熱海の教訓は守られたのか――「不適切な盛り土」全国358か所が突きつける盛土規制法の死角

リード ―― 規制を強めた、はずだった

2021年7月、静岡県熱海市伊豆山を襲った土石流は、28人の命を奪った。原因は、谷を埋めるように積み上げられた一つの「盛り土」だった。この惨事を受けて国は法律を抜本的に作り替え、2023年5月、危険な盛り土を全国一律で規制する「盛土規制法(宅地造成及び特定盛土等規制法)」を施行した。「二度と熱海を繰り返さない」――それが、この法律に込められた社会の約束だった。

ところが、その約束が早くも揺らいでいる。2026年6月29日、読売新聞が報じた自治体アンケートの結果は、施行後に造成された「不適切な盛り土」が全国27道府県で計358か所にのぼることを明らかにした。法令上の手続きを踏んでいないもの、災害を防ぐための措置がとられていないもの――規制を強化したはずの新法のもとで、なお危険な土の山が積み上がり続けている実態が浮かび上がったのだ。

なぜ、法律を作っても不適切な盛り土はなくならないのか。本稿では、この問題を「熱海という原点」「新法のしくみ」「358か所が意味するもの」「現場の壁」「私たちにできること」という複数の角度から掘り下げていく。

背景 ―― 28人の死と、法律の「スキマ」

すべての出発点は、2021年7月3日の熱海市伊豆山にある。記録的な大雨のなか、伊豆山神社の南西にある谷で大規模な土石流が発生し、多数の民家を押し流した。死者は28人。土砂災害の引き金になったのは、自然の斜面ではなく、人の手で不適切に造成された盛り土だったとされる。

問題は、この盛り土が当時の法律では「規制の網にかからなかった」ことにある。発生現場は森林法上の地域森林計画対象の民有林で、1ヘクタールを超える開発であれば知事の許可が必要だった。しかし現場の盛り土は1ヘクタール以下だったため、許可制度の対象外。まさに法の「スキマ」に落ちていたのだ。

当時、盛り土をめぐる規制は砂防法、森林法、宅地造成等規制法など複数の法律に分かれ、それぞれが宅地・森林・農地といった目的別に組み立てられていた。そのため、用途や面積の要件を少し外れるだけで規制が及ばないエリアが各地に生じ、開発区域をわざと分割して規制を逃れる「潜脱」も横行していた。一部の自治体は独自の条例で土砂の埋め立てを規制していたが、条例ごとに基準がばらばらで、規制の甘い地域に危険な盛り土が偏って集まるという皮肉な事態も起きていた。地方自治法の制約から、条例で科せる罰則は法律ほど強くできず、実効性にも限界があった。

こうした「スキマ」を埋めるために生まれたのが、盛土規制法である。

詳細① ―― 盛土規制法は何を変えたのか

盛土規制法は、1961年制定の旧「宅地造成等規制法」を抜本改正し、2022年5月に公布、2023年5月26日に施行された。国土交通省と農林水産省(林野庁)が共管する。旧法が「宅地造成」だけを対象にしていたのに対し、新法は宅地・農地・森林など土地の用途を問わず、危険な盛り土を全国一律の基準で包括的に規制する点が最大の特徴だ。法律の要点は次の4つに整理できる。

第一に「スキマのない規制」。都道府県知事などが、盛り土の崩落で人家などに被害を及ぼしうる区域を「規制区域」に指定し、その区域内で一定規模以上の盛り土・切り土・土石の一時的な堆積を行う際には、事前の許可または届け出を義務づけた。宅地かどうか、面積要件をわずかに下回るかどうか、といった「抜け穴」を塞ぐ設計である。

