公益通報、20年ゼロの実態 ― 愛媛県庁と警察に見る内部告発機能不全

組織の不正を内部から正す「公益通報制度」が、実は各地の行政・警察でほとんど機能していない ― そんな実態が毎日新聞の連続調査で浮かび上がっている。愛媛県庁では過去20年間、職員による内部通報が一件もなかった。全国12の県警でも、2020〜24年度の5年間で公益通報はゼロだった。数千人規模の組織で通報が皆無という数字は、単なる「模範的な職場」の証ではなく、むしろ制度そのものが機能不全に陥っているサインだと専門家は指摘する。日々の仕事の中で「これはおかしい」と感じても声を上げられない構造は、行政や警察に限った話ではない。私たち自身の職場にも通じる、身近なガバナンスの問題として読み解いていきたい。

この記事のポイント

  • 愛媛県庁では過去20年間、職員による内部(公益)通報が一件もゼロだったことが毎日新聞の調査(2026年7月9日報道)で判明
  • 全国12の県警でも2020〜24年度の5年間、公益通報が一件もゼロ。7府県警も通報件数はわずか1件(同紙2026年3月9日報道)
  • 公益通報者保護法は2022年6月の改正で、従業員301人以上の事業者・行政機関に内部通報体制の整備を義務化
  • 専門家は「この規模の組織で通報ゼロはあり得ず、制度が機能していない証拠」と指摘
  • 通報が使われない背景には、報復や不利益への懸念という心理的ハードル、組織内の「コード・オブ・サイレンス」があるとみられる

背景 ― なぜ「公益通報制度」があるのか

公益通報者保護法は、組織内部の不正・違法行為を早期に是正するための仕組みとして2006年に施行された。もともとは2000年代前半に相次いだ食品偽装や大手企業の不祥事を受け、内部の人間が声を上げやすい環境を整えなければ不正の発見・是正が遅れるという反省から生まれた制度だ。企業や行政機関の中で不正を知った従業員が、報復や不利益な取り扱いを恐れずに通報できるようにすることで、消費者被害や社会的損失を未然に防ぐことを狙いとしている。

制度の実効性を高めるため、2022年6月には改正法が施行された。常時使用する労働者数が301人以上の事業者・行政機関には、内部通報を受け付ける窓口の設置や、調査・是正措置を行う体制の整備が義務付けられている。愛媛県庁や各都道府県警察のような大規模組織は、当然この義務化の対象に含まれる。窓口担当者には守秘義務が課され、通報者の情報を漏らした場合には刑事罰の対象になり得るなど、通報者を保護するための仕組みも法改正によって強化されてきた。

つまり制度上は、これらの組織に「通報を受け止める仕組み」と「通報者を守るルール」がすでに存在している。にもかかわらず、実際には通報そのものが発生していない。この「制度はあるが使われていない」というギャップこそが、今回の調査で浮き彫りになった核心的な問題だ。

愛媛県庁「20年間ゼロ」が意味するもの

毎日新聞が2026年7月9日に報じた連載企画「『公益通報』を問う」によれば、愛媛県では職員による内部(公益)通報の件数が、制度導入からの約20年間で一件もなかったことが同紙の調査で判明した。

愛媛県庁は数千人規模の職員を抱える大規模な地方自治体である。長期間にわたり不正や不適切な事務処理が皆無だったと考えるのは非現実的で、記事の中でも専門家が「これほどの規模の組織で通報がゼロというのは、通報しても意味がないと職員が感じているか、通報自体を諦めているサインだ」という趣旨の見方を示している。

制度が「使われない」理由としてまず挙げられるのが、通報者側の心理的なハードルだ。政府広報オンラインの解説でも触れられている通り、「通報したら組織ににらまれるかもしれない」「昇進や人間関係に悪影響が出るのでは」という不安は、制度上どれだけ通報者保護が明文化されていても拭い切れない。特に地方の行政組織のように、職員同士の距離が近く異動先も限られる環境では、匿名性への不信感がより強く働きやすいと考えられる。

警察組織でも同様の構造 ― 12県警「5年間ゼロ」

行政組織だけの問題ではないことを裏付けるのが、同じく毎日新聞が2026年3月9日に報じた全国警察へのアンケート調査だ。全国の12の県警が、2020〜24年度の5年間、警察官・一般職員からの公益通報を一件も受け付けていなかったことが判明した。さらに7つの府県警でも、この5年間の通報件数はわずか1件にとどまっている。

この調査結果を受けた分析では、「大半の警察は数千人規模の職員を抱えており、この規模で通報がゼロなのはあり得ない。制度が機能していないことを意味する」という専門家の指摘が紹介されている。警察組織という、法執行と規律を重んじる特殊な環境では、内部の不正を告発することへの抵抗感が一般の行政機関よりもさらに強い可能性がある。

