施行79年、憲法はいま岐路に──9条改正「賛成43%」と高市政権「来春発議」が開いた扉

はじめに──静かに変わり始めた、私たちの「常識」

2026年5月3日、日本国憲法は施行から79年の節目を迎えた。例年であれば「象徴的な祝日」として通り過ぎていたこの日が、今年は明確に空気を変えている。各メディアの世論調査が一斉に「改憲容認」の数字を更新し、与党・自民党を率いる高市早苗首相は、改憲発議のめどを「来年(2027年)の党大会まで」に置くと明言した。施行から数十年、「触れてはいけない条文」とされ続けてきた9条をめぐっても、自衛隊の存在を明文化することへの賛否は、いつのまにか「賛成」が「反対」を倍近く上回る局面に達している。

毎日新聞が憲法記念日を前に行った全国世論調査で、9条改正による自衛隊の明記について「賛成」が43%、「反対」が24%、「わからない」が31%となった。同様の問いを行った2021年から24年の調査でも賛成が反対を上回る傾向にあったが、今回は「迷い」と「容認」の境界が再び動いていることを示している。一方で朝日新聞の郵送世論調査は、9条改正の是非について条文全体を示して尋ねると「変えないほうがよい」が63%、「変えるほうがよい」が30%と、設問の立て方によって結果が大きく揺れることも改めて浮き彫りにした。

本稿では、12年ぶりに本格的な政治日程に乗ろうとしている日本国憲法の改正論議を、世論調査の動向、政権の戦略、自民・維新・野党それぞれの立場、そして憲法記念日に各界が示した現在地という4つの視点から多角的に整理する。

背景──「立党70年、時は来た」が動かした政治日程

事の発端は、2026年4月12日に開かれた自民党の第93回党大会に遡る。前年10月に発足した高市政権にとって初となるこの党大会で、高市首相(党総裁)は壇上から踏み込んだ。「日本人の手による自主的な憲法改正は党是だ。立党から70年、時は来た」「改正の発議にめどが立った状態で、来年の党大会を迎えたい」──。改憲意欲を示すこと自体は珍しくないが、実質的に「1年以内」という時間軸を首相自身が公の場で口にしたのは異例だ。

高市政権が改憲を急ぐ背景には、2026年2月の衆院選で自民党が単独で衆院定数の3分の2超を確保したという議席状況がある。憲法96条が定める発議要件は衆参各院で総議員の3分の2以上の賛成。衆院側はクリアできる目算が立つ一方、参院は少数与党のままで、日本維新の会・国民民主党・参政党といった改憲容認勢力との連携が不可欠となる。それでも首相が「春までにめど」と踏み込んだのは、来年の統一地方選、2028年の参院選を控えるなかで政権の求心力を保ち、改憲を高市政権の「歴史的成果」として位置づけたいという狙いが透けて見える。

党大会では、衆参両院憲法審査会への条文起草委員会設置や改憲原案作成を盛り込んだ2026年運動方針も採択された。すでに自民党は改憲4項目として「9条への自衛隊明記」「緊急事態条項の創設」「合区解消」「教育充実」を掲げており、起草委員会が設置されれば議論はいよいよ条文レベルに踏み込むことになる。

詳細①──各社世論調査が映し出す「ねじれた風景」

憲法記念日に合わせて各メディアが公表した世論調査は、表面的には「改憲機運の高まり」を示しているように見える。だが数字を丁寧に並べると、国民の感覚はむしろ「条件付きの容認」という綱渡りの上にあることが分かる。

毎日新聞の調査では、9条改正による自衛隊明記が「賛成43%・反対24%・わからない31%」、緊急時の国会議員任期延長は「賛成36%」が「反対」を上回る最大派閥となった。さらに高市首相の任期中の改憲は「賛成37%・反対30%」で、前年の石破政権下(賛成21%・反対39%)から数字が逆転している。読売新聞調査では「改憲賛成」が57%、「反対」が40%で、賛否の差は前年の24ポイントから17ポイントに縮まった。9条1項の改正必要性は「ない」が80%と圧倒的だが、戦力不保持を定めた2項に絞ると「必要ある47%・必要ない48%」とほぼ拮抗している。

一方、朝日新聞の郵送調査は別の景色を映す。「高市政権下での改憲」は「賛成47%・反対43%」と国論が真っ二つに割れ、「改憲議論を急ぐ必要があるか」を問うと「急ぐ必要はない」が62%で、「急ぐ必要がある」33%を大きく上回る。9条全体を条文として示して「変えるべきか」を問うと、「変えないほうがよい」が63%(前年から7ポイント増)、「変えるほうがよい」は30%(同5ポイント減)に下がった。共同通信の調査も「改憲は慎重な政党を含む幅広い合意形成を優先するべき」が73%、9条改正の必要性は「ある50%・ない48%」と拮抗している。