第二に「盛り土の安全性の確保」。許可にあたっては災害防止のための技術基準への適合を求め、施工中の中間検査や工事完了後の検査も組み込まれた。

第三に「責任の所在の明確化」。土地の所有者・管理者・占有者が安全管理の責任を負い、土地が転売された場合でもその時点の所有者に責務が発生する。さらに、実際に盛り土を行った造成主や工事施工者、過去の土地所有者も「原因行為者」として是正命令の対象になり得る。「持ち主が変わったから関係ない」という言い逃れを許さない仕組みだ。

第四に「実効性のある罰則」。無許可造成などの違反には、最大で懲役3年以下・罰金1000万円以下、法人には重科として最大3億円以下の罰金という、土砂規制としては異例の重い罰則が設けられた。許可された盛り土は所在地を一覧で公表し、現場への標識掲出も義務づけて、無許可行為を早期に摘発できるようにした。

制度としては、熱海の教訓をかなり丁寧に反映した「よくできた法律」だと言える。

詳細② ―― 358か所が示す「制度と現実のギャップ」

それでも、現実は制度の理想に追いついていない。読売新聞が全国の自治体に行ったアンケートによれば、盛土規制法の運用開始後に造成された「不適切な盛り土」は、27道府県で計358か所にのぼった。内訳は複数回答で、法令上必要な許可や届け出といった手続きを踏んでいないものが260か所、擁壁の設置など災害を防ぐための措置がとられていないものが138か所だった。

この数字が重いのは、「施行後に新しく造られたもの」を含む点だ。法律ができる前から存在する古い盛り土ではなく、強化された規制が始まったあとになお、手続きを無視した造成や、危険なまま放置された盛り土が各地で生まれている。新法の抑止力が、現場のすべてに行き届いているとは言いがたい。

国土交通省の資料は、不法・危険な盛り土の典型的なパターンを指摘している。人目につかない山間部や、車両のアクセスがよく交通量の少ない高速道路・幹線道路沿いで、無許可、あるいは許可内容と異なる盛り土が行われやすく、発見が遅れた結果として崩落に至る、というものだ。建設工事で出る大量の残土をどこかに処分しなければならないという経済的な圧力が、こうした「見えない場所」への不適切な投棄を後押ししている構図も透けて見える。

実際、規制は徐々に動き始めている。2023年度には監督処分や改善命令の実例はなかったが、施行2年目の2024年度には、勧告が17件、改善命令が複数、報告の徴収が8件、代執行も1件行われた。2024年12月には、福島県西郷村で許可なく違法な盛り土を造成し改善命令に従わなかったとして、男性が全国で初めて盛土規制法違反の疑いで書類送検された。太陽光発電の分野では、盛土規制法違反の状態にある事業者に対して経済産業省がFIT/FIP交付金を一時停止する措置もとられている。法は確かに牙をむき始めているが、358か所という数字は、その牙がまだ全体を捉えきれていないことを物語る。

詳細③ ―― なぜ「いたちごっこ」が続くのか

規制が強化されてもなお不適切な盛り土が後を絶たない背景には、いくつかの構造的な壁がある。

一つは、規制区域の指定と運用を担う自治体側の体制の問題だ。2025年6月時点で、規制区域の指定は47都道府県のうち38、政令指定都市20のうち19、中核市62のうち54で完了している。指定そのものは進んでいるが、その後の現地調査、危険度の判定、違反の発見と是正指導には、専門知識を持つ人手と時間が必要になる。広大な山間部を抱える自治体が、点在する盛り土をすべて把握し続けるのは容易ではない。

二つ目は、発見の難しさだ。不適切な盛り土は、まさに「見つかりにくい場所」を狙って行われる。住民や市町村による通報を早期発見の柱に据えてはいるものの、人の目が届かない谷や林道の奥では、崩落の危険が高まってから初めて存在が知られる、というケースが避けられない。

三つ目は、建設残土をめぐる経済的な現実である。都市部の再開発やインフラ工事が続く限り、行き場のない残土は生まれ続ける。適正に処分すればコストがかかるため、規制の緩い場所や監視の薄い場所へと土が流れ込む誘因が消えない。規制を強めれば、不適切な投棄はより巧妙に、より見えにくい場所へと移動する――この「いたちごっこ」の構造こそが、問題の根深さの正体だ。