この点について、毎日新聞の調査結果を分析した論考(note.com)では、国際的な基準に照らしても日本の警察内部通報の少なさ、とりわけ「ゼロ件」の組織の多さは、組織内部で不正や問題を表沙汰にしないという「コード・オブ・サイレンス(沈黙の掟)」が根強く残っている証拠として、深刻に受け止めるべきだと論じられている。警察という強い上下関係と組織的一体感を持つ集団では、内部告発が「裏切り」と受け取られかねない文化的圧力が、通報を萎縮させる一因になっていると考えられる。

制度と現実のギャップが生む「見えないリスク」

愛媛県庁と全国の警察、この2つの調査結果に共通するのは、「制度は存在するのに、機能しているとは言えない」という点だ。これは単に「通報件数が少ない」という統計上の問題にとどまらない。

第一に、組織内の不正や不適切な事務処理が是正されないまま放置されるリスクが高まる。公益通報制度が本来の役割を果たせば、問題が小さいうちに発見・是正できたはずのケースが、通報経路が使われないことで潜在化し、後になって大きな不祥事として表面化する可能性がある。

第二に、制度への信頼低下という悪循環が生まれる。「どうせ通報しても変わらない」「通報者だと分かれば不利益を受ける」という職員の認識が広がれば広がるほど、制度はますます使われなくなり、結果として「通報ゼロ」の状態が固定化してしまう。

第三に、これは行政や警察という特殊な組織だけの話ではない。2022年の法改正で内部通報体制の整備が義務化された民間企業も含め、「制度としては存在するが、心理的な壁によって実質的に機能していない」という構造は、規模を問わず多くの組織に当てはまり得る。読者自身の勤務先でも、内部通報窓口が形骸化していないか、一度目を向けてみる価値があるテーマだ。

民間企業と行政組織、通報のハードルはどう違うか

公益通報者保護法が想定してきたのは、もともと民間企業における品質偽装や会計不正といった問題だった。民間企業の場合、通報がきっかけとなって不祥事が発覚すれば株価や取引先からの信用に直接影響するため、経営側にも通報を「活用する」動機が生まれやすい。窓口を外部の弁護士事務所に委託したり、通報実績を統合報告書で開示したりする企業も増えている。

一方、行政機関や警察のような公的組織では、通報によって明るみに出るのは主に人事上の問題や予算執行の不透明さ、ハラスメントといった内部統治上の問題であることが多く、外部の株主や取引先からの圧力が働きにくい。加えて、異動や昇進の範囲が同一組織内に限られやすく、「誰が通報したか」が推測されやすい閉じた人間関係の中で働いているという事情もある。今回の調査結果が示すように、通報件数が「少ない」のではなく「ゼロ」に近い状態が続くのは、こうした公的組織特有の環境が、通報へのハードルをより高くしている可能性を示唆している。

今後の見通し ― 実効性をどう担保するか

今回の一連の報道を受けて、今後は各自治体・警察組織における通報体制の運用実態そのものへの検証が進む可能性がある。具体的には、匿名性の担保を一段と強化する仕組み(外部の第三者機関を窓口にする、通報経路を組織のトップから完全に切り離すなど)や、通報者保護の実効性を職員に周知徹底する取り組みが求められるだろう。

また、通報件数の「多い・少ない」だけを評価指標にするのではなく、通報が実際にどう処理され、是正につながったかという「運用の質」を可視化する動きも重要になってくる。件数がゼロであることそのものよりも、なぜゼロなのかという背景を組織自身が把握し、必要な改善につなげられるかどうかが、今後の制度の実効性を左右する分かれ目になる。

具体的な改善策としては、次のような方向性が考えられる。まず、通報窓口を組織の人事部門やトップから独立させ、外部の弁護士や第三者機関に一本化することで匿名性への不安を減らすこと。次に、定期的に「通報件数ゼロ」が続く部署・組織を対象に、制度の周知度や職員の認識を調べる実態調査を行うこと。そして、通報が実際に是正につながった事例(匿名化した形でよい)を組織内で共有し、「通報しても意味がある」という信頼を積み重ねていくことだ。数字としての通報件数だけでなく、こうした運用の透明性こそが、今回明らかになった「ゼロ」の実態を変えていく鍵になるだろう。

まとめ

愛媛県庁の「20年間ゼロ」、全国12県警の「5年間ゼロ」という数字は、単なる偶然の一致ではなく、公益通報制度が抱える構造的な課題を映し出している。制度としての枠組みは整っていても、組織文化や心理的な障壁によって実質的に機能しなくなっている ― この状況は行政や警察に限らず、多くの職場に共通するリスクだ。「通報がない=問題がない」ではなく、「通報がない=声を上げられない構造があるかもしれない」という視点を持つことが、私たち一人ひとりの職場を見つめ直すきっかけになるのではないだろうか。

参考ソース

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