ペロブスカイト太陽電池35.5%——世界記録と日本の「フィルム型」戦略
中国LONGiが結晶シリコン・ペロブスカイトタンデム太陽電池で変換効率35.5%を達成し、ESTI認証で世界記録を更新。シリコン単独の理論限界29%を超える数字です。同じ週にQcellsがタンデムで初のIEC認証を取得し、技術は研究室から量産へ。一方、日本は効率競争ではなく「フィルム型」という別の勝ち筋に4.1兆円を賭けています。
ペロブスカイト太陽電池35.5%——世界記録と日本の「フィルム型」戦略
2026年7月14日、中国の太陽電池最大手LONGi(隆基緑能科技)が、結晶シリコンとペロブスカイトを重ねた「タンデム太陽電池」で変換効率35.5%を達成したと発表しました。欧州の試験機関ESTI(European Solar Test Installation)による認証付きの世界記録です。
数字だけ見ると地味に映るかもしれませんが、これはいま屋根に載っているシリコンパネルが物理的に到達できない領域に踏み込んだことを意味します。一方、日本はこの効率競争とはまったく違う土俵に4兆円規模を賭けています。同じ「ペロブスカイト太陽電池」という言葉で語られながら、中国と日本が狙っているものは実はかなり異なります。
背景:ペロブスカイト太陽電池と「35.5%」が特別な理由
現在市販されている一般的な太陽光パネルは、結晶シリコンを使った単接合(シングルジャンクション)型です。この方式の実用効率は、概ね26〜27%台にとどまります。
これは技術者の努力不足ではなく、物理法則による天井です。ショックレー・クワイサー限界と呼ばれる理論によれば、シリコン単接合が取り出せるエネルギーの上限は約29%。太陽光にはさまざまな波長の光が含まれているのに、シリコンはそのうち一部の波長しか効率よく電気に変えられず、残りは熱として捨てられてしまうからです。
タンデム型は、この「捨てている光」を拾いに行く設計です。上層にペロブスカイトを置いて短波長(青〜緑)の光を受け持たせ、下層のシリコンが長波長(赤〜近赤外)を担当する。役割分担によって、単接合の理論限界そのものを飛び越えられます。35.5%という数字は、シリコン単独では原理的に到達不可能な領域に、実験室レベルとはいえ商用技術の延長線上で届いたことを示しています。
ペロブスカイトは、特定の結晶構造を持つ材料の総称です。ヨウ素や鉛を含む化合物を溶液として塗布・印刷するだけで発電層をつくれるため、高温・高真空の設備を必要とするシリコンに比べて製造コストを大幅に下げられる可能性があります。桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授らが2009年に報告した、日本発の技術としても知られています。
LONGiの3年間:ペロブスカイトで8回の世界記録更新
LONGiの35.5%は、突然生まれた数字ではありません。公表されている記録更新の推移を並べると、進歩の速さがはっきりします。
- 2023年11月:33.9%
- 2024年6月:34.6%
- 2026年5月:35.2%(太陽電池効率テーブル第68版に収録)
- 2026年7月:35.5%(ESTI認証)
同社の発表によれば、約3年間で公表分だけでも世界記録を累計8回更新しています。しかも更新の対象は研究用の小さなセルにとどまらず、商用サイズのセル、さらに曲げられるフレキシブルセルへと広がっています。研究のための研究ではなく、量産を前提とした開発ロードマップに沿って記録が積み上がっている、という点が重要です。
今回の発表は、上海交通大学で開催された同社の「2026 Solar and Energy Storage Innovation Conference」で行われました。中国の太陽電池産業が、コスト競争力に加えて基礎技術のフロンティアでも先頭に立ちつつあることを、対外的に示す場でもあったと言えます。
研究室から量産へ:ペロブスカイトが越えるべき第二のハードル
効率記録と並んで、2026年7月にはもう一つ見逃せない出来事がありました。韓国Qcellsが、ペロブスカイト・シリコンタンデムモジュールとして初めてIEC 61215の認証を取得したと報じられたのです。
IEC 61215は、太陽光モジュールの設計適格性と型式認定を定めた国際規格です。屋外環境を模した一連の耐久試験を通過して初めて、実際の設置に耐える製品として市場に出せます。効率記録が「どこまで速く走れるか」だとすれば、IEC認証は「毎日通勤に使えるか」の試験に近いものです。
