デジタル教科書は「紙中心」へ――文科省指針素案、小4以下は完全デジタル認めず
2030年度から正式な教科書になるデジタル教科書の大臣指針素案が判明。新しい教科書は「紙中心」、完全デジタルは小4以下で認めず、小5以上も英語・実技系に限定。素案の中身と背景、影響を整理します。
2030年度から正式な教科書として使われ始めるデジタル教科書について、文部科学省が示す「大臣指針」の素案が2026年10月17日に明らかになりました。読売新聞の報道によると、新しい教科書は紙を中心とし、デジタルは「補助的・補完的」な扱いに位置づけられます。紙を使わない「完全デジタル」の教科書は小学4年生以下では認めず、小学5年生以上でも英語や音楽、美術といった実技系教科などに限られる見通しです。
GIGAスクール構想で1人1台端末が配られてから数年。「教科書もいずれタブレットに置き換わるのでは」と考えていた人にとっては、方向が大きく揺り戻されたように見えるかもしれません。この記事では、素案の中身と、そこに至った背景、子どもや学校、保護者への影響を整理します。
この記事の要点
- 2030年度以降の教科書は「紙」「紙とデジタルのハイブリッド」「完全デジタル」の3形態になる
- 素案ではハイブリッドを基本とし、小5以上は「主に紙」、小4以下は「おおむね紙」で構成
- 完全デジタルは小4以下で不可、小5以上も英語・実技系教科などに限定
- 視力など健康面のモニタリングを続け、必要に応じて指針を見直す
- 10月22日の有識者会議で示し、意見公募を経て年内に策定する予定
背景:デジタル教科書が「正式な教科書」になるまで
これまで日本で正式な教科書とされてきたのは紙の教科書だけでした。英語などで配られてきたデジタル教科書は、紙と同じ内容を端末に表示する「代替教材」という位置づけで、国の検定の対象外でした。紙の教科書に印刷された二次元コードから見られる動画や音声も、あくまで「教材」扱いです。
これを変えたのが、2026年6月10日に参院本会議で可決・成立した学校教育法などの改正法です。改正により、動画や音声、アニメーションを含むデジタルの教材も正式な「教科書」となり、国の検定を受け、義務教育では紙と同じく無償で提供されます。新しい教科書は次の3形態から教育委員会などが選びます。
| 形態 | 内容 |
|---|---|
| 紙のみ | 従来どおり紙の教科書 |
| ハイブリッド | 紙を基本に、二次元コードなどからデジタル素材を利用 |
| 完全デジタル | 紙を使わず端末上だけで学ぶ |
一方、日本教職員組合の談話によれば、紙と同じ内容をデジタル化した「代替教材」を使える制度は廃止されます。どの学年・教科でどの形態を認めるかは、秋以降に大臣指針で示すとされていました。今回判明したのが、その素案です。
今後のスケジュールは、教科書会社の制作が2027年度をめどに始まり、2028年度に検定、2029年度に採択、そして2030年度に小学校、2031年度に中学校、2032年度以降に高校で順次使用が始まる流れです。
素案の中身:「主に紙」「おおむね紙」という線引き
素案の柱は、デジタルを「主役」ではなく「補助」に置くことです。
- 基本形はハイブリッド:全学年・全教科で紙とデジタルのハイブリッドを中心にする
- 小5以上は「主に紙」:紙を軸にデジタルを補助的・補完的に組み込む
- 小4以下は「おおむね紙」:デジタル部分をさらに限定する
- 完全デジタルは限定的:小4以下は認めず、小5以上も英語のほか音楽・美術などの実技系教科などに限る
あわせて、次のような項目も盛り込まれました。
- 視力など健康面について継続的にモニタリングし、デジタル教科書の使用状況と健康影響の関係を検証する
- 学校現場での実証研究などを踏まえ、必要に応じて教科書のあり方を随時見直す
- 手書きの重要性に配慮し「書く活動の授業中での確保」を明記する
- AI(人工知能)の搭載は「実証研究などを注視しつつ検討する」にとどめる
- 障害のある児童生徒への対応も行う
