モバイルバッテリーに第三者機関の検査義務化へ——PSE制度に空いた8年の「抜け穴」
政府がモバイルバッテリーの安全規制を抜本強化する。柱は第三者機関による検査の義務化で、欧米にも例のない先駆的な措置だ。2018年に規制対象となりながら検査は事業者の自主任せだった制度の空白と、2021年の51件から2025年の192件へ約4倍に増えた事故件数。何が変わり、価格と選択肢はどうなるのかを整理する。
政府が、モバイルバッテリーの安全規制を抜本的に強化する方針を固めた。読売新聞が2026年8月22日に報じたところによれば、柱となるのは第三者機関による検査の義務化だ。製造段階でのチェック機能を高め、粗悪品が市場に出回るのを防ぐ狙いがある。月内にも方針が発表され、政省令の改正によって今年度中の制度化を目指すという。
注目すべきは、この手法が国際的にも前例がない点だ。第三者機関の検査によってモバイルバッテリーの安全性を担保する仕組みは欧米でも採用されておらず、日本の先駆的な取り組みとなる。
背景には、無視できない数字がある。独立行政法人・製品評価技術基盤機構(NITE)によると、リチウムイオン電池内蔵のモバイルバッテリーの事故件数は2021年の51件から2025年には192件へと、約4倍に膨らんだ。誰もがカバンに入れて持ち歩く小さな箱が、静かに火災リスクの主役になりつつある。
背景:2018年の規制には「検証」が入っていなかった
モバイルバッテリーが野放しだったわけではない。2018年2月1日、経済産業省は通達「電気用品の範囲等の解釈について」を改正し、モバイルバッテリーを電気用品安全法(電安法)の規制対象に加えた。1年間の経過措置を経て、2019年2月1日以降はPSEマークのない製品は流通在庫を含めて販売禁止となっている。リチウムポリマー電池を使った製品も、リチウムイオン蓄電池として同じ扱いだ。
問題は、その規制の「深さ」にあった。
電安法は電気用品を2つのカテゴリーに分けている。ひとつが特定電気用品で、構造や使用方法から見て特に危険や障害の発生するおそれが多いものだ。全116品目が指定されており、電気温水器、電気ポンプ、電気マッサージ器、自動販売機、直流電源装置などが該当する。こちらは国に登録された検査機関による適合性検査を受けなければならない(法第9条)。表示されるPSEマークはひし形で、登録検査機関のマークも併記される。
もうひとつが特定電気用品以外の電気用品で、全341品目。電気こたつ、電気冷蔵庫、テレビジョン受信機、音響機器などが並び、リチウムイオン蓄電池もここに入っている。こちらのPSEマークは丸形で、第三者による検査は要求されない。事業者が自ら技術基準への適合を確認し、自己適合宣言をすれば足りる。
つまり2018年の規制が作ったのは、マークを表示する義務であって、中身を誰かが検証する義務ではなかった。表示さえあれば売れる。その表示の根拠は製造業者の自主検査。ここに8年間、抜け穴が空いていたことになる。
何が変わるのか:モバイルバッテリーのPSEマークが丸形から「ひし形相当」へ
今回の見直しで、経産省は電安法の政省令を改正し、モバイルバッテリーの製造業者に対して技術基準の強化と品質管理措置の義務化を行う。そのうえで、NITEの調査をクリアした第三者機関の検査を経る制度を導入する。
読売新聞の報道は、この狙いを「電気温水器などと同様に、第三者機関の検査を受けた高い水準のPSEマークを表示した製品のみが市場に流通する仕組みを構築する」と説明している。要するに、モバイルバッテリーを丸形PSEの世界からひし形PSE相当の世界へ引き上げる、ということだ。
スケジュールも具体的に動き出している。
- 2026年8月末:産業構造審議会(経済産業相の諮問機関)の小委員会で方針を提示
- 2026年度中:改正政省令を施行
- 施行後1年間:経過措置期間
- その後:新制度の全面適用
2018年の規制導入時も経過措置は1年だった。同じテンポで進むなら、市場から自己確認だけの製品が消えるのは2028年前後になる計算だ。
なぜ今なのか:発火事故の統計と、車内で起きた実例
規制強化の引き金は、統計と実際の事故の両方から引かれている。
