火星衛星探査機MMX打ち上げ成功――H3で挑む世界初の火星圏サンプルリターン
2026年10月20日、JAXAの火星衛星探査機MMXがH3ロケット10号機で打ち上げられ、火星へ向かう軌道に投入されました。フォボスから試料を持ち帰る世界初の火星圏サンプルリターン計画と今後を整理します。
火星衛星探査機MMX打ち上げ成功――H3で挑む世界初の火星圏サンプルリターン
2026年10月20日午前4時41分、鹿児島県の種子島宇宙センターから、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の火星衛星探査機「MMX(Martian Moons eXploration)」を載せたH3ロケット10号機が打ち上げられました。約1時間11分後、高度約592km付近でMMXが分離され、火星へ向かう軌道に投入されて打ち上げは成功しました。
MMXの目的は、火星の衛星「フォボス」に着陸して表面の砂(レゴリス)を採取し、地球へ持ち帰ることです。成功すれば、火星圏からのサンプルリターンとしては世界初になります。「はやぶさ」「はやぶさ2」で小惑星からの試料回収を実現してきた日本が、次の舞台として火星の重力圏に挑む約5年のミッションが始まりました。
この記事のポイントは次のとおりです。
- H3ロケット10号機でMMXを打ち上げ、火星遷移軌道への投入に成功(H3にとって初の惑星間打ち上げ)
- MMXは2027年8月に火星圏へ到着し、フォボスから10g以上の試料を採取、2031年7月に地球へ帰還する計画
- 狙いは「火星の衛星はどこから来たのか」という太陽系形成論の未解決問題の解明
- 中国の「天問3号」も2031年の試料帰還を目指しており、火星圏サンプルリターンは日中の競争の様相に
背景:2年の延期とH3ロケットの立て直し
MMXは当初、2024年度の打ち上げを予定していました。しかし2023年12月、H3ロケットの開発スケジュールの遅れと、地球と火星の位置関係から打ち上げ機会が約2年2か月ごとにしか巡ってこないことを理由に、2026年度への延期が決まりました。その結果、火星圏到着は2025年から2027年へ、地球帰還は2029年から2031年へと、全体が約2年後ろ倒しになっています。
もう一つの大きな背景が、H3ロケットそのものの信頼性です。2025年12月22日のH3ロケット8号機は、準天頂衛星「みちびき5号機」を予定軌道に投入できず打ち上げに失敗しました。JAXAの原因究明では、衛星とロケットをつなぐ「衛星搭載アダプタ(PSS)」の製造工程で生じた内部の剥離が、フェアリング分離時の衝撃で進展して構造全体が壊れたことが直接原因と特定されました。
対策として、実用衛星を載せる機体では剥離リスクを根本から排除する「ファスナ(ボルト)結合方式」のPSSを基本とする方針が示され、2026年6月の6号機(30形態試験機)、同年8月の9号機(みちびき7号機)と打ち上げ成功が続きました。今回の10号機で、H3は3回連続の成功、通算では10機中8機の成功となりました。約553億円を投じた日本最大級の探査機を任せられるかどうか、ロケット側にとっても重要な試金石だったと言えます。
H3「最強形態」で初の惑星間打ち上げ
今回のH3は、第1段エンジン「LE-9」2基に固体ロケットブースタ「SRB-3」4本を組み合わせた「24形態」で、全長16.4mのロングフェアリングを初めて採用した「H3-24L」と呼ばれる構成です。24形態の飛行は、新型宇宙ステーション補給機HTV-X1を打ち上げた7号機に続く2回目で、日本のロケットとしては最も打ち上げ能力の高いタイプにあたります。
重い探査機が必要だった理由は、行き先の遠さにあります。MMXは全長約5m、幅約9mで、打ち上げ時の質量は約4,480kg。その60%超は燃料が占めます。約3億km離れた火星圏まで往復するには、行きの燃料と帰りの燃料をあわせて運ぶ必要があるためです。