文部科学相は国会審議の段階から、完全デジタルの教科書について「小4以下で認めることは適当ではない」と答弁し、国語・社会・道徳でも当面認めない考えを示していました。素案はこの方針を指針の形で具体化したものといえます。
動画は「1本3分程度」――中身の量にも上限
デジタル部分の「量」にも歯止めがかかろうとしています。共同通信によると、教科書検定の在り方を検討する審議会の総括部会は10月13日、デジタル教科書に載せる動画について、1本あたり3分程度まで、1冊あたりの総時間を20〜90分とする論点整理案を示しました。
| 教科・学年 | 動画の総時間の上限(1冊あたり) |
|---|---|
| 国語、算数・数学(小中) | 20分 |
| 外国語(英語、小5以降) | 80分 |
| 社会 | 小3〜6年 20分/中学 40分 |
| 理科 | 小3〜4年 40分/小5以降 60分 |
| 中学の情報・技術(3学年で1冊の場合) | 90分 |
これまで二次元コードの先の動画は検定の対象外で、教科書の内容と関係の薄い動画が増えていたことが課題とされてきました。正式化によって動画も検定対象となるため、「量を抑えて質を確保する」というのが狙いです。英語の発音や理科の実験など、動画が効果的な教科ほど上限が大きく設定されている点からも、「使いどころを絞る」発想がうかがえます。
なぜ「紙中心」なのか:懸念と期待のせめぎ合い
慎重論:発達段階と「浅い読み」
文部科学省が紙中心を打ち出した背景には、有識者会議で発達心理学の専門家などから「年齢が低い子どもは認知機能が発達途上にあり、デジタルの影響が大きい」「紙の活用が学習で効果的」といった指摘が出たことがあります。日本経済新聞によると、認知科学を専門とする委員からは「物を考える時の集中の妨げになる可能性がある」との声も上がりました。
読売新聞は、デジタル媒体では拾い読みや流し読みといった「浅い読み」になりやすいとの指摘や、紙と端末を行き来することで集中力がそがれるという学校現場の声、スマートフォンに加えて端末を見る時間が増える「デジタル漬け」への懸念を伝えています。9月には超党派の「活字文化議員連盟」(会長・上川陽子元外相)も、紙を軸にした学びの継承や、学力・健康への影響の検証を求める要望書を出していました。
学校現場の不安も根強いものがあります。2022年の読売新聞の調査では、デジタル教科書への全面移行に公立小中学校の86%が懸念を示し、理由で最も多かったのは「故障や不具合」でした。
推進論:個別最適な学びと無償化の恩恵
一方で、デジタルへの期待も小さくありません。東京学芸大学の堀田龍也教授(教育工学)は改正法成立時に、デジタルによって一人ひとりの学習進度に合わせたり、学習ログをもとに教員が個別に指導したりすることが可能になり、無償配布の対象になることで全ての子どもがデジタルの恩恵を受けやすくなると指摘しています。素案でも障害のある児童生徒への対応が盛り込まれており、音声の読み上げや文字の拡大といった機能は学びを支える手段として期待されています。
「スウェーデンは紙に回帰」をどう読むか
紙中心をめぐる議論でよく引き合いに出されるのがスウェーデンです。BBCによると、同国では2022年に発足した政権が教育の方向転換を進め、教科書や指導書への投資に21億クローナ超の補助金をあて、教科書中心の新しい教育課程を2028年に導入する予定です。PISA2022で数学と読解力の成績が大きく落ち込んだことも背景にあります。
ただし、日経パソコンの「教育とICT Online」は、信州大学の林寛平准教授の研究をもとに、スウェーデンの本質的な課題は質の保証された教科書が十分に提供されていなかったことや、スマホなどのスクリーンタイムの長さにあったと説明しています。2023年の法改正で教科書は「印刷されたもの」と定義されましたが、デジタルを排除したわけではありません。「紙かデジタルか」という二択ではなく、教材の質と使い方の問題として捉える視点が欠かせません。
影響・今後:保護者と学校は何を見ておくべきか
素案は10月22日の文部科学省の有識者会議で示され、パブリックコメント(意見公募)を経て年内に大臣指針として策定される予定です。指針は教科書検定のルールに反映され、教科書会社はそれを踏まえて制作に入ります。