NITEの集計では、リチウムイオン電池搭載製品の事故は2020年から2024年までの5年間で1,860件にのぼり、そのうち約85%にあたる1,587件が火災事故につながった。別の集計では2021年から2025年の5年間で2,140件と、件数はさらに積み上がっている。消費者庁の調べでも、製品からの発火事故の8割以上がリチウムイオン電池に関係するものだ。
季節性もはっきりしている。気温の上昇とともに事故は増え、8月の火災事故が228件で年間のピークを記録する。製品別に見ると、モバイルバッテリーが361件で最多だった。この記事が公開されている今この時期が、統計上もっとも危ない月にあたる。
そして、抽象的な数字ではない事故が続いた。2026年8月には大阪メトロ御堂筋線の車内でモバイルバッテリーの発火事故が発生し、一時運転見合わせとなった。航空分野では今年4月から機内での使用禁止などの措置がすでに取られている。政府高官は「重大事故につながりかねず、根本的な品質確保策や安全対策が急務だ」と述べたと報じられている。
満員電車の車内で、逃げ場のない状況で発火する。そのシナリオが現実に起きたことが、制度を動かす最後の一押しになったと見てよいだろう。
粗悪なモバイルバッテリーはなぜ生まれるのか
国内で流通しているモバイルバッテリーの大半は中国製だ。読売新聞は、高温や強い衝撃を受けた際に発火するケースが多く、原因として電極の巻きずれや異物混入といった製造工程・品質管理上の問題が指摘されていると伝えている。
リチウムイオン電池の内部は、正極と負極が薄いセパレーターを挟んで巻かれた構造をしている。この巻きが正しく揃っていなかったり、製造中に微細な金属片が混入したりすると、正極と負極が直接触れる内部短絡が起きる。短絡すると局所的に発熱し、その熱がさらに反応を加速させ、電解液に引火する。いわゆる熱暴走だ。いったん始まると外から冷やしても止まりにくく、消火が難しい。
厄介なのは、こうした欠陥を抱えた製品が出荷時点では正常に動作してしまうことだ。買った直後は問題なく充電できる。数か月後、真夏の車内に置いたり、落として衝撃を与えたりしたときに突然顕在化する。自己適合宣言という制度は、製造業者が誠実に品質管理をしている前提で成り立つ。その前提が崩れたとき、事後的に発見する手段がほとんどない。
流通経路の問題もある。ECモールを通じた越境販売では、海外事業者が日本国内に営業所を持たないまま商品を並べることができてしまう。国内に法人登記がなければ電安法の届出事業者にすらならず、行政の網がかかりにくい。容量表示の偽装も報じられており、表示された数値と実際の性能が一致しない製品が混ざっている。
影響と今後:安くて怪しいものは減り、値段は上がる
第三者検査の義務化は、いくつかのトレードオフを伴う。
コストと価格。認証機関の検査は無料ではない。型式ごとに検査費用と期間が発生し、それは最終的に製品価格に乗る。数百円台で売られていたような製品は市場から姿を消し、価格帯の下限が押し上げられる可能性が高い。安全と引き換えに支払うコストをどう評価するかは、意見が分かれるところだろう。
製品の多様性。検査コストは、多品種を少量ずつ出す小規模メーカーに重くのしかかる。結果として大手への集約が進み、ニッチな仕様の製品が減ることも考えられる。
検査機関のキャパシティ。国内で流通するモバイルバッテリーの型式は膨大だ。1年の経過措置のうちに、それらすべてが検査を通せるだけの処理能力を認証機関が確保できるのかは未知数である。ボトルネックになれば、施行後に品薄が生じかねない。
越境ECという穴。国内の製造・輸入業者を規制しても、海外から消費者が直接個人輸入する経路は残る。規制が国内正規流通品だけを厳格化し、規制の外側にある商品との安全格差がかえって広がるという見方もありうる。
そして出口の問題。使い終わったモバイルバッテリーの廃棄も、火災の主要な発生源になっている。不燃ごみは埋め立て前に破砕して減容する工程を経るため、混入した電池が破砕時の衝撃で発火し、電解液に引火して処理施設の火災につながる。環境省は廃棄物処理施設等での火災を課題として挙げており、2026年8月には販売店を拠点とした回収網の実証を始めている。入口の品質を上げても、出口の回収が整わなければ火災は減らない。
消費者側の意識は、すでに動き始めている。周辺機器メーカーMOTTERUが2026年8月に公表した調査では、モバイルバッテリーを選ぶ基準のトップが「安全性」の38.6%となり、従来上位だった「容量」の15.4%を大きく上回った。市場が安全性を評価軸に据え始めているなら、規制はその流れを後押しする形になる。
