庁の調査開始後も地震データ改ざん 浜岡原発不正」(2026年7月1日)
  • 読売新聞「浜岡原発のデータ不正、中部電力社内の複数部署が不正に関与…外部業者に『基準以上は除外』求める」(2026年7月1日)
  • 朝日新聞「中部電力の浜岡原発データ不正問題とは 株主が会長と社長の解任提案」(2026年6月26日)
  • 原子力資料情報室(CNIC)「浜岡原発の基準地震動策定でデータ捏造 徹底した真相解明と、過去の審査の全面的な見直しを求める」(2026年1月8日)
  • 静岡放送(SBS)「『安全文化の劣化以前の問題、技術者の倫理観の喪失』浜岡原発巡り中部電力の新たなデータ不正が発覚」(2026年7月1日)
  • 毎日新聞「原発審査、書類の虚偽に罰則導入へ 原子力規制委、浜岡不正受け」(2026年5月27日)
  • 日本経済新聞「原発安全審査の虚偽申請に罰則検討 規制委、浜岡の不正受け」(2026年5月27日)
  • 日本経済新聞「柏崎刈羽6号機、営業運転再開」関連報道(2026年4月16日)
  • 御前崎市議会・原子力対策特別委員会関連報道各社(2026年1月9日)

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