ガバメントAI「源内」とは何か——18万人の霞が関を変える生成AI基盤の全貌と使い方
はじめに——「平賀源内」の名を冠した日本のガバメントAI
2026年5月、霞が関の風景が一変する。デジタル庁が内製開発した政府職員向け生成AI利用環境「源内(げんない)」が、全府省庁約18万人の国家公務員に向けて大規模実証として展開されるのだ。江戸時代の発明家・平賀源内の名を冠したこの基盤は、「Generative AI」を略した「Gen AI」の音にも掛けられている。単なる業務効率化ツールではない。人口減少と少子高齢化で行政の担い手不足が深刻化する日本において、公共サービスを維持するための国家戦略インフラとして設計されたものだ。
そして2026年4月24日、デジタル庁は源内のWebインターフェース部分とAIアプリ開発テンプレートをオープンソース(OSS)として公開した。地方自治体や民間企業も商用利用可能なライセンスで自由に活用できるようになり、「ガバメントAI」は中央省庁を超えて日本社会全体に波及する局面に入った。本稿では、源内とは何か、何ができるのか、そしてどのように使うのかを徹底解説する。
背景——「隗より始めよ」の国家戦略
源内の起点は、2025年5月に成立した「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(AI法)である。これに基づき、同年12月23日に「人工知能(AI)基本計画」が閣議決定され、政府の方針が明確化された。キーワードは「隗(かい)より始めよ」——AI利活用を社会に浸透させるためには、まず政府自身が先頭に立って使うべきだ、という考え方だ。
決定打となったのは、2025年12月19日のAI戦略本部における高市早苗内閣総理大臣の指示である。「『ガバメントAI源内』の徹底活用です。来年5月から10万人以上の政府の職員が活用できるようにします。源内の活用により、創造的に業務を行い、国民の皆様に信頼できるAIの意義を示してください」——この発言が、霞が関全体の生成AI実装を一気に加速させた。
なぜここまでの本気度なのか。理由は単純だ。日本の行政はこれから確実に人手が足りなくなる。少子高齢化で地方自治体も中央省庁も、従来と同じ人数で同じ仕事は続けられない。デジタル庁は「業務+AI」ではなく「AI+業務」、つまりAIを前提に業務プロセスそのものを再設計する発想で源内を構築している。
源内の中身——2種類のAIアプリと国産LLM
源内はガバメントクラウド上に内製で構築された生成AI利用環境で、政府統一基準に準拠したセキュリティのもと、機密性2情報を含むプロンプト入力にも対応している。職員はガバメントソリューションサービス(GSS)のポータルサイトからシングルサインオンでアクセスする。
提供されるAIアプリは大きく2種類だ。
第一に「汎用AI」。チャット(対話型AI)、文章作成、要約、校正、翻訳、画像生成、映像分析、ダイアグラム生成、音声認識、プロンプト案の生成など、日常業務を幅広く支援するツール群である。LLMはAWSの「Nova Lite」、AnthropicのClaude Haiku 4.5、Claude Sonnet 4.5、Claude Sonnet 4.6の4モデルから職員が用途に応じて選択できる仕組みだ。
第二に「行政実務用AI」。デジタル庁職員が内製した、特定業務に特化したアプリケーション群で、2026年2月時点で20種類以上が稼働している。代表例として、法令条文を参照しながら回答する法制度調査支援AI「Lawsy」、過去の国会議事録から自然文質問で関連答弁を検索する国会答弁検索AI、文化庁・デジタル庁の公用文ガイドラインに準拠した校正を提供する公用文チェッカーAI、補助金データベース(jGrants)から関連制度を整理する補助金制度調査AI、電子決裁システム(EASY)や旅費等内部管理システム(SEABIS)のヘルプAIなどが揃う。
さらに2026年度中には、国内企業が開発した国産大規模言語モデル(LLM)の試験導入も始まる。日本語の語彙・表現・文化的価値観に適合したモデルを採用することで、行政実務における信頼性と国内AI産業の自律性を同時に確保する狙いだ。
実際のユースケース——2か月の作業が3日に
源内の効果を象徴する事例が、農林水産省との連携プロジェクトだ。同省は2025年6月から8月にかけて、米の販売農家・農業法人など8,095件を対象に米の生産意向に関する全32項目のアンケートを実施した。同省はデジタル庁に協力を打診し、立案した20件以上の仮説をAIに検証させた。結果、職員1人で約2か月かかっていた分析作業が約3日に短縮された。職員は手作業のクロス集計から解放され、仮説立案と政策設計という創造的な業務に集中できるようになった。