よくある質問
新しい規制はいつから始まるのか
政府は2026年8月末に産業構造審議会の小委員会で方針を提示し、2026年度中に改正政省令を施行する方向で調整している。施行後は1年間の経過措置期間が設けられる予定で、全面適用はさらにその後となる。2018年の規制導入時も経過措置は1年間だった。
今持っているモバイルバッテリーは使えなくなるのか
報じられている制度改正は製造業者を対象とした流通前の規制であり、すでに個人が所有している製品の使用を禁止するものではない。ただし電気用品安全法には、危険の拡大を防ぐために事業者へ回収を命じる危険等防止命令(法第42条の5)の規定があるため、特定の製品に重大な欠陥が判明した場合はリコールの対象になりうる。
PSEマークが付いていれば安全なのか
現行制度では、モバイルバッテリーに表示される丸形のPSEマークは製造業者の自己適合宣言に基づくもので、第三者機関の検査を受けたことを意味しない。一方、電気温水器などの特定電気用品に付くひし形のPSEマークは、国に登録された検査機関の適合性検査を経ている。今回の改正は、モバイルバッテリーを後者に近い水準へ引き上げるものだ。
なぜ夏に発火事故が増えるのか
リチウムイオン電池は高温に弱く、気温の上昇とともに事故件数が増える。NITE監修の集計では8月の火災事故が228件で年間最多となっている。炎天下の車内への放置、直射日光の当たる場所での充電、高温環境での使用が典型的な誘因とされる。
使い終わったモバイルバッテリーはどう捨てればよいか
不燃ごみに混ぜて出すと、処理施設の破砕工程で衝撃により発火し、火災の原因になる。自治体の回収ボックスや販売店の回収スキームなど、住んでいる地域のルールに従って処分する必要がある。環境省は2026年8月から、販売店を拠点とした回収網の実証を進めている。
まとめ
今回の規制強化は、2018年に作られた枠組みの続きではなく、その枠組みが持っていた構造的な欠落を埋める作業だ。マークを貼る義務はあったが、貼る根拠を第三者が確かめる義務はなかった。事故件数が2021年の51件から2025年の192件へ約4倍になるまで、その空白は放置されていた。
欧米に先例のない制度に踏み込むということは、参照できるモデルがないということでもある。検査機関の処理能力、越境ECへの実効性、価格上昇の許容範囲——設計の巧拙が問われる論点は多い。8月末の産業構造審議会でどこまで具体的な制度設計が示されるかが、最初の見どころになる。
そして制度が動き出すまでの間も、8月は統計上もっとも事故が多い月であり続ける。炎天下の車内に置かない、変形や膨張が見られる製品は使わない、捨てるときは自治体のルールに従う。制度が届くまでの距離を埋めるのは、当面は使う側の手元の判断ということになる。
参考ソース
- 発火相次ぐモバイルバッテリー、粗悪品排除へ第三者機関の検査義務化…国内流通の大半が中国製(読売新聞オンライン、2026年8月22日)
- 電気用品安全法の概要(経済産業省)
- トピックス - 電気用品安全法(経済産業省)
- モバイルバッテリーに関するFAQ(経済産業省)
- 製品安全情報マガジン Vol.481「リチウムイオン電池搭載製品の事故」(NITE、2025年7月22日)
- 夏はモバイルバッテリーの事故に注意、NITE監修「危険な扱い6選」の実態調査(マイナビニュース、2026年6月29日)
- 夏はモバイルバッテリー車に放置しないで 火災につながるおそれ(家電 Watch)
- モバイルバッテリーから出火の経験者「死んでいたかもしれない」 粗悪品流通の実態は(TBS news23、2026年8月18日)
- リチウムイオン電池の発火、なぜ多発?電池一筋の学者に説明され納得(朝日新聞デジタル、2026年8月22日)
- モバイルバッテリー、販売店に回収網 発火事故防止へ環境省が実証(日本経済新聞、2026年8月18日)
- リチウムイオン電池関係(環境省)
- リチウムイオン電池、誤った捨て方で火災に!(政府広報オンライン)
- モバイルバッテリー選びの基準に変化。「容量」15.4%を抑えて「安全性」38.6%がトップに(株式会社MOTTERU、2026年8月21日)