欧州初の完全無人ロボタクシー発進——中国製AIとEU「年1500台の壁」

2026年9月10日、クロアチアのザグレブで運転席に誰も座らないロボタクシーが乗客を乗せて公道を走り出しました。欧州初の完全無人運行を支えるのは中国Pony.aiのAIとBAIC製の車両、そしてRimac系スタートアップVerneとUberの座組みです。22kmの空港路線とEU型式認可「年1500台」の壁を整理します。

2026年9月10日、クロアチアの首都ザグレブで、運転席に誰も座っていないロボタクシーが乗客を乗せて公道を走りました。中国の自動運転企業Pony.aiとクロアチアのモビリティ企業Verneが発表したこの試乗は、欧州で初めて「セーフティドライバーを車内から外した」乗客輸送です。米国と中国が先行し、欧州は置いていかれたと言われ続けてきた無人運転の領域で、最初に一線を越えたのがクロアチアだった——という点にまず驚きがあります。

そして、そのハンドルを握っている(正確には、握らずに操作している)のは中国製のAIです。欧州の無人運転第一号が中国のソフトウェアで動いているという事実は、技術の話であると同時に、産業政策の話でもあります。

背景:4月の商用開始から5か月で「無人化」へ

ザグレブのロボタクシーは、突然現れたわけではありません。

起点は2026年3月に発表された3社提携でした。Pony.aiが自動運転ソフトウェアを提供し、Verneが車両を保有して現地オペレーションを担い、Uberが配車プラットフォームを提供する——という役割分担です。Uberはあわせて金額非公開でVerneへの出資意向も示しました。自社で自動運転技術を開発する路線を2020年のATG売却で捨てたUberにとって、外部パートナーを束ねてネットワークを組む典型的な動き方です。

2026年4月8日、Verneは「欧州初の商用ロボタクシーサービス」をザグレブで開始します。ただしこの時点では、車内にAVオペレーターが同乗していました。9台の車両と1回1.99ユーロというプロモーション料金で始まり、8月にはUberアプリからの予約にも対応しています。

Verne自体はRimac Groupの社内プロジェクト「Project 3 Mobility」として2019年に始まった会社です。電動ハイパーカーNeveraで知られるMate Rimac氏が共同創業し、CEOはMarko Pejković氏。シリーズAで計約1億ユーロを調達し、ザグレブ近郊ルチュコに28,500平方メートルの専用工場を建設中で、最大400人の雇用を見込んでいます。

そして今回、開始から5か月で運転席が空になりました。Pejković CEOは「5か月前に欧州初の商用ロボタクシーサービスを立ち上げた。いま我々はAVオペレーター同乗から完全無人運行へと次の一歩を踏み出している」とコメントしています。

何がどう動いているのか:22kmの空港路線と第7世代システム

今回の試乗ルートは、Verne本社と市内の中心業務地区、そしてフラニョ・トゥジマン空港を結ぶ約22kmです。空港路線を選んだのは象徴的で、ロボタクシーの収益性を語るときに最も引き合いに出される「荷物を持った、時間に厳しい客」の区間にあたります。予約はUberアプリから。当面は招待された乗客に限定されています。

車両はArcfox Alpha T5。中国BAIC傘下のプレミアムEVブランドが生産する電動SUVです。Verneは助手席を取り払って荷物スペースに変え、その背もたれがあった位置に大型ディスプレイを設置しました。乗客は後席でルートを確認したり動画を見たりでき、助手席がないぶん足を伸ばせます。運転席を無人化したときに車内レイアウトをどう作り替えるか、という設計思想が素直に表れています。

頭脳にあたるのはPony.aiの第7世代システムです。NVIDIA DRIVE AGXをベースに同社が開発したL4ドメインコントローラ上で動作し、安全認証を受けたDriveOSを採用しています。センサーは360度をカバーし、多層の冗長性とフェイルオペレーショナル(故障時も安全側で動作を継続する)設計を備えるとされます。Verneは車両を遠隔で監視しますが、ステアリング・ブレーキ・アクセルといった能動的な運転判断はすべてシステム側が行います。

実績面では、4月の商用開始以来20万kmを超える走行と数千回の乗車を積み、平均評価は5点満点で4.7、運行エリアは100平方キロメートルを超えたと両社は説明しています。

英国との対比が示すもの

この一歩の意味は、英国と並べると分かりやすくなります。

英国では2026年9月3日、UberとWayveが初のロボタクシーサービスをロンドンで開始しました。ただし全車両に免許を持つセーフティドライバーが同乗し、走行中の法的責任を負い続けます。ロンドン交通局(TfL)は、これらの車両を「自動運転車」としてではなく「プライベートハイヤー車両(配車用の営業車)」として認可しました。

つまり、ロンドンは人を運転席から外していません。ザグレブは外しました。台数でも資本でも圧倒的に小さいクロアチアが、規制運用の柔軟さで先に一線を越えた形です。

同時に、冷静な見方も必要です。今回の完全無人運行は招待客・単一ルートに限定された試験であり、市内全域で誰でも呼べる無人ネットワークではありません。発表当日、Pony.aiの株価は約6%下落したと報じられており、市場は「欧州初」の見出しよりも商用スケールまでの距離を見ているとも読めます。