デジタル庁内部での利用実績も顕著だ。検証期間(2025年5〜7月)の利用人数ランキングを見ると、トップは「チャット」(717人)、次いで「文書生成」「要約」「校正」「画像生成」「翻訳」と続き、汎用質問応答とテキスト処理が日常業務の二本柱として定着している。職員1人当たり平均で1日2〜3回はAIに依頼を投げる習慣が形成された、という分析もある。
どのように利用するのか——アクセスから業務適用まで
利用フローは至ってシンプルだ。政府職員はGSSポータルからシングルサインオンで源内にログインし、ダッシュボード画面で並んだAIアプリのアイコンから目的のものを選ぶ。チャットを開けば一般的な対話型AIと同様にプロンプトを書き込み、即座に回答を得られる。法制度調査ならLawsyを呼び出し、「○○法第○条の解釈について最新の通達を踏まえて整理せよ」と依頼すれば、根拠条文付きでレポート形式の回答が返ってくる。
特徴的なのは「ユースケースを作る」という機能だ。これは用意されたプロンプトテンプレートを職員自身がカスタマイズし、自分専用のミニアプリとして登録できる仕組みで、いわば「ノーコードで業務特化AIを内製する」発想である。検証期間中に累計85個のアプリが現場の職員によって作成されたと報告されており、トップダウンの導入だけでなくボトムアップの創意工夫も同時に促進する設計だ。
ガバナンス面では、各府省庁にAI統括責任者(CAIO:Chief AI Officer)を置き、職員への周知啓発、生成AI調達・利活用ガイドラインに基づく運用、利用ログの監査を体系化する。指定職・管理職が率先して使うことで「AIは特別な人のもの」という心理的障壁を取り除く工夫も盛り込まれた。
影響と今後——OSS公開で自治体・民間にも波及
2026年4月24日のOSS公開は、源内の射程を一気に広げた。GitHubで公開された源内Web(インターフェース)と行政実務用AIアプリの開発テンプレート(AWS、Azure、Google Cloud対応)はMITライセンスなどで商用利用可能。地方公共団体は重複開発を避け、自治体ごとにゼロから基盤を作る必要がなくなる。中小企業やスタートアップも源内ベースで自治体向けサービスを展開でき、特定ベンダーへのロックイン回避と国内AI市場の裾野拡大が同時に進む。
スケジュールは明確だ。2026年5月〜2027年3月が大規模実証事業の期間で、令和7年度補正予算44億円を投じて国会答弁作成支援AIや厚生労働省雇用環境・均等局との共同AIアプリ開発が進む。2027年度以降は各省庁が予算措置のうえ本格利用に移行し、政府職員最大約28万人が日常的に源内を使う体制へ。2030年頃には「業務フロー、ナレッジ体系、データ体系がAI中心に再構成された」AIネイティブ行政への刷新が目標だ。
まとめ——「行政の再設計」という挑戦
源内は単なる職員向けチャットボットではない。AI法・AI基本計画・高市総理指示・44億円の補正予算・OSS公開・国産LLM支援が一気通貫で連結された、日本の公共サービスを次の30年支えるための国家プロジェクトである。「業務にAIを足す」のではなく「AIを前提に業務を再設計する」発想転換が、行政の現場で既に始まっている。
私たち国民にとっても、源内の浸透は他人事ではない。問い合わせ対応の質、政策立案のスピード、行政文書の品質、申請手続きの利便性——目に見えにくいところから、行政体験は着実に変わり始める。江戸の発明家・平賀源内が「エレキテル」で時代を驚かせたように、令和の「源内」が日本の行政を再起動できるか。2026年5月、その壮大な実験が霞が関全体で本格始動する。
参考ソース
- デジタル庁「ガバメントAI『源内』」公式ページ(https://www.digital.go.jp/policies/genai)
- デジタル庁ニュース「【解説】ガバメントAIとは?デジタル庁が進める政府AI活用戦略【源内】」(2025年12月11日)
- デジタル庁「全府省庁の約18万人の政府職員を対象としたガバメントAI(源内)の大規模実証を開始します」
- デジタル庁「ガバメントAI『源内』をOSS(オープンソースソフトウェア)として公開しました」(2026年4月24日)
- 内閣官房「ガバメントAI(源内)の取組」資料
- デジタル庁noteブログ「ガバメントAI、プロジェクト『源内』の構想紹介」(大杉直也氏)
- 日経クロステック「政府が18万人で生成AI活用を実証、国産モデルも使い業務変革目指す」
- JBpress「ガバメントAIは行政を救うのか、デジタル庁が描く政府AI活用の現実解」(2025年12月29日)
- CoinPost「デジタル庁、政府生成AI『源内』をオープンソースで一般公開」(2026年4月24日)
- 株式会社一創「ガバメントAIとは何か?その概要と狙い」
- Mercury Cafe「【2026年最新】ガバメントAI『源内』とは?地方自治体が今から準備すべきこと」