「飛鳥・藤原の宮都」世界遺産へ──19年越しの悲願と、登録後に待つ“見えない遺産”の試練
リード ── 釜山での正式決定を待つ、奈良の古代遺跡
2026年6月6日未明、奈良県の古代遺跡群「飛鳥・藤原の宮都」をめぐって、待ち望まれていた一報が世界を駆けめぐった。ユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関である国際記念物遺跡会議(イコモス=ICOMOS)が、この遺跡群を世界文化遺産に「登録(記載)」するよう勧告したのである。
イコモスの勧告は、上から「登録」「情報照会」「登録延期」「不登録」の4段階に分かれる。最上位の「登録」が勧告された場合、原則としてそのまま正式決定に至る。最終的な可否は、7月19日から29日まで韓国・釜山(プサン)で開かれる第48回世界遺産委員会で審査されるが、事実上、登録はほぼ確実な情勢となった。
実現すれば、国内の文化遺産としては2024年の「佐渡島(さど)の金山」(新潟県佐渡市)に続く22件目。自然遺産を含めた国内の世界遺産は計27件となる。地元・奈良では、暫定リスト記載から実に19年という長い歳月を経た「悲願」に、喜びの声が広がった。
背景 ── 「日本という国家」が生まれた約100年
飛鳥・藤原の宮都が世界遺産に推薦されたのは、単に古い遺跡が残っているからではない。専門家がこの遺跡群に与える評価の核心は、「日本という国家がかたちづくられた現場そのものである」という点にある。
対象となるのは、奈良県中部の明日香村・橿原市・桜井市にまたがる、6世紀末から8世紀初頭にかけての計19の構成資産だ。期間にすればおよそ100年あまり。日本史の時間軸では決して長くないこの時代に、列島の社会は劇的に変化した。
この時期、日本は中国(隋・唐)や朝鮮半島の国々との緊密な交流を通じて、最先端の政治制度・建築技術・仏教文化を取り入れた。それを在来の文化と融合させながら、天皇を頂点とする中央集権国家、すなわち「律令制度」に基づく統治体制を急速に整えていった。豪族が連合する古いかたちから、整然とした都と官僚機構を備えた国家へ。その移り変わりを、二つの連続する宮都(飛鳥宮と藤原宮)の変遷から具体的にたどることができる。
イコモスはこの点を高く評価し、「東アジアの古代国家形成期において、中央集権体制が誕生・成立した過程を示すことができる、唯一無二の資産」と位置づけた。世界の他の古代遺跡にはない、この「国家誕生のプロセスを連続的に示す」という普遍的価値が、登録勧告の決め手となった。
そもそも飛鳥・藤原が世界遺産の暫定リストに記載されたのは2007年のこと。そこから登録勧告にこぎつけるまで、実に19年もの歳月を要した。古都の景観を守る奈良の「古都保存法」のもとで遺跡の発掘と保護を続けながら、国・県・3市村が連携して推薦書を磨き上げてきた。この間、推薦の枠組みやストーリーの組み立てをめぐる議論も重ねられ、一度ならず「次こそは」と期待が積み重ねられてきた経緯がある。だからこそ、今回の勧告に対する地元の反応は、単なる喜びを超えた安堵に近いものがあった。奈良県知事が「大きく前進した」と語ったように、長い助走期間を経てようやく届いた吉報だったのである。
詳細① ── 19の構成資産が描く古代国家の全体像
飛鳥・藤原の宮都は、大きく「宮殿・官衙(かんが=役所)跡」「仏教寺院跡」「墳墓(古墳)」の3つの性格を持つ19資産で構成される。代表的なものを挙げてみよう。
宮殿の中心は、飛鳥時代の歴代天皇が造営した飛鳥宮跡(明日香村)と、その後に造られた本格的な都城藤原宮跡(橿原市)だ。飛鳥宮跡は、645年に中大兄皇子(のちの天智天皇)と中臣鎌足が蘇我入鹿を討った「乙巳の変(大化改新)」の舞台としても知られる。藤原宮は、唐の都・長安にならった日本初の本格的な条坊制の都として、後の平城京・平安京へとつながる原型となった。
古墳では、高松塚古墳とキトラ古墳が際立つ。高松塚古墳は1972年、石室内から国宝の極彩色壁画「西壁女子群像」などが発見され、考古学ブームを巻き起こした。キトラ古墳には、中国式の星座を描いた精密な天文図や、四方を守る四神(青龍・白虎・朱雀・玄武)の壁画が残る。いずれも、当時の東アジア文化圏の知識と美意識が日本に到達していたことを物語る貴重な遺産だ。巨大な石を積み上げた石舞台古墳は、飛鳥の景観を代表するシンボルとして、いまも多くの観光客を集めている。
このほか、日本初の本格寺院である飛鳥寺跡、山田寺跡、本薬師寺跡といった仏教寺院跡、庭園遺構の飛鳥京跡苑池、そして万葉集にも詠まれた大和三山なども含まれる。これらが一体となって、古代国家の政治・宗教・文化の全体像を立体的に描き出している。
詳細② ── 「柱の跡なんて見たって…」 登録後に待つ試練
歓喜の一方で、関係者が冷静に見据えている課題がある。それは、この遺跡群が持つ「分かりにくさ」だ。
