宅配業界の43%がカスハラ経験——2026年10月、全事業主に対策が義務化
厚生労働省が宅配業界で働く約2万人を対象に行った初の実態調査で、過去3年間にカスハラを受けた人が43%に上ることが分かりました。全業種平均の11%を大きく上回ります。2026年10月1日には改正労働施策総合推進法が施行され、カスハラ対策が業種・規模を問わずすべての事業主の義務になります。
「使えない」「アホ」「すぐ持ってこい」。読売新聞が2026年8月25日に報じた宅配業界の実態は、多くの人が薄々感じていたことを数字で裏づけるものでした。厚生労働省が宅配業界で働く約2万人を対象に実施した初の業界別実態調査によれば、過去3年間にカスタマーハラスメント(カスハラ)を受けたと回答した人は43%。厚労省が2024年に業種を絞らずに行った調査での11%と比べ、約4倍の水準です。
そしてこの数字が出た1か月余り後、2026年10月1日に改正労働施策総合推進法が施行されます。この日から、カスハラを防ぐための雇用管理上の措置を講じることが、業種・規模を問わずすべての事業主の義務になります。従業員を1人でも雇っていれば、中小企業も個人事業主も対象です。
宅配業界の調査が示した実態と、10月から企業に何が求められるのかを、厚労省の一次資料をもとに整理します。
背景:努力義務から法的義務へ
カスハラ対策が法的義務へと格上げされる根拠になったのは、2025年6月11日に公布された改正法(令和7年法律第63号)です。これによって、カスハラを防止するための雇用管理上の措置を講じることが、業種・規模を問わずすべての事業主の義務とされました。施行日が2026年10月1日です。
義務の中身を具体的に示したのが、2026年2月26日に公布された指針(令和8年厚生労働省告示第51号)と、その解釈を示した同年4月24日のQ&Aです。企業が「何をどこまでやれば義務を果たしたことになるのか」は、この2つの文書に書かれています。
法律は「カスハラ」をどう定義したか
指針は、次の3つの要素をすべて満たすものをカスハラと定義しています。
- 職場において行われる顧客等の言動であって
- 雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより
- 労働者の就業環境が害されるもの
ここで注意したいのは、「顧客等」と「職場」がいずれも広く取られている点です。「顧客等」には、まだ商品を購入していない潜在的な顧客、取引先の担当者、施設やサービスの利用者とその家族、さらに施設の近隣住民までが含まれます。「職場」も店舗やオフィスに限らず、取引先の事務所や顧客の自宅など、業務を遂行する場所であれば該当します。対面のやり取りだけでなく、電話やSNSを通じたものも対象です。配達先の玄関先で起きたことも、コールセンターにかかってきた電話も、法律上は同じ土俵にあります。
逆に、社会通念上許容される範囲で行われた苦情は、正当な申入れであってカスハラには当たりません。クレームのすべてがカスハラになるわけではない、という線引きは指針にも明記されています。
では「社会通念上許容される範囲を超えた」とは何か。指針は、言動の内容が契約内容からして相当性を欠くもの、または手段や態様が相当でないものを指すとし、どちらか一方だけでも該当し得るとしています。判断にあたっては、言動の目的、経緯や状況、業種・業態、態様・頻度・継続性などを総合的に考慮するとされています。典型例として挙げられているのは、内容面では商品・サービスと全く関係のない要求、契約が想定するサービスを著しく超える要求、不当な損害賠償要求など。手段・態様の面では、暴行、インターネット上への悪評投稿をほのめかす脅し、人格を否定する言動、土下座の強要、無断での撮影、大声での威圧、執拗な言動、居座りや長時間の電話による拘束などです。ただしこれらは限定列挙ではありません。
「就業環境が害される」かどうかの判断基準は「平均的な労働者の感じ方」とされ、強い身体的・精神的苦痛を与える態様であれば、1回の言動でも該当し得るとされています。
事業主に課される5つの措置義務
指針が求める措置は、次の5本の柱に整理できます。
- 方針等の明確化と周知・啓発:カスハラには毅然と対応し労働者を保護する旨の方針を明確にし、あらかじめ定めた対処の内容とあわせて、管理監督者を含む労働者に周知する
- 相談体制の整備:相談窓口を定めて周知し、担当者が適切に対応できるようにする
- 事後の迅速かつ適切な対応:事実関係の確認、被害者への配慮、再発防止措置
- 抑止のための措置:特に悪質と考えられるものへの対処方針を定めて周知し、その対処を行える体制を整備する
- 併せて講ずべき措置:相談者等のプライバシー保護、相談等を理由とする不利益取扱いの禁止の明示
