「端側具身AI」に賭ける中国スタートアップ——眸深智能の追加調達と国産チップ戦略
2026年7月26日、中国の具身智能スタートアップ「眸深智能(Motion Brain)」がPre-A輪の追加調達で約1億元を確保した。復旦大学教授と元インテル中国首席科学者が率いる同社は、ロボットの頭脳をクラウドから端末側へ降ろす「端側具身AI」に賭ける。推論遅延10ms、端側推論コスト95%減という主張と、国産チップへの全面対応が意味するものを読み解く。
2026年7月26日、中国メディア36氪が、上海のスタートアップ「眸深智能(Motion Brain)」によるPre-A輪の追加調達を報じた。調達額は約1億元。設立からわずか1年半の会社に、2025年12月以降だけで6度目となる資金が入った。
注目すべきは金額そのものではなく、この会社が何に賭けているかだ。同社が掲げるのは「端側具身大脳」——いわゆる端側具身AI(エッジ・エンボディードAI)であり、ロボットの頭脳をクラウドではなく機体そのものに載せてしまうという路線である。そしてその頭脳を動かすチップとして、同社が公表しているのは華為の昇騰、地平線、燧原といった国産勢の名前だ。
背景:中国の「大脳」バブルと、その中の異物
中国の具身智能(エンボディードAI)市場は、2026年に入って完全な過熱局面にある。IT桔子の集計をもとにした報道によれば、2025年7月から2026年6月までの1年間で一次市場の調達は503件、総額960億元を超えた。2026年上半期だけでも288件・460億元超で、そのうち約7割が上位20社に集中している。単独最大は它石智航が4月に決めた4.55億ドル(約31億元)のPre-A輪だ。
資金の向かう先は、この1〜2年ではっきりと移動した。かつては機体(ハードウェア)に集まっていた金が、いまは「大脳」——つまりロボットに何をどう考えさせるかのモデル層に流れている。ある投資家の言葉を借りれば、機体の問題はおおむね解けたが、ロボットが大規模に商用化できない核心的な理由は「脳がまだ十分に賢くない」ことにある、という判断だ。
その大脳領域のなかで、眸深智能はやや変わった位置にいる。数十億元単位を集める同業と比べれば調達規模は控えめで、看板に掲げるのも汎用ヒューマノイドではない。同社が押し出しているのは、モデルを極端に軽くして端末に載せきるという、地味だが検証しやすい主張である。
復旦発の「鉄の三角」——誰がやっているのか
眸深智能は2025年1月に上海で設立された。共同創業者は3人、いずれも復旦大学に縁がある。
CEOの穆澤林(穆泽林)は1995年前後生まれの連続起業家で、前身のAI企業「木心智能」でイグジットを経験している。陳濤(陈涛)は復旦大学教授で深層学習ラボの責任者、華為海思の画像エンジン「悟空」の開発に関わった経歴を持つ。そして張益民(张益民)は、元インテル中国研究院の首席科学者。AI研究と商用化に約30年携わってきた人物だ。チームには海思、インテル、NVIDIA出身のチップエンジニアも加わっている。
中国の具身智能ユニコーン43社を調べたある集計では、創業者がひとり残らずトップ大学の研究室か大手テック企業の出身だったという。製品も収益モデルもまだ固まらない段階で、資本が値付けできるのは「人」しかない——眸深智能の資金調達ペースも、その構造の一例と見るのが公平だろう。
なお同社の調達は、2025年12月のエンジェル輪から途切れず続いている。2026年5月にPre-A輪で3億元を確保し、今回の追加調達がそこに積み上がる形だ。さらに近5億元規模のPre-A+輪が進行中とされ、企業評価額は半年で10倍以上になったと報じられている。
技術の中身:VLAではなく「世界動作モデル」
同社の技術路線は、いま主流のVLA(Vision-Language-Action、視覚・言語・行動)とは異なる。自らは「世界動作モデル(World Motion Model)」と呼ぶ体系を軸に据えている。
出発点は2022年のMLD(潜在空間モーション拡散モデル)で、人間の動作を離散的な信号から連続的な信号へと写し替えた。続く2023年9月のMotionGPTは、人体の姿勢を約3000個の「動作トークン」に分解するもので、NeurIPS 2023に採択されている。言語モデルが単語をトークン化したのと同じことを、身体の動きに対してやろうという発想だ。