ロボタクシー拡大に立ちはだかる「年1500台」の壁

スケールの話になると、欧州には固有の制約があります。

現在、完全自動運転車がEUで型式認可を取る唯一の経路は、EU規則2022/1426(2022年8月発効)に基づくものです。これはEU規則2018/858の「小規模シリーズ生産」の枠組みに位置づけられており、1つの車型あたりEU域内で年間1,500台までという上限がかかります。欧州委員会は2022/1426の中で、無制限シリーズ生産向けの要件を2024年7月までに整備する目標を掲げていましたが、この期限は未達のままです。

さらに、規則2022/1426が想定するのは「あらかじめ定めた区域内」「固定ルート」「指定施設内のバレーパーキング」という3つのユースケースに限られます。そのうえ、実際にどこを走ってよいかという運行区域の許可は加盟国ごとの国内法に委ねられています(たとえばドイツでは道路交通法の該当条項とAFGBVに基づく手続きが必要です)。EU全体で通用する型式認可を取っても、運行の許可は国境で切れる、というのが現状の構図です。

Verneはすでに、EU・英国・中東の11都市と許認可協議に入り、30都市以上を検討対象に挙げています。英国とドイツが次の優先市場とされ、2026年8月にはPony.aiとUberが欧州で2,000台超の展開方針を表明しました。しかし年1,500台の上限と国ごとに分断された運行許可を前提にすると、この数字は制度改正を織り込んだ計画だと見るのが自然でしょう。

技術がボトルネックなのではなく、認可の設計がボトルネックになっている——欧州の自動運転を語るとき、この構図は今後もしばらく続きそうです。

影響と今後:日本のロボタクシー議論から見た論点

日本にとっての示唆は3つあります。

1つ目は、中国製自動運転ソフトの海外展開が「実証」から「無人商用の入り口」へ進んだことです。Pony.aiはすでに中国国内4都市で無人サービスを運営しており、その運用知見をそのまま欧州へ持ち込んでいます。欧州側から見れば、自国のモビリティの中核を担うAIが域外企業のものになる可能性があり、経済安全保障の論点として浮上しやすいテーマです。

2つ目は、車両とソフトとオペレーションの分業が定着しつつあることです。BAICが車体、Pony.aiがソフト、Verneが運行、Uberが需要——という四層構造は、垂直統合で進めてきたWaymoやTeslaとは別の解です。自動車メーカーの多い日本にとっては、どの層で価値を取りにいくのかという問いを突きつけます。

3つ目は制度です。日本もレベル4の運行許可は地域限定で、実証から常時運行への移行が最大の関門である点は欧州と共通します。欧州が「無制限シリーズ認可」をいつ整備するかは、日本の制度議論にとっても参照点になるはずです。

当面注目すべきは、ザグレブの無人運行が招待客限定からいつ一般開放されるか、そして英国・ドイツでの許認可がどこまで進むかでしょう。Verne自身のハンドルもペダルもない2人乗り専用ポッドは、まだプロトタイプ試験の段階にあります。その車両が公道に出るときが、次の節目になります。

よくある質問

ザグレブのロボタクシーは誰でも乗れるのですか

2026年9月10日に始まった完全無人(運転席が無人)の運行は、現時点では招待された乗客に限定された試乗です。ただし、車内にAVオペレーターが同乗する形の商用サービスは2026年4月8日から一般向けに提供されており、UberアプリまたはVerneのアプリから予約できます。

走っているのはどんな車で、誰のソフトウェアで動いているのですか

車両は中国BAIC傘下のプレミアムEVブランドが生産するArcfox Alpha T5で、助手席を撤去して荷物スペースと大型ディスプレイに置き換えています。自動運転ソフトウェアは中国のPony.aiが開発した第7世代システムで、NVIDIA DRIVE AGX上のL4ドメインコントローラと安全認証済みのDriveOSで動作します。

ロンドンのロボタクシーとは何が違うのですか

ロンドンでは2026年9月3日にUberとWayveがサービスを開始しましたが、全車両に免許を持つセーフティドライバーが同乗し、走行中の法的責任を負います。ロンドン交通局は車両を「自動運転車」ではなく「プライベートハイヤー車両」として認可しました。ザグレブは運転席から人を外している点が決定的に異なります。

欧州でロボタクシーを大量展開できない理由は何ですか

現在EUで完全自動運転車が型式認可を取れる唯一の経路が「小規模シリーズ生産」の枠組みであり、1車型あたりEU域内で年間1,500台までという上限があるためです。加えて、どこを走ってよいかという運行区域の許可は加盟国ごとの国内法に委ねられており、EU全体で一括して展開することができません。

日本での無人ロボタクシー実現にどう影響しますか

直接の制度的影響はありませんが、参照点としての意味は大きいといえます。日本もレベル4の運行許可は地域を限定して与えられる仕組みで、実証から常時運行への移行が関門になる点は欧州と共通しています。欧州が無制限シリーズ認可の整備をいつ実現するかは、日本の制度議論にとっても比較材料になります。

まとめ

ザグレブで起きたのは、技術的なブレークスルーというより、運用と制度の境界線が1つ動いたという出来事です。22kmの空港路線、招待客限定、単一ルート——規模で見れば小さな一歩にすぎません。それでも、欧州の公道で運転席が空になったのは初めてであり、その席を空にしたのが中国製のAIと、ハイパーカーメーカー発のスタートアップと、配車アプリの組み合わせだったという事実は記憶されるはずです。

次に見るべきは台数ではなく、認可の設計です。年1,500台の上限が外れ、運行許可が国境を越えられるようになったとき、欧州のロボタクシーは初めて「事業」になります。それまでは、ザグレブの22kmは希望であると同時に、制度の宿題を可視化した路線でもあり続けます。

参考ソース

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