「対処の内容」の具体例として指針が挙げるのは、直ちに管理監督者に報告して指示を仰ぐこと、可能な限り一人で対応させないこと、やり取りを録音・録画すること(個人情報保護法等の遵守が前提)、十分な説明をしてもなお要求が続く場合に一定の時間の経過をもって退店を求めたり電話を切ったりすること、犯罪に該当し得る言動は警察に通報することなどです。特に悪質なものへの対処としては、警告文の発出や出入禁止も示されています。
Q&Aでは、準備段階でつまずきやすい点も明らかにされています。第一に、顧客対応が発生しない部署の従業員にも方針や対処の内容を周知する必要があります。「顧客等」に取引の相手方が含まれる以上、周知の対象は所属部署や雇用形態を問わずすべての労働者だからです。第二に、相談窓口はパワハラ等の窓口と一体である必要はありません。第三に、出入禁止を方針に定めたからといって、悪質な事案で必ず出入禁止としなければならないわけではありません。求められているのは方針を定めて周知し、対処できる体制を整えることであり、実際に講じるかどうかは事案ごとの判断です。
なぜ宅配業界が突出するのか
調査は2025年9〜10月、宅配業界の企業を通じて配達や電話応対などに従事する約2万人を対象に行われ、9割超から回答がありました。担当別に見ると、電話窓口が74%、対面窓口が64%、配達員が32%。顧客と直接やり取りする接点の多さが、そのままリスクの高さになっていることが分かります。
背景には、需要そのものの膨張があります。国土交通省によると2024年度の宅配便取扱個数は約50億3,100万個で、10年前から約4割増えました。宅配ボックスの整備は進んだものの再配達は依然として多く、2025年4月の国内大手の再配達率は8.4%でした。時間帯指定、再配達、置き配の指定と、日本の宅配サービスは手厚い。その手厚さが「これくらいはやって当然」という期待値を押し上げ、少しのずれが怒りに転化する——手厚いサービスが逆にカスハラを招いているという指摘は、この構造を突いています。
読売の取材に応じた40歳代の委託配達員の証言は、宅配業界特有の別の問題も浮かび上がらせます。細かい時刻を指定した再配達を断ると「使えない」「アホ」と罵倒される。午前中指定の荷物を11時過ぎに届けたら「もっと早くできないのか」と迫られる。それでも被害を委託元に訴えられないのは、「面倒な取引先」とみなされて契約を打ち切られることを恐れるからだといいます。
ここは、10月からの措置義務が正面から答えを出しにくい領域でもあります。措置義務は事業主が「その雇用する労働者」に対して講じるものと規定されており、業務委託で働く配達員は雇用関係の外にいると解されるからです。宅配の現場が委託ネットワークに支えられている以上、雇用契約の線引きだけでは現場を守りきれない可能性があります。委託元が自主的に相談窓口を設けるといった、義務の枠外での取組が課題として残ります。
こうした業界固有の事情を踏まえ、厚労省は2026年3月27日、モデル事業の成果として「業種別カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(宅配業編)」と周知啓発ポスター・ステッカー、研修動画を公表しました。マニュアルには次の共通方針が定められています。
私たちは、お客様へより便利で快適なサービスを提供するために日々真摯に取り組んでいきます。しかしその一方で、お客様から暴力的な言動や理不尽な要求、繰り返される根拠のない主張など、社会通念上許容される範囲を超えた行為(カスタマーハラスメント)を受けた際は、事情などを十分説明した上でご理解、ご納得いただけない場合、労働者の働く環境を守るために、企業として毅然と対応します。
個社ではなく業界として同じ文言を掲げる意味は小さくありません。1社だけが毅然とした対応を取れば競合に顧客が流れかねませんが、業界全体で足並みを揃えれば、その懸念は薄れます。
影響と今後:企業・自治体・そして消費者側
義務化の影響は民間企業だけにとどまりません。総務省は2026年8月22日、自治体職員向けのカスハラ対応マニュアルの作成手引をまとめ、対応時間の目安まで明示しました。広島県は職員の約3割が被害を訴えている実態を踏まえて基本方針を定め、10月から運用を始めます。同県では8月から順次、職員の名札のフルネーム表記をやめています。
一方で、指針が強調しているのは「予防」も対策のうちだという点です。指針は、カスハラの発生の原因や背景には商品・サービス・接客の問題や顧客等とのコミュニケーション不足もあるとし、これらを幅広く解消する取組が防止効果を高めるとしています。実際、スーパーマーケット業編のマニュアルに掲載された調査結果では、カスハラに発展した原因の上位が「顧客対応・サービス等の遅延」71.2%、「対応者の説明・コミュニケーションの不足」63.6%でした。接客研修や説明の質を見直すこと自体が、カスハラ対策の一部だという整理です。