2026年に入ってからは、時空一体世界動作モデルSTI-WMと、自己進化型のT²MB(Task²Motion Brain)を投入した。STI-WMの学習データ配分は、インターネット動画が80%、モーションキャプチャが10%、実機データが10%。同社によれば動作精度99%を保ちつつ、実機データの必要量を従来比で90%削減したという。T²MBはロボットがローカルでの対話だけを通じて継続的に最適化される仕組みで、実行精度が最大25%向上するとされる。
学術面では、IJCAI 2025で最優秀論文賞を受賞している。NVIDIAのDAIR研究室が発表したARDYモデルがMLDとMotionGPTを引用してもいる。
なぜ「端側」なのか:遅延・コスト・そして国産化
同社が公表している端側化の数字は、事実であれば産業的なインパクトが大きい。
- モデル圧縮:1000億パラメータ級 → 100億パラメータ級(パラメータ約80%減)
- 推論遅延:200ミリ秒 → 10ミリ秒
- 端側推論コスト:20万元 → 1万元(約95%減)
- バッテリー駆動時間:約10倍
- 新規ロボットプラットフォームへの適応:2週間以内
実際に復旦の「光華1号」、宇樹のG1、上海人形機器人創新中心の「青龍」「霊龍」に載せた実績を挙げている。
ただし、これらはいずれも同社の自己申告であり、第三者による検証結果ではない。読む側は割り引いて受け取る必要がある。
それでも、なぜ端側なのかという問いには構造的な答えがある。ひとつは物理的な制約だ。ロボットが自律的に動き回る以上、消費電力は航続時間に直結する。エッジ向けチップを手がける爱芯元智の担当者は、必要なのは極端な演算性能ではなくエネルギー効率であり、消費電力の高さは発熱と航続の短縮を招いて適用場面を狭めると述べている。
もうひとつは調達構造だ。中国国内の高性能な具身向けチップは、依然としてNVIDIAが主導している。智元機器人のように、基礎演算ボードに国産チップ、高性能ボードにNVIDIAという二段構成を取る例も一般的だ。この状況を変えようという動きは各所で進んでおり、優必選と沐曦の合弁「曦選創智」は2027年下半期のテープアウト、2028年の量産を目標に掲げる。天数智芯が2026年1月に出した「彤央」シリーズは実測100〜300 TOPSでCUDA互換を売りにし、移行コストの低さで勝負している。
眸深智能の立ち位置は、この文脈で理解するとわかりやすい。チップを作るのではなく、国産チップの上で動くだけの軽さをモデル側で作る、というアプローチだ。同社は下半期に千カード級の国産クラスタでの訓練にも取り組むとしている。
商用化の現在地と、過熱への警戒
売上は2025年に検収済みで1000万元、2026年上半期に3000万元、通年で5000万元以上を見込むという。2026年Q1には香港上場の不動産管理企業とA株上場の環境衛生大手に納入した。応用分野として挙がるのは工業検査、不動産管理、環境衛生、チェーン小売、白物家電工場——ヒューマノイドの華やかなデモとは対照的に、地味で反復的な現場ばかりである。
もっとも、業界全体を見れば楽観は禁物だ。面壁智能の首席科学者・劉知遠(刘知远)は、具身智能を「端側智能」という大きな枠に置いたうえで、言語モデルの成熟度が最も高く、マルチモーダル知覚は約70%、行動モジュールは40%未満だと評価している。つまり最後の「動く」部分こそが最も未熟だという診断である。モルガン・スタンレーは2026年がROI(投資収益率)評価の分水嶺になると見ており、実体を伴わない「寄せ集め型」の案件は淘汰が加速するという警告も業界内で繰り返されている。
影響・今後:エッジ移行という共通のベクトル
政策の後押しも強い。中国の工業情報化部と国務院国有資産監督管理委員会は2026年6月8日、人型ロボットとエンボディードAIの実環境訓練特別行動を共同で実施すると発表した。国務院発展研究中心の《中国発展報告2025》は、中国の具身智能市場が2030年に4000億元、2035年には1兆元を超えると予測する。モルガン・スタンレーは2026年の中国ヒューマノイド販売台数が2.8万台へ倍増すると見ている。