ピラミッドや城郭、大聖堂のように、目の前にそびえる建造物があるわけではない。飛鳥・藤原の中心的な価値は、地中に眠る宮殿や役所の「跡」にある。地表に見えるのは、復元された柱の位置を示す表示や、広々とした草地であることも多い。取材に訪れたメディアは、観光客の「柱の跡なんて見たって、正直よく分からない」という率直な声を伝えている。つまり、世界的な価値があっても、それが訪問者の「体験」として伝わりにくいという構造的な難しさを抱えているのだ。
イコモスも勧告にあたって、いくつかの宿題を日本側に残した。構成資産に含まれる藤原宮跡について、全域を史跡として指定し保護を徹底すること。そして、高松塚・キトラ両古墳で、保存のために石室から取り外された壁画について、その保存と将来的な復帰のあり方を研究し続けること、などである。
とりわけ壁画の問題は根が深い。高松塚古墳の壁画は発見後にカビの発生など深刻な劣化に見舞われ、最終的に石室を解体して壁画を取り出し、専用施設で修復・保存する道を選ばざるを得なかった。本来あるべき場所から切り離された文化財をどう守り、いつか元の文脈に戻せるのか――この問いは、遺跡を「現地で、あるがままに残す」という世界遺産の理念と、現実の保存技術とのせめぎ合いを象徴している。これらの宿題は、登録が「ゴール」ではなく、保全と活用の不断の努力を求める「スタート」であることを示している。
影響・今後 ── 観光振興とオーバーツーリズムの間で
世界遺産登録がもたらす経済効果への期待は大きい。「奈良といえば奈良公園や東大寺」という従来のイメージに、飛鳥地方という新たな観光の核が加わることになる。地元では、石舞台古墳周辺がすでに観光客でにぎわい始めており、宿泊施設や交通の整備、ガイド人材の育成といった受け入れ態勢づくりが進む。
ただし、過去の登録地が経験してきたように、急激な来訪者の増加は「オーバーツーリズム」という副作用を生みかねない。明日香村は、のどかな田園風景と人々の暮らしが遺跡と一体になって価値を成している地域でもある。観光バスの混雑や生活環境への影響をどう抑えながら、静かな歴史空間を守り伝えるか。公共交通の拡充やサイクリング・ハイキングといった「ゆっくり巡る」観光スタイルの提案など、量より質を重んじる工夫が問われる。
「分かりにくさ」を逆手に取る発想も鍵になる。デジタル技術によるAR・VR復元や、専門ガイドによる物語性のある解説、博物館施設との連携によって、「ただの草地」を「1400年前の国家誕生のドラマが立ち上がる場」へと変えていく。そうした体験価値の創出こそが、登録後の真価を左右するだろう。
先行事例も参考になる。2024年に登録された「佐渡島の金山」では、登録をきっかけに来訪者が増える一方、交通アクセスや受け入れ容量の限界が早くも課題として浮上した。世界遺産の「ブランド」は一過性のブームを呼びやすいが、それを地域経済の持続的な力に変えるには、登録前からの周到な準備と、住民が主体的に関わる仕組みづくりが欠かせない。飛鳥・藤原もまた、勧告という追い風を受けて、観光と保全、そして住民生活の3つのバランスをどう取るのかという、世界遺産共通の難題に向き合うことになる。
まとめ ── 「日本のはじまり」を未来へ手渡すために
「飛鳥・藤原の宮都」の世界遺産登録は、19年にわたる地元と国の粘り強い取り組みが実を結ぶ、歴史的な節目である。それは同時に、私たちが「日本という国の原点」をどう守り、どう次世代に伝えていくのかを問い直す機会でもある。
派手な建造物はなくとも、その土の下には、古代の人々が東アジアの荒波のなかで国家をかたちづくっていった営みが刻まれている。7月の釜山での正式決定を経て、飛鳥の大地が世界の宝として認められるとき、求められるのは熱狂よりも、地道な保全と、価値を伝える知恵だ。「見えない遺産」を、いかにして人々の心に「見える」ものにしていくか──。本当の挑戦は、登録が決まったその日から始まる。
参考ソース
- 朝日新聞「『飛鳥・藤原の宮都』世界遺産へ ユネスコの諮問機関が『登録』勧告」(2026年6月6日)
- 時事通信/nippon.com「『飛鳥・藤原の宮都』世界遺産へ=ユネスコ諮問機関が登録勧告―7月正式決定」(2026年6月6日)
- 世界遺産「飛鳥・藤原」登録推進協議会「『飛鳥・藤原の宮都』のイコモス勧告について」(2026年6月6日, asuka-fujiwara.jp)
- 文化庁「世界遺産に推薦中の『飛鳥・藤原の宮都』に係るイコモスによる評価結果及び勧告について」(2026年6月6日)
- 橿原市公式サイト「世界遺産を目指す『飛鳥・藤原』の構成資産」
- FNNプライムオンライン「『柱の跡なんて見たって…』新たな世界遺産候補『飛鳥・藤原の宮都』に待ち受ける試練」
- 産経新聞「高松塚・キトラ古墳が世界遺産へ 『飛鳥・藤原の宮都』の登録を勧告」(2026年6月6日)
- 毎日新聞「飛鳥・藤原の宮都、世界文化遺産登録へ勧告 国内22件目」(2026年6月)