要するに、設問の抽象度が高ければ高いほど「容認」へ振れ、条文や具体的な政治日程が示されるほど「慎重」へ戻る──というのが現在の世論の輪郭だ。「自衛隊の存在を否定する人は少ない。だが、いま急いで9条を書き換えることへのためらいもまた根強い」。憲法学者の多くがこう評しているのは、この「複層的な民意」を踏まえてのことだ。

詳細②──9条2項をめぐる、自民と維新の温度差

改憲論議の最大の焦点はやはり9条であり、なかでも「戦力不保持」を定めた2項の扱いをめぐっては与党側でも一枚岩ではない。

自民党は2012年の野党時代に作成した憲法改正草案で、9条2項を事実上削除し「国防軍」の保持を明文化する案をまとめた経緯がある。一方で安倍晋三元首相は2017年5月3日、改憲派の集会へのビデオメッセージで「2項を残したまま自衛隊を明記する」案を提唱。これが現在の自民改憲4項目案の原型となった。

注目すべきは高市首相自身の立場だ。首相は就任前の2025年6月の衆院憲法審査会で「(自民党の)12年草案がベストだと思っている」と発言しており、本来的な改憲スタンスは安倍氏よりも維新の会に近いとみられる。連立に意欲的な維新は2項削除論を堅持しており、9条改正の条文化作業に入った場合、「2項維持+自衛隊明記」と「2項削除+自衛隊・国防組織明記」のどちらを軸にするかで党内・党間調整が一気に難航する可能性が高い。

「安倍氏の後継」を強く意識して政権基盤を固めてきた高市首相にとって、安倍案の事実上の修正に踏み込めば党内伝統派の反発が避けられない。一方、自民の従来案を維持すれば、維新からの協力は得にくい。改憲発議に必要な参院での3分の2を確保するためには、結局のところ条文の一字一句が政局そのものに直結する。

詳細③──緊急事態条項と「議員任期延長」が静かに本命化

世論調査でいちばん強い追い風が吹いているのは、実は9条よりも緊急事態条項の創設、特に「緊急時の国会議員任期延長」だ。共同通信調査では緊急事態条項に基づく議員任期延長への賛成が84%にのぼり、毎日調査でも「延長賛成」が36%で多数を占めた。福井新聞などの世論動向分析でも、緊急事態条項そのものへの賛成が60%前後で推移しており、自民・維新・国民民主・参政の支持層では8割前後という水準に達している。

その理由として強く意識されているのが、2025年12月19日に政府の中央防災会議が公表した首都直下地震の新被害想定だ。最大840万人の帰宅困難者、災害関連死を含む犠牲者の最悪推計、SNSやAI生成画像によるデマ拡散の脅威──。これらが自然災害下で「国会議員選挙ができない事態」のリアリティを底上げした。改憲議論の現場でも、9条よりまず緊急事態条項を先に通す「軽い改憲」案が、与党内では現実的なシナリオとして語られている。

ただし、緊急事態条項は内閣が政令で人権制限を行えるかという論点と切っても切り離せない。共同通信調査では「内閣が政令で個人の権利を制限できる条項の新設」については賛成60%・反対38%と、議員任期延長より賛否の幅が一気に縮まる。「緊急事態条項なら問題ない」と単純化することはできない。

詳細④──護憲派の反撃と、「同性婚・夫婦別姓」を巡る新しい論点

改憲機運の高まりに対し、護憲派の動きも同時に活発化している。憲法記念日の3日には全国185会場で集会・デモが企画され、東京・有明の臨海広域防災公園では恒例の「2026憲法大集会」が開催された。共産党の田村智子委員長は「『憲法守れ』の国民的大闘争を」と呼びかけ、立憲民主党や社民党、市民団体も相次いで声明を発表した。

立憲・共産・社民・れいわ新選組は、いずれも自民・維新主導の改憲議論に強く反発。「国民の幅広い理解なき改憲発議は許されない」と主張する。改憲を支持する論者の中にも国民民主党の玉木雄一郎代表のように「改憲か護憲かの二元論を超えるべきだ」と冷静な議論を呼びかける声があり、政治的対立軸は単純な賛否ではなく多層化している。