また、H3が地球周回軌道ではなく惑星間空間へ探査機を送り出すのは今回が初めてです。日本の基幹ロケットとして、商業衛星や補給機に加えて深宇宙探査にも対応できることを示した点でも意味のある打ち上げでした。
MMXの約5年の旅:フォボス着陸から地球帰還まで
MMXは「往路モジュール」「探査モジュール」「復路モジュール」の3つで構成されています。往路モジュールが火星までの移動とブレーキを担い、火星圏到着後に切り離されます。探査モジュールは着陸脚やサンプラーを備え、火星圏出発前に分離されます。最終的に地球へ戻るのは、カプセルを抱えた復路モジュールだけです。
公表されている主なスケジュールは次のとおりです。
| 時期 | 予定 |
|---|---|
| 2026年10月 | H3ロケット10号機で打ち上げ |
| 2027年8月 | 火星周回軌道に到着 |
| 火星到着後 | フォボスの擬周回軌道(QSO)から観測、ローバー「IDEFIX」を投下 |
| 2029年初め頃 | フォボスに2回着陸し試料を採取(10g以上が目標) |
| 採取後 | 衛星ダイモスのフライバイ観測 |
| 2030年11月 | 火星圏を出発 |
| 2031年7月 | オーストラリアにカプセルを投下 |
フォボスは最大直径約26kmのジャガイモのような形の小天体で、火星表面から約6,000kmの高さを回っています。重力が非常に弱いため、フォボスの周りを直接回る軌道に入るのは難しく、MMXはフォボスとわずかにずれた火星周回軌道を並走する「擬周回軌道(QSO)」から観測を行います。
着陸前には、フランス国立宇宙研究センター(CNES)とドイツ航空宇宙センター(DLR)が共同開発した小型ローバー「IDEFIX」がフォボスへ降り、表面の状態を調べて本体の安全な着陸に役立つデータを集めます。試料採取には、筒状の採取器を地面に打ち込む「C-SMP」と、NASAが提供する気体の圧力を利用して砂を集める「P-SMP」の2種類を使います。NHKと共同開発した4K・8Kカメラも搭載され、火星圏の映像を届けることが期待されています。
なぜ「火星の衛星」なのか:起源論争と火星のかけら
火星の2つの衛星、フォボスとダイモスがどうやってできたのかは、太陽系形成論の未解決問題の一つです。有力な説は二つあります。
- 捕獲説:太陽系の外側から来た小惑星が、火星の重力に捕らえられた
- 巨大衝突説:火星に大きな天体が衝突し、飛び散った破片が集まって衛星になった
JAXAによれば、捕獲説が正しければ、フォボスの物質には小惑星リュウグウのように水を含む鉱物や有機物が豊富に含まれている可能性があります。巨大衝突説であれば、衝突した天体の物質と火星の地殻・マントル由来の物質が混ざっていると考えられます。持ち帰った試料を地上の分析装置で詳しく調べることで、どちらの説が正しいのか、決着をつけられる可能性があります。
さらに、フォボスの表面には、隕石衝突で火星から飛ばされた物質も降り積もっていると考えられています。フォボスの質量の約0.1%が火星表層に由来するとの見積もりもあり、10gの試料に火星表面のさまざまな場所のかけらが100粒ほど含まれる可能性があるとされます。火星本体に着陸しなくても、火星の物質を手にできるかもしれない点がMMXの大きな魅力です。
影響・今後:日中の競争と有人探査への布石
火星からのサンプルリターンでは長く米国がリードしてきましたが、NASAの火星サンプルリターン(MSR)計画は頓挫しています。一方、中国国家航天局(CNSA)は火星探査機「天問3号」を2028年に打ち上げ、2031年に火星の土壌を地球へ持ち帰る計画を進めています。MMXは火星の衛星、天問3号は火星本体と対象は異なりますが、奇しくも同じ2031年に「火星圏の試料」が地球に届く可能性があり、日中の競争という見方も出ています。
MMXには、NASA、ESA、CNES、DLRといった海外機関が観測機器や通信で参加しています。日本が主導しつつ国際協力で進める形は、はやぶさ2の成果を土台にした日本の探査の強みを示すものです。
