声の権利を守れるか——法務省検討会「AI偽声」にパブリシティー権の指針案を大筋了承

2026年7月27日、法務省の有識者検討会が、生成AI(人工知能)による声の無断利用をめぐる民事責任の指針案を大筋で了承した。指針案は、人の声が「パブリシティー権」および「みだりに利用されない権利」による保護の対象になると初めて明記するもので、これまで法律上明文化されてこなかった「声の権利」に一つの区切りをつける動きとなる。数秒の音声サンプルから本人そっくりの声を合成できるAI技術が急速に普及するなか、声優や著名人の「声」をどう守るかという議論が、いよいよ実務的な指針として形になりつつある。

背景:なぜ「声」の権利が議論されるようになったのか

肖像権やパブリシティー権は、これまで主に顔や姿(容姿)を対象に議論されてきた。しかし生成AIの発展により、わずかな音声データから本人と聞き分けがつかないレベルで声を複製する「ボイスクローン」技術が一般化し、無断で声を使われる被害が急増している。

こうした状況を受けて法務省は2026年4月、有識者による「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」を設置した。座長は田村善之・東京大学大学院教授が務める。検討会は4月24日の第1回会合以降、5月28日、6月25日、7月13日と議論を重ね、7月27日の会合で指針案を大筋了承するに至った。開催趣旨として法務省は「生成AIの普及等による肖像、声等の無断利用の事案が深刻化している等との指摘があることに鑑み、パブリシティ権等の権利の侵害に関する不法行為法の解釈適用等について、現行法及び判例法理を踏まえた法的整理の検討を行い、その結果を取りまとめる」としている。

声優たちが直面してきた被害の実態

この議論の背景には、声優をはじめとする声の表現者たちの切実な訴えがある。「機動戦士ガンダムUC」などの声優を務める甲斐田裕子さんは、自身が演じたキャラクターがスペイン語で歌う動画をSNS上で発見した。生成AIで声を無断合成し歌わせたとみられるもので、甲斐田さんは「声は声優の『魂』。知らないところで勝手に使われるのは許容できない」と憤りを語っている。

同様の被害は個別の訴訟にも発展している。人気声優の津田健次郎さんは、生成AIを使って自分の声を模倣した動画が投稿されているとして、動画投稿プラットフォーム「TikTok」の運営会社に対し動画削除を求める訴えを起こした。もっとも国内では現時点で、生成AIによる著名人の声の無断利用についてパブリシティ権侵害や不正競争防止法違反を明確に認めた裁判例はまだ存在せず、法的な判断の物差しが定まっていない状態が続いていた。法務省に検討会が設置された背景には、こうした「声を守る法的根拠のあいまいさ」を整理する狙いがある。

指針案の中身:パブリシティー権と「みだりに利用されない権利」

読売新聞の報道(7月13日)によれば、指針の原案では「声」を「個人の人格の象徴で、パブリシティー権による保護の対象になる」と明記している。そして7月27日の検討会では、声が商業的価値を独占するパブリシティー権に加え、「みだりに利用されない権利」による保護の対象にもなるとする指針案が大筋で了承された。これは、声の特徴や歌い方が酷似した偽動画によって権利侵害が生じるおそれがあるとの認識を、法務省が公式に示したことを意味する。

パブリシティー権は、これまで判例の積み重ねによって認められてきた人格権由来の権利で、明文の規定があるわけではない。今回の指針は法律そのものではなく、あくまで民事上の責任の考え方を整理したガイドラインという位置づけだが、今後の裁判や立法論議における重要な参照点になるとみられる。

なお、法的な保護の道筋は一つではない。経済産業省はこれに先立つ2025年3月、「不正競争防止法におけるパブリシティ価値の保護に関する調査報告書」を公表しており、氏名や肖像とセットで声が使われた場合には、不正競争防止法2条1項1号によって対処できる可能性も指摘されている。パブリシティー権と不正競争防止法という2つの法的枠組みが、声の保護をめぐって並走している状況だ。

AI音声クローン被害は世界的に急増中

「声の権利」をめぐる議論が急がれる背景には、AI音声クローン技術の悪用が実際に急拡大しているという事情もある。関連調査によれば、AI音声クローンを用いた詐欺は前年比で1,300%増加し、世界の成人の10人に1人が何らかの被害に遭遇したとされる。技術的には、わずか3秒程度の音声サンプルがあれば本人そっくりの声を合成できるとされ、日本国内でも「オレオレ詐欺」の手口がAIによって高度化している実態が確認されている。声優やアーティストといった「声を仕事にする人々」だけでなく、一般の消費者にとっても、声のなりすましは身近なリスクになりつつある。

影響・今後の見通し

法務省の検討会は、2026年の夏中に指針の正式な取りまとめと公表を予定している。今回の指針案には法律のような強制力はないものの、裁判所が今後、声の無断利用をめぐる紛争を判断する際の重要な参考資料となる可能性が高い。また、超党派的な関心の高まりを受け、将来的にはパブリシティー権や声の保護を明文化する立法論議に発展する余地もある。

エンターテインメント業界にとっては、AI技術を活用したコンテンツ制作と、声の表現者の権利保護をどう両立させるかという課題が一層鮮明になる。生成AIサービスを提供する事業者側にも、声の無断学習・生成に関するガイドライン整備や同意取得プロセスの厳格化が求められる展開が予想される。一方で、AI音声クローン詐欺という消費者被害の観点からは、法的整理と並行して技術的な検知・防止策の普及も引き続き課題となる。

よくある質問

この指針に法的拘束力はあるのか

指針そのものに法律のような強制力はない。あくまで法務省の有識者検討会が現行法・判例法理を踏まえて整理した考え方であり、今後の裁判や立法論議の参考資料としての性格が強い。

指針案はいつ正式に公表されるのか

2026年7月27日の会合で大筋了承された後、2026年夏中に正式な指針として取りまとめ・公表される予定とされている。

声優や著名人以外の一般人の声も対象になるのか

指針案は主にパブリシティー権(商業的価値の独占)を念頭に置いているため、著名性のある声が中心的な想定対象となる。ただし「みだりに利用されない権利」は人格権的な性質を持つため、一般人の声の無断利用についても保護の考え方が及び得る。

AI音声クローンによる被害はどの程度深刻なのか

関連調査では、AI音声クローンを使った詐欺が前年比1,300%増加し、世界の成人10人に1人が被害に遭遇したとされる。わずか3秒の音声サンプルから声を複製できるため、著名人だけでなく一般の消費者も被害対象になり得る。

すでに声の無断利用について裁判で争われた例はあるのか

人気声優の津田健次郎さんが、生成AIで自分の声を模倣した動画を巡りTikTok運営会社に削除を求めて提訴した例がある。ただし本記事執筆時点で、国内でパブリシティ権侵害や不正競争防止法違反を明確に認めた確定判例はまだない。

まとめ

法務省の検討会が2026年7月27日、声を「パブリシティー権」と「みだりに利用されない権利」の保護対象と明記する指針案を大筋了承したことは、生成AI時代における「声の権利」保護に向けた大きな一歩といえる。甲斐田裕子さんや津田健次郎さんら声優たちが訴えてきた被害実態、そして世界的に急増するAI音声クローン詐欺という二つの現実が、この指針づくりを後押ししてきた。今夏に予定される正式な取りまとめに向けて、法的拘束力を持たないガイドラインが実務や裁判、そして将来の立法にどこまで影響を及ぼすのか、引き続き注目される。

参考

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