ペロブスカイトの最大の弱点は、まさにこの耐久性でした。水分・酸素・熱・紫外線に弱く、初期の研究セルは数日から数か月で性能が落ちるものも珍しくありませんでした。効率記録と耐久認証という二つのマイルストーンが同じ週に並んだことは、この技術が「論文の中の有望株」から「調達検討の対象」へ移りつつある転換点を示しています。
もっとも、課題が消えたわけではありません。実用化を阻む壁として、一般に次の三つが挙げられます。
- 耐久性・寿命:長期の出力保証が確立しているシリコンパネルに対し、ペロブスカイトは寿命の短さが最大の弱点として残る
- 鉛の使用:高効率な組成の多くは鉛を含み、廃棄・リサイクル時の環境規制と回収スキームの設計が必要
- 大面積化での効率低下とコスト:小さなセルで35%を出せても、実際のモジュールサイズに引き伸ばすと膜の均一性が崩れて効率が落ちる
日本の選択:フィルム型ペロブスカイトで「置ける場所」を増やす
ここで日本の動きを見ると、狙いがはっきり違うことがわかります。
積水化学工業は2026年3月、フィルム型ペロブスカイト太陽電池「SOLAFIL」の販売を開始しました。フィルム型としては世界初の商用化とされ、同社は積水ソーラーフィルム(大阪市北区)を成長期待事業と位置づけています。2029年3月期までの3か年中期経営計画では、売上高1兆6,000億円・営業利益1,500億円を掲げ、5,500億円の戦略投資のうち2,500億円を設備投資に充てる計画です。
フィルム型の売りは効率ではありません。重量がシリコンパネルの約10分の1という点です。これによって、これまで太陽光を諦めるしかなかった場所が市場になります。ビルの壁面、耐荷重の小さい工場や体育館の屋根、農業用ハウス、車両のボディ。日本のように平地が限られ、大規模な野立てメガソーラーの適地が枯渇しつつある国では、「効率を1%上げる」よりも「設置できる面積を10倍にする」方が総発電量への効き目が大きい、という判断です。
実装も動き始めています。滋賀県は積水ソーラーフィルム製の製品を八幡工業高校の体育館屋根に12kW導入しました。県有施設への実装としては全国初で、施工は京セラコミュニケーションシステムが担当しています。体育館は耐荷重の制約から従来型パネルを載せられない典型的な建物で、フィルム型の想定用途をそのまま体現した案件と言えます。
政策の後押しも異例の規模です。政府は2040年に国内20GWの導入目標を掲げ、官民ロードマップでは4兆1,000億円規模の投資が見込まれています。2026年7月の骨太の方針には「導入拡大」が明記され、経済産業省による補助やGXサプライチェーン構築支援事業を通じて国内製造ラインの整備が支援されています。高市首相も所信表明で、原子力と並べてペロブスカイト太陽電池を国産エネルギーの柱として挙げました。
もう一つ、日本が譲れない理由があります。ペロブスカイトの主原料であるヨウ素は、千葉県を中心に日本が世界シェア上位を占める資源だという点です。シリコン系太陽電池のサプライチェーンを中国にほぼ完全に握られた過去の反省を踏まえると、原料から国内で完結しうる数少ない再エネ技術という位置づけになります。
影響と今後:ペロブスカイト普及が左右する三つの論点
短期的に、2026年7月の記録が家庭の電気代を下げることはありません。35.5%はあくまで研究セルの値であり、量産モジュールに落ちるまでには数年のタイムラグがあります。中期的には、次の三点が焦点になります。
- タンデム型の量産立ち上げ競争:中国勢が商用サイズセルとフレキシブルセルで記録を更新し続けている以上、量産ラインの立ち上がりも早い。ここで先行を許せば、シリコン系で起きた「技術は日本発、量産は中国」の再演になりかねません。
- 電力需要側の逼迫:生成AIの普及でデータセンターの電力消費は加速し、IEAは再生可能エネルギーが石炭を追い抜く転換点を予測しています。国内でも石狩や薩摩川内でAIデータセンター計画が動き、最大の制約は電力です。設置場所を選ばないフィルム型は、この需給ギャップを埋める分散電源になり得ます。
- 回収スキームの制度設計:鉛を含む製品を壁面や農業ハウスに大量展開するなら、廃棄・リサイクルの枠組みを普及と同時に整える必要があります。後回しにすれば、10年後に「設置は進んだが回収の目処が立たない」という別の問題を抱えます。
なお家庭で太陽光を検討している人にとっての答えは、当面変わりません。ペロブスカイトの家庭用製品はまだ選択肢として揃っておらず、今すぐ導入するなら現行のシリコン系パネルと蓄電池の組み合わせが依然として合理的です。
よくある質問
ペロブスカイト太陽電池は今すぐ家庭の屋根に設置できますか
