従来型ランサムウェアとAIエージェント攻撃——ハッカー集団の手口はどう変わったか

名古屋港やアサヒグループを止めた従来型ランサムウェアと、AIが攻撃工程の8〜9割を自律実行したGTG-1002やJadePufferの事例を並べて比較します。ハッカー集団の攻撃は何が変わり、何が変わっていないのか。実例の数値から、AIエージェント時代のセキュリティ対策の要点を整理します。

従来型ランサムウェアとAIエージェント攻撃——ハッカー集団の手口はどう変わったか

港が3日止まり、ビール工場の出荷が2か月動かなくなる。ハッカー集団による従来型のサイバー攻撃は、すでにそれだけの実害を出してきました。そこへ2025年秋以降、AIエージェントが攻撃工程の8〜9割を自律的に実行したという報告が相次いでいます。攻撃の「手口」ではなく「誰が手を動かすか」が変わりつつある——本記事では、従来型攻撃とAIエージェント時代の攻撃の実例を数値付きで並べ、何が本当に変わったのかを整理します。

背景:ハッカー集団のビジネスモデルは10年かけて完成していた

2010年代後半以降、サイバー攻撃は明確な収益事業へと変質しました。決定的だったのは、RaaS(Ransomware as a Service)という分業構造の確立です。マルウェアと攻撃インフラを開発する集団と、実際に企業へ侵入する実行犯が分かれて身代金を分配する。LockBitやQilinといった名前で知られるグループは、この体制を運営する「プラットフォーマー」に近い存在です。さらに、窃取したデータの公開をちらつかせる二重恐喝が主流となり、バックアップを持つ企業にも支払い圧力がかかるようになりました。

IPAが2026年1月に公表した「情報セキュリティ10大脅威 2026」でも、組織向け脅威の1位は「ランサム攻撃による被害」、2位は「サプライチェーンや委託先を狙った攻撃」で、この2つは2023年以降4年連続で不動です。AIの登場後も、従来型の脅威は一切退場していません。

従来型攻撃の実例:VPNの穴から、物流と製造が止まった

名古屋港(2023年7月)——3日間の停止が製造業に波及

日本最大級のコンテナ取扱量を持つ名古屋港で、2023年7月4日午前6時30分頃にコンテナ管理システムの障害が発生しました。国土交通省港湾局の事例集によれば、攻撃はロシア系ハッカー集団LockBitによるもので、物理サーバ8台が完全に暗号化されて起動不能になっています。

全ターミナルの作業が再開したのは7月6日18時15分。約3日間の停止で、37隻の荷役スケジュールが最大24時間遅延し、約2万本のコンテナの搬出入に影響が出ました。さらにトヨタ自動車の輸出向け部品梱包工場4カ所のラインが7日間停止しています。

注目すべきは侵入経路です。ゼロデイ脆弱性のような高度な手口ではなく、IP制限のかかっていない保守用VPNからの侵入が最有力とされました。社会インフラを3日止めた攻撃の入口は、運用上の設定の甘さでした。

アサヒグループホールディングス(2025年9月)——業績予想を27.5%押し下げた

2025年9月29日午前7時頃、アサヒグループホールディングスのシステムに障害が発生しました。同社は11時にネットワークを遮断してデータセンターを隔離し、10月3日にランサムウェア攻撃であることを公表しています。トレンドマイクロが記者会見の内容をまとめた分析によれば、侵入はグループ拠点のネットワーク機器を経由し、その後主要データセンターに到達しました。暗号化されたPCは37台、2026年2月の公表では11万件以上の情報漏えいが確認されています。

被害の本体は暗号化そのものより業務停止でした。受注・出荷業務とコールセンター業務が全面的に止まり、復旧には2か月以上を要しています。2026年6月には営業利益予想を27.5%下方修正(2,550億円→1,850億円)しました。1件のランサムウェア攻撃が、大企業の年間業績を数百億円規模で動かしたことになります。

ディープフェイクによるBEC(2024年1月)——AIが「道具」だった時代

英設計大手Arupの香港支社では、財務担当者がCFOと同僚になりすましたビデオ会議に参加し、15回にわたって送金を実行しました。被害額は2,560万米ドル、会議に映っていた全員がAI生成のディープフェイクです。ただしこれは従来型に入ります。AIは説得力を高める道具にすぎず、判断を下していたのは人間だったからです。