裏を返せば、この義務化は消費者の側にも静かな変化を求めています。正当な苦情はこれまで通り正当な苦情です。ただ、その伝え方が「執拗」「長時間の拘束」「人格の否定」に踏み込んだ瞬間、企業側は毅然と対応することを法的に求められる立場になります。カスハラをめぐるやり取りが、個人対個人から顧客対企業の枠組みへと移るということです。
施行まで残された時間は多くありません。方針を掲げて相談窓口を設ければ終わりではなく、現場の対処、事実確認、被害者への配慮、再発防止までが一連の流れとして動く形になっているかどうかが問われます。
よくある質問
カスハラ対策の義務化はいつから始まりますか
2026年10月1日からです。2025年6月11日に公布された改正労働施策総合推進法(令和7年法律第63号)の施行日にあたります。具体的に何をすべきかは、2026年2月26日公布の指針(令和8年厚生労働省告示第51号)と、同年4月24日に公表されたQ&Aに定められています。
対象になるのはどのような企業ですか
業種・規模を問わず、すべての事業主が対象です。労働者を1人でも雇用していれば中小企業も例外ではありません。また周知の対象は、顧客対応が発生しない部署の従業員も含め、所属部署や雇用形態を問わずすべての労働者とされています。
クレームはすべてカスハラになるのですか
なりません。指針は、社会通念上許容される範囲で行われた苦情は正当な申入れであり、カスハラには当たらないと明記しています。該当するのは、顧客等の言動が社会通念上許容される範囲を超え、それによって労働者の就業環境が害される場合です。判断は「平均的な労働者の感じ方」を基準に、言動の目的・経緯・業種・態様・頻度などを総合的に考慮して行われます。
宅配業界のカスハラはなぜ他業種より多いのですか
厚労省の調査では宅配業界の43%に対し、業種を絞らない2024年調査では11%でした。顧客に個別対応する機会が多いことが要因の一つとされ、担当別では電話窓口74%、対面窓口64%と、顧客と直接やり取りする職種ほど数字が高くなっています。
業務委託で働く配達員も守られますか
措置義務は事業主が「その雇用する労働者」に対して講じるものと規定されているため、雇用関係にない業務委託の配達員は、この枠組みの直接の対象にはならないと解されます。読売新聞の取材でも、委託配達員が契約打ち切りを恐れて被害を訴えにくい実態が報じられています。委託元が自主的に相談窓口を設けるといった、義務の枠外での取組が課題として残ります。
まとめ
宅配業界の43%という数字は、特定の業界が異常なのではなく、顧客と直接向き合う仕事ほどリスクが高いという事実を可視化したものです。電話窓口74%、対面窓口64%という内訳が、その相関をはっきり示しています。
2026年10月1日からの措置義務化は、これまで現場の忍耐や店長の判断に委ねられてきたカスハラ対応を、組織の方針として明文化することを求めるものです。同時に、指針が予防を重視していることも見落とせません。遅延や説明不足がカスハラの引き金になっているという調査結果は、対策の半分がサービス品質の問題であることを示しています。毅然と対応する体制を整えることと、そもそも怒りを生まない接客を設計すること。この両輪が揃って初めて、10月の義務化は現場の負担を減らす方向に働くはずです。
参考ソース
- 宅配業者に暴言「使えない」「アホ」「すぐ持ってこい」、業界4割超がカスハラ経験「被害訴えにくい」(読売新聞オンライン, 2026年8月25日)
- 業種別カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(宅配業編)等を作成しました(厚生労働省 報道発表, 令和8年3月27日)
- 業種別カスタマーハラスメント対策の取組支援(あかるい職場応援団/厚生労働省)
- 2026年10月1日、カスハラ対策が『努力義務』から『法的義務』へ。企業が今やるべき準備とは?(HiELCC 広島県・今治市雇用労働相談センター, 2026年8月10日)
- 事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号)
- ハラスメント防止措置義務規定等における解釈事項について(厚生労働省, 令和8年4月24日)
- 総務省、自治体のカスハラ対策支援 対応時間の目安も明示(時事ドットコム, 2026年8月22日)
- 広島県職員に執拗なカスハラ、全体の3割が被害訴え(中国新聞デジタル, 2026年8月21日)