熱海の事例では、遺族が土地の旧・現所有者に対して約32億円の損害賠償を求める民事訴訟を起こし、刑事告訴も受理された。ひとたび盛り土が崩れれば、人命が失われ、巨額の責任が問われる。それでも不適切な盛り土がなくならないという事実は、罰則の重さだけでは抑止しきれない領域があることを示している。

影響・今後 ―― 「自分の地域は大丈夫か」という問い

358か所という数字は、遠い世界の話ではない。それぞれが、その下流や周辺に暮らす人々にとっての潜在的なリスクだ。とりわけ、近年の気候変動で「線状降水帯」による記録的な大雨が各地で頻発するなか、不適切な盛り土が大雨に襲われたときの危険は、熱海が示した通りである。

今後の焦点は、大きく三つに整理できる。第一に、自治体の体制強化だ。規制区域を指定して終わりではなく、継続的な巡回・点検と、専門人材の確保・育成が問われる。国による財政的・技術的な支援の拡充も鍵になる。第二に、発見の仕組みの高度化である。住民通報に加えて、衛星画像や航空レーザー測量、ドローンなどを使った地形変化の監視といった技術的手段を、どこまで実務に組み込めるか。第三に、残土の「出口」の整備だ。発生する残土を適正に受け入れる処分場や再利用の仕組みを社会全体で用意しなければ、不適切な投棄の根は断てない。規制という「入口の取り締まり」と、残土処理という「出口の整備」は、車の両輪である。

私たち一人ひとりにできることもある。自宅の近くや、新たに購入を検討している土地が盛土規制法の規制区域に該当するかは、各自治体が公表する規制区域図で確認できる。許可された盛り土は所在地が公表され、現場には標識の掲出が義務づけられている。逆に言えば、標識のない不審な土の造成を見かけたら、それは通報すべきサインかもしれない。地域の目が、早期発見の最も確かなセンサーになる。

まとめ

盛土規制法は、28人が犠牲になった熱海の悲劇から生まれた、日本の土砂規制を大きく前進させる法律だった。用途を問わない一律規制、責任の明確化、重い罰則――その設計は、過去の「スキマ」を着実に埋めるものだった。実際に、施行2年目には監督処分や全国初の書類送検といった形で、法は確かに機能し始めている。

それでもなお、施行後に造成された不適切な盛り土が全国358か所で確認されたという事実は、「法律を作れば危険は消える」という単純な物語が成り立たないことを突きつける。問題の本質は、自治体の体制、発見の難しさ、そして行き場のない残土という経済構造が絡み合った、根の深い「いたちごっこ」にある。

熱海の教訓は、まだ完全には守られていない。法律という器をどこまで現実の安全に変えていけるか――その答えは、行政の地道な運用と、地域に暮らす私たち自身の関心の先にある。次の大雨が来る前に、足元の土の山に目を向けておきたい。


参考ソース

  • 読売新聞オンライン「『不適切な盛り土』27道府県358か所、法改正で規制強化後も不法投棄など続く…読売調査」(2026年6月29日)
  • 国土交通省「盛土・宅地防災:『宅地造成及び特定盛土等規制法』(通称:盛土規制法)」
  • 国土交通省「盛土規制法の概要」/「不法・危険盛土等への対応」資料
  • 牛島総合法律事務所 ニューズレター「2023年盛土規制法の施行状況に見る自治体対応の留意点【前編】」(2025年9月)
  • 日本経済新聞「盛り土規制法が成立 無許可造成の法人に罰金最大3億円」(2022年5月)
  • 総務省「静岡県熱海市における土石流被害の状況」
  • 経済産業省「FIT/FIP交付金の一時停止措置を行いました」(2024年11月)