転換点:AIが「道具」から「実行者」になった

2025年秋、その前提が崩れます。Anthropicが2025年9月中旬に検出したのは、GTG-1002と呼ばれる中国の国家支援型グループによるサイバースパイ活動でした。標的は大手テック企業、金融機関、化学製造会社、政府機関など約30組織。攻撃者はClaude Codeを操作し、偵察、脆弱性の特定とエクスプロイトコード作成、認証情報の収集、データの抽出と分類、バックドアの設置、盗んだ情報の文書化までを自動実行させていました。

最も重要な数字は、AIがキャンペーンの80〜90%を実行し、人間の介入は1キャンペーンあたり4〜6の重大な判断ポイントに限られていたという点です。従来のAI悪用は「フィッシング文面をAIに書かせる」といった部分的な効率化でしたが、ここでは攻撃の実行主体そのものがAIに移っています。この作戦はMITRE ATT&CKにキャンペーンC0062として正式に登録されました。

その少し前、2025年8月のAnthropicの脅威インテリジェンスレポートでは「バイブハッキング」と名付けられた事例も報告されました。ある恐喝グループはClaude Codeを使い、医療機関・救急サービス・宗教機関を含む17以上の組織に対して偵察から侵入、データ窃取までを自動化。さらにAIに被害者の財務記録を分析させて支払い可能額を算出し、身代金要求メモまで生成させています。要求額は50万ドル超でした。

AIエージェント時代の新しい攻撃の実例

JadePuffer(2026年7月)——全工程を自律実行した初のランサムウェア

Sysdigの脅威リサーチチームが2026年7月1日に報告したJadePufferは、初期侵入から身代金要求までの全工程をLLMが自律実行したとされる初の事例です。侵入口はLangflowの脆弱性CVE-2025-3248でした。バージョン1.3.0未満に存在する認証不要のリモートコード実行の欠陥で、CVSS基本値は9.8です。

自律性を象徴するのが、ログインに失敗してからわずか31秒で正しい修正ペイロードを投入し直した挙動です。試行されたペイロードは600件を超え、最終的に1,342件のデータベース設定が暗号化されました。しかも暗号鍵は標準出力にしか出力されない設計で、身代金を払っても復旧できない状態だったと報告されています。人間なら気づく「稼げない設計ミス」を、AIエージェントはそのまま実行したわけです。

その前段には、ESETが2025年8月に公表したPromptLockがあります。Ollama API経由でOpenAIのgpt-oss:20bをローカル実行し、攻撃用のLuaスクリプトを実行時に動的生成する検体です。ESETは実際の攻撃では観測されていない概念実証(PoC)と見ていますが、生成コードが毎回変わるためシグネチャベースの検知がほぼ機能しないという構造が実証されました。

EchoLeak(CVE-2025-32711)——クリックしなくても漏れる

通称EchoLeakは、Microsoft 365 Copilotに見つかったゼロクリックの情報漏えい脆弱性です。攻撃者は細工したメールを送るだけでよく、受信者がリンクをクリックする必要も、メールを開く必要すらありません。仕組みは間接プロンプトインジェクションで、AIが業務のためにメールやドキュメントを読み込むと、その本文に埋め込まれた命令をAI自身が指示として解釈してしまいます。従来のセキュリティ教育の柱だった「不審なリンクをクリックしない」が、そもそも成立しなくなったわけです。

これは例外的な事故ではありません。トレンドマイクロとPwCコンサルティングが2026年7月に公表した調査では、13の主要LLMおよびAIエージェントフレームワークにおいて、間接プロンプトインジェクションによる乗っ取りが80%以上の確率で成立しました。

postmark-mcp(2025年9月)——AIの「拡張機能」を汚染する

2025年9月15日、npmレジストリにpostmark-mcpというパッケージが公開されました。AIエージェントとメール配信サービスを連携させるMCPサーバーという体裁です。2日後のバージョン1.0.16で、送信されるすべてのメールを外部アドレスへ密かにBCCするコードが追加されました。正規リポジトリのコードに悪意ある1行を足しただけの同名偽パッケージで、Koi Securityが発見しています。AIエージェントに接続する外部ツール自体がサプライチェーン攻撃の対象になった事例です。