影響が見込まれるポイントは次のとおりです。
- 子どもの学び方:小学校低・中学年では紙の教科書とノートでの「書く活動」が引き続き中心になります。デジタルは動画や音声で理解を助ける役割にとどまります。
- 教科書会社:「主に紙」「おおむね紙」という比率や、動画の上限を前提にした編集が求められます。
- 自治体・学校:文部科学相は国会で、自治体ごとに複数形態の教科書を無償提供することは「考えていない」と答弁しています。どの形態を採択するかは教育委員会の判断になり、端末の故障対応や通信環境、教員の指導力の差が学びの差につながらないかが問われます。改正法の附帯決議でも、ICT環境の格差是正や視力など健康影響の継続調査が求められています。
- 見直しの余地:素案には健康影響の検証と随時見直しが明記されました。導入後のデータ次第で、紙とデジタルの比率が変わる可能性もあります。
意見公募は、保護者や教員が直接声を届けられる数少ない機会です。わが子がどの学年でどんな教科書を使うことになるのか、2030年度に向けて地元の教育委員会の動きにも目を向けておきたいところです。
よくある質問
デジタル教科書はいつから正式な教科書になるのか
2026年6月に成立した改正学校教育法により、2030年度以降に正式な教科書として使われ始めます。2030年度に小学校、2031年度に中学校、2032年度以降に高校で順次導入される予定です。
紙の教科書はなくなるのか
なくなりません。新しい教科書は「紙のみ」「ハイブリッド」「完全デジタル」の3形態で、文部科学省の大臣指針素案では紙を中心とし、デジタルは補助的・補完的な扱いと位置づけています。
完全デジタルの教科書を使えるのはどの学年・教科か
素案では、完全デジタルの教科書は小学4年生以下では認められません。小学5年生以上でも、英語のほか音楽や美術などの実技系教科などに限定される見通しです。
デジタル教科書の動画はどれくらい入るのか
審議会の論点整理案では、動画は1本あたり3分程度まで、1冊あたりの総時間は教科や学年に応じて20〜90分が上限とされています。動画も国の検定対象になります。
大臣指針はいつ決まるのか
素案は2026年10月22日の文部科学省の有識者会議で示され、パブリックコメントを経て年内に策定される予定です。その後、教科書検定のルールに反映されます。
まとめ
2030年度から始まる新しい教科書制度で、文部科学省はデジタルを「主役」ではなく「補助」に据える方針を素案で示しました。完全デジタルは小4以下で認めず、小5以上も英語や実技系教科などに限定。動画にも1本3分程度、1冊20〜90分の上限を設けようとしています。
背景には、発達段階への影響や「浅い読み」、健康面への懸念があります。一方で、個別最適な学びや学びの保障といったデジタルの利点も無視できません。大切なのは「紙かデジタルか」の勝ち負けではなく、どの場面で何を使えば子どもの理解が深まるのかを、データに基づいて検証し続けることです。素案に盛り込まれた「随時見直し」が、実際にどう機能するかが今後の焦点になります。
参考ソース
- 新たな教科書は「紙中心」、デジタルは補助的扱いに…小4以下は完全デジタル認めず(読売新聞)
- デジタル教科書、動画上限90分 文科省検定対象、量抑え質確保へ(共同通信/Yahoo!ニュース)
- デジタル教科書、正式導入へ 2030年度にも 関連法が成立(朝日新聞)
- デジタル教科書、2030年度使用へ改正法成立 教員の活用力問われる(日本経済新聞)
- デジタル教科書法が成立…紙・併用含めて選択、「デジタル漬け」など健康や学習面での課題多く(読売新聞)
- 「学校教育法の一部を改正する法律」の成立に係る書記長談話(日本教職員組合)
- 紙の教科書への回帰……スウェーデンはなぜデジタル教材から離れているのか(BBCニュース)
- 「スウェーデンは紙に回帰」は本当か――デジタル教科書を巡る疑問と誤解に答える(日経パソコン 教育とICT Online)
- デジタル教科書へ全面移行、公立小中の86%が懸念…理由最多は「故障や不具合」(読売新聞、2022年)