見落としてはならないのは、「端側へ降ろす」という方向性が中国固有の現象ではないことだ。NVIDIAのJetson ThorやCosmos 3 Edgeも、Mistral AIが8Bパラメータで発表したRobostral Navigateも、狙っているのは同じ場所である。違いは動機の重心だ。欧米勢が遅延とプライバシー、電力効率を主眼に置くのに対し、中国勢はそこに調達リスクの回避——つまり国産チップで完結させるという一本の軸を加えている。
日本の視点で言えば、ここは他人事ではない。精密減速機やセンサーといった部品では強みを保つ一方、ロボットの頭脳にあたるモデル層とその実行基盤では、選択肢が海外に握られている。眸深智能のようなアプローチは、「巨大なモデルを持たない側が、軽さと適応速度で戦う」という戦い方の一例として参照する価値がある。
よくある質問
端側具身AI(エッジ・エンボディードAI)とは何か
ロボットが環境を認識して行動を決めるためのAIモデルを、クラウドのサーバーではなくロボット本体に搭載された計算チップの上で動かす方式のことです。通信を介さないため応答が速く、電波が届かない環境でも動作し、データを外に出さずに済みます。その代わり、限られた電力とメモリで動くようモデルを大幅に軽量化する必要があります。
眸深智能はいくら調達したのか
2026年7月に報じられた今回の追加調達はPre-A輪で約1億元です。それに先立つ2026年5月には同じPre-A輪で3億元を調達しており、2025年12月以降はエンジェル輪から数千万元規模の調達を断続的に重ねてきました。さらに近5億元規模のPre-A+輪が進行中とされ、企業評価額は半年で10倍以上になったと報じられています。
なぜ中国のロボット企業は国産チップにこだわるのか
高性能な具身向けチップは現在もNVIDIAが主導しており、そこへの依存が産業の自律的な発展を制約するという認識が業界内で共有されているためです。眸深智能は華為の昇騰、地平線、燧原といった国産チップへの対応を進めており、チップ側でも優必選と沐曦の合弁「曦選創智」が2028年の量産を目標に開発を進めています。
公表されている性能数値はどこまで信頼できるのか
推論遅延10ms、端側推論コスト95%減、動作精度99%といった数値はいずれも同社の発表に基づくもので、第三者機関による検証結果ではありません。一方で、IJCAI 2025の最優秀論文賞受賞やNVIDIA DAIR研究室による論文引用など、学術的な評価は外部から確認できます。実運用での性能は、今後の納入実績を通じて判断する必要があります。
まとめ
眸深智能の約1億元は、2026年の中国具身智能市場では小さな数字だ。それでもこのニュースが示しているのは、ロボットの知能をどこで動かすかという問いが、いよいよ技術論から調達戦略の問題へ移りつつあるという事実である。
モデルを軽くすることは、これまで性能を諦めることと同義だった。それが「安くて、速くて、手元のチップで動く」という競争軸に変わりつつあるなら、勝負の場所は少し違うところに移る。誇張された数値と本物の技術を選り分ける作業は続くが、少なくとも方向は見えている。頭脳はクラウドから降りてきている。
参考ソース
- 硬氪首发 | 复旦教授、前英特尔首席科学家做端侧具身大脑,「眸深智能」完成近亿元Pre-A轮追加融资(36氪)
- 首发|复旦95后做机器人大脑,眸深智能融资3亿元(投資界)
- 一年融资超500起,谁在豪赌具身智能?(CBNData)
- VC叹「玩不起」:2026具身智能赛道,钱只流向这20多家公司(钛媒体創投家)
- 百日「吸金」超550亿元 具身智能产业投融资持续火热(新華日報財経)
- 国产芯片提速 端侧智能发力——2026世界人工智能大会观察(科技日報/人民網)
- 追随英伟达,为具身机器人专门「造芯」,时机成熟了吗?(南方都市報/新浪財経)
- 人形机器人「大脑」,迎来国产替代新方案(観察者網)
- 中国、2026年度の人型ロボットとエンボディドAIに係る実地訓練特別行動を実施(JETRO)
- 電子行業深度報告:2026年端側AI産業深度(東呉証券)
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