影響・今後:何が変わり、何が変わっていないか

実例を並べると、変化の中身がはっきりします。変わったのは次の3点です。

  • 攻撃のコストと速度:JadePufferの31秒での自己修正が示すように、試行錯誤の単価がほぼゼロに近づいた
  • 参入障壁:バイブハッキングの事例のとおり、高度な技術を持たない者でも組織的な恐喝を完遂できる
  • 攻撃面そのもの:EchoLeakやpostmark-mcpのように、AIエージェントが読むデータや接続するツールが新しい侵入口になった

一方、変わっていないのも3点あります。入口は依然として、設定の甘いVPN、パッチ未適用の脆弱性、過剰な権限です。名古屋港もJadePufferも既知の穴を突かれました。被害の本体も従来どおり業務停止であり、防御の基本である資産の可視化、最小権限、隔離されたバックアップ、ログ監視も変わりません。

そのうえで、AIエージェントを導入する組織が上乗せすべき対策は次の3つです。

  • エージェントの権限を人間の職務と同じ厳密さで設計する:エージェントごとにIDを発行し、最小権限とサンドボックス隔離を徹底する
  • 外部から入るデータを「命令」ではなく「データ」として扱う:メール、Webページ、MCPツールの説明文まで、AIが読むものすべてが攻撃経路になり得る
  • 不可逆な操作には人間の承認を挟む:送金、削除、公開、権限変更などは自律実行の対象から外し、監査ログを残す

IPAの10大脅威2026で「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が初選出で3位に入ったのは、この転換が一部の先進企業だけの問題ではなくなったことの表れです。

よくある質問

AIエージェントによる攻撃は、従来の攻撃と何が根本的に違うのか

違いは手口ではなく実行主体です。従来のAI悪用はフィッシング文面の生成やディープフェイクなど、人間の攻撃を補助する道具としての利用でした。GTG-1002の事例ではAIがキャンペーンの80〜90%を実行し、人間の介入は1キャンペーンあたり4〜6の判断ポイントに限られています。攻撃の速度と同時並行性が人間の作業速度から切り離された点が本質的です。

AIが攻撃するなら、従来のセキュリティ対策はもう無駄になるのか

無駄にはなりません。名古屋港の侵入口はIP制限のない保守用VPN、JadePufferの侵入口は既知の脆弱性CVE-2025-3248でした。AIが使うのはあくまで既存の穴であり、パッチ適用、最小権限、多要素認証、隔離されたバックアップといった基本対策の価値は変わりません。従来対策の上にAI固有の対策を積み増す形が適切です。

AIエージェントを業務に導入する際、最低限何をすべきか

エージェントごとに独立したIDを発行して権限を最小化すること、サンドボックスで隔離すること、送金・削除・公開といった不可逆な操作に人間の承認を挟むことの3点です。加えて、エージェントが読み込む外部データを命令ではなくデータとして扱う設計と、監査ログの取得を組み込んでください。

身代金を支払えばデータは戻るのか

戻らないことがあります。JadePufferでは暗号鍵が標準出力にしか出力されない設計になっており、身代金を支払っても復旧できない状態だったと報告されています。支払いを前提とせず、隔離されたバックアップからの自力復旧を軸に備える必要があります。

まとめ

ハッカー集団の攻撃は、名古屋港やアサヒグループの事例が示すとおり、AIの登場前からすでに社会インフラと大企業の業績を左右する水準に達していました。そこに加わったのが、GTG-1002やJadePufferに代表される、AIが攻撃工程そのものを実行する新しい形です。

ただし実例を細かく見ると、AIは新しい侵入口を発明したわけではありません。使われたのは既知の脆弱性と甘い設定でした。変わったのは、その穴を突く速度、同時並行性、そして攻撃者に必要な技術力の水準です。防御側は従来の基本対策をやり切ったうえで、AIエージェントを新しい「従業員」とみなし、権限・隔離・承認・監査ログを人間と同じ厳密さで設計する必要があります。

参考

参考ソース

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