将来の有人火星探査との関係も注目されます。フォボスは、火星の軌道上に置く活動拠点の候補として検討されることがあり、MMXの観測や試料はその検討に必要な基礎データになります。
ただし、ミッションはまだ始まったばかりです。火星周回軌道への投入、重力の弱い天体への2回の着陸、5年近い長期運用、そして地球への帰還と、乗り越えるべき関門は数多く残っています。帰還時には、地球外の微生物を持ち込まないための「惑星保護」の国際ルールにも対応する必要があります。まずは2027年8月の火星到着が、最初の大きな節目になります。
よくある質問
MMXはいつ打ち上げられ、いつ地球に戻ってくるのか
MMXは2026年10月20日午前4時41分に種子島宇宙センターからH3ロケット10号機で打ち上げられました。2027年8月に火星圏に到着し、試料採取などを経て2030年11月に火星圏を出発、2031年7月にオーストラリアへ試料入りのカプセルを投下する計画です。
MMXの「世界初」とは何が初めてなのか
火星の重力が支配的な領域である「火星圏」から天体の試料を持ち帰ることが世界初になります。MMXは火星の衛星フォボスに着陸して10g以上の砂を採取し、地球へ持ち帰ることを目指しています。
なぜ火星本体ではなく衛星フォボスを調べるのか
フォボスの起源が「小惑星の捕獲」なのか「火星への巨大衝突」なのかが分かっておらず、試料分析で決着をつけられる可能性があるためです。また、フォボス表面には火星から飛ばされた物質も積もっていると考えられ、火星そのもののかけらを手にできる可能性もあります。
打ち上げはなぜ2024年から2026年に延期されたのか
2023年12月、H3ロケットの開発スケジュールの遅れと、火星への打ち上げ機会が約2年2か月ごとにしか訪れないことを理由に延期が決まりました。これにより、ミッション全体の日程が約2年後ろ倒しになっています。
MMXの開発費と開発体制はどうなっているのか
総開発費は約553億円で、JAXAと三菱電機などが開発しました。探査機本体は三菱電機、試料採取機構とカプセルは川崎重工が担当し、NASA・ESA・CNES・DLRも観測機器やローバーなどで参加する国際ミッションです。
まとめ
H3ロケット10号機によるMMXの打ち上げ成功は、2025年末の8号機失敗から立て直したH3にとって、初の惑星間打ち上げという新たな実績になりました。MMXはこれから約5年をかけて火星圏を往復し、フォボスの試料を持ち帰って「火星の衛星の起源」という長年の謎に挑みます。
成功すれば、はやぶさ・はやぶさ2に続く日本のサンプルリターン技術が、火星の重力圏という一段難しい舞台で通用することを示すことになります。中国の天問3号との競争、将来の有人火星探査への貢献という観点からも、2027年8月の火星到着、2029年頃のフォボス着陸、2031年の地球帰還と、節目ごとに注目しておきたいミッションです。
参考
参考ソース
- 火星衛星探査機「MMX」の打ち上げ成功、サンプルリターンに向け5年の長期ミッション…成功すれば世界初(読売新聞)
- 【更新】H3ロケット10号機打上げ成功、火星衛星探査機「MMX」は約5年の旅路へ(マイナビニュースTECH+)
- 火星衛星探査機「MMX」いよいよ出発へ JAXAがH3ロケット10号機の打ち上げ日時を決定(sorae)
- MMX×H3ロケット10号機 ミッション概要(ファン!ファン!JAXA!)
- ミッション概要・ミッションフロー(JAXA MMX公式サイト)
- 日本「MMX」と中国「天問3号」の火星サンプル採取計画、ともに2031年に地球へ帰還する可能性(Forbes JAPAN)
- H3ロケット8号機 打上げ失敗の原因究明に係る報告書(JAXA)
- H3ロケット8号機打上げ失敗の原因究明に係る調査・安全小委員会 報告書(文部科学省)
- 火星衛星探査計画(Wikipedia)