現時点では一般家庭向けの製品は十分に揃っていません。積水化学が2026年3月にフィルム型「SOLAFIL」の販売を開始しましたが、初期の導入先は自治体施設や事業用建物が中心です。今すぐ太陽光発電を導入したい場合は、現行の結晶シリコン系パネルと蓄電池の組み合わせが引き続き現実的な選択肢です。
変換効率35.5%というのは、いま売られているパネルと比べてどれくらい高いのですか
結晶シリコン単接合の実用効率は概ね26〜27%台です。シリコン単接合には約29%という理論上の上限があるため、35.5%はその天井を超えた数字ということになります。ただしこれは研究セルでの値で、量産モジュールに反映されるまでには数年かかります。
ペロブスカイト太陽電池は日本発の技術と聞きましたが、なぜ中国が世界記録を出しているのですか
ペロブスカイト太陽電池は2009年に日本の研究者が報告した技術ですが、その後の効率競争と量産投資では中国勢が先行しました。LONGiは約3年で公表分だけでも世界記録を8回更新しています。日本は効率競争ではなく、軽量なフィルム型で「これまで設置できなかった場所」を市場にする方向に軸足を置いています。
ペロブスカイト太陽電池に鉛が含まれているのは問題ないのですか
高効率な組成の多くは鉛を含んでおり、廃棄やリサイクルの段階での環境影響が課題として指摘されています。封止技術によって使用中の漏出を抑える研究と、鉛を使わない組成の探索が並行して進められていますが、普及と同時に回収スキームを制度として整えることが必要とされています。
日本政府はペロブスカイト太陽電池にどれくらい投資しているのですか
政府は2040年に国内20GWの導入目標を掲げ、官民ロードマップでは4兆1,000億円規模の投資が見込まれています。2026年7月の骨太の方針には「導入拡大」が明記され、経済産業省の補助やGXサプライチェーン構築支援事業を通じて国内製造ラインの整備が支援されています。
まとめ
LONGiの35.5%は、太陽電池がシリコンの物理的な天井を越えたことを示す記録です。同じ週にQcellsがタンデムで初のIEC認証を取得したことと合わせれば、この技術が研究室の外へ出ようとしていることは明らかでしょう。
一方で日本が賭けているのは、効率の数字ではありません。重量10分の1という特性を武器に、ビルの壁面や体育館の屋根といった「これまで太陽光を置けなかった場所」を発電所に変える戦略です。原料のヨウ素を国内で調達できることも含めて、シリコン系で失った主導権を別の土俵で取り返そうとしている、と読むこともできます。
どちらが正解かは、まだ決まっていません。ただ、AIデータセンターが電力を食い尽くす勢いで増えているいま、発電技術の選択は単なる環境問題ではなく、産業基盤をどこに置くかという問題に変わりつつあります。35.5%という数字は、その競争がすでに始まっていることの合図です。
参考ソース
- 35.5%! LONGi Once Again Breaks World Record for Crystalline Silicon-Perovskite Tandem Solar Cell Efficiency(LONGi公式)
- Longi sets new world record with 35.5%-efficient perovskite-silicon tandem cell(pv magazine, 2026-07-15)
- LONGi reports 35.5% certified efficiency for perovskite-silicon tandem cell(perovskite-info)
- Perovskite-Silicon Tandem Cells: Longi's 35.5% Record and Qcells' IEC Certification
- LONGi、ペロブスカイト・タンデム太陽電池セルの変換効率で世界記録(PR TIMES / RBB TODAY)
- LONGi、タンデム太陽電池で世界最高効率35.5%を達成(LONGi Service Japan)
- ペロブスカイト太陽電池の実用化はいつ?2026年最新(Japan Energy Times)
- ペロブスカイト太陽電池ライン構築、積極投資で営業益1500億円(ニュースイッチ)
- 滋賀県、積水ソーラーフィルム製のペロブスカイト太陽電池を導入(CT News)
- GXサプライチェーン構築支援事業(フィルム型ペロブスカイト太陽電池)
- ペロブスカイト太陽電池とは|実用化の現状と耐久性・コスト
- 次世代太陽電池「ペロブスカイト」の生みの親が明かす誕生の舞台裏(ニュースイッチ)