加えて、改憲論議の地平には今、新しい論点が増えている。同性婚や選択的夫婦別姓の制度化を、24条改正(婚姻条項)で対応するかどうか。SNS規制やAI偽情報対策の根拠を、憲法21条の表現の自由とどう調和させるか。福井新聞・共同通信などの世論分析では、これらの「新しい憲法論点」については年代が下がるほど慎重な傾向が出るなど、9条以外の議論は世代間ギャップが顕著だ。憲法記念日の今崎幸彦最高裁長官の記者会見も「憲法の内容は国民が決めることだ」と踏み込んだうえで「構造変化が進む社会に適応できる新たな裁判像を定着させていくことが重要」と指摘し、社会変容と憲法解釈の関係を強調した。

影響と今後──「2027年春」までに何が問われるのか

高市首相が示した「来年党大会まで」というタイムラインは、政治的にきわめて野心的だ。憲法96条のスケジュールに当てはめると、衆参両院の3分の2による発議の後、60〜180日以内に国民投票を行う。仮に2027年春に発議すれば、夏から秋にかけて国民投票が行われる計算になり、しかも翌2028年には参院選が控える。「改憲国民投票と参院選が同年に重なる」という日本政治史上初の風景が、現実味を帯びる。

ここで問われるのは、(1)参院での3分の2確保(自民は単独では届かず、維新・国民民主・参政との合意形成が前提)、(2)改憲4項目のうち何を「束ねて発議」するか、(3)国民投票運動下の情報空間(SNS・AI偽情報・国外勢力の介入)への対応、の3点である。とりわけ3点目については、首都直下地震のデマ被害想定が示したとおり、AI生成画像や偽情報の流通量はこの数年で急増しており、国民投票が「公正な熟議の場」となるか「情報戦の主戦場」となるかは制度設計の出来に委ねられる。

経済・外交との絡みも無視できない。同じ憲法記念日前日の5月2日、高市首相はベトナム・ハノイで「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の進化版を演説し、安全保障・サプライチェーン・国際ルールの3本柱で対中連携を強化する方針を示した。憲法9条に自衛隊を明記するかどうかは、こうした経済安全保障・地域戦略と切り離せず、海外の同盟国・友好国も日本の改憲論議の行方を注視している。

国内的には、2026年4月の中東情勢悪化と急激な円安、27年ぶりとなる長期金利2.5%台への上昇という経済の不安定要素も無視できない。テレビ朝日が伝えた自民党内の声に「イラン情勢で経済が悪化すれば風向きが変わる可能性がある」とあるように、改憲発議をめぐる政治カレンダーは、外部環境次第で大きく揺れる宿命にある。

まとめ──「変えるか変えないか」ではなく「どう議論するか」

施行79年の憲法記念日。各種データを並べてみると、現代の日本で「改憲か護憲か」の二者択一はもはや実態を映しきれない。9条への自衛隊明記には4割超が賛成しながらも、9条全体を条文として示すと6割超が現状維持を選ぶ。緊急事態条項に8割が賛意を示しつつ、政府の権限拡大には慎重論が根強い。改憲容認派が多数を占める若い世代も、SNS規制や同性婚をめぐる論点では伝統的保守と意見を異にする。

高市政権が「来年春までに発議」を本気で目指すのなら、必要なのは「条文の中身」と同じくらい「議論の質」だ。共同通信調査が示した「幅広い合意形成優先73%」という数字は、有権者の本音を端的に表している。賛否いずれの陣営にとっても、丁寧な熟議と、世論の温度差への謙虚な向き合い方こそが、改憲という大事業を国民投票で問うに足るプロセスへ昇華させる条件となる。

5月3日、東京都心の上空には初夏の青空と、雨を告げる雲が交錯した。憲法をめぐる議論もまた、晴れと雨が同居する時代に入った。「あなたはこの国の最高法規を、どんな形で次の世代に渡したいか」──その問いは、もはや政治家だけの問題ではない。


参考ソース

  • 毎日新聞「憲法改正、自衛隊明記『賛成』43% 毎日新聞世論調査」(2026年5月1日)
  • 毎日新聞「高市首相任期中の憲法改正、賛成が反対上回る 毎日新聞世論調査」(2026年5月1日)
  • 毎日新聞「9条2項、維持か削除か 安倍氏と維新の間で揺れる"高市改憲"」(2026年5月2日)
  • 朝日新聞「高市政権での憲法改正、『賛成』47%『反対』43% 朝日世論調査」(2026年5月)
  • 朝日新聞「9条『変えないほうがよい』63% 25年よりやや増 朝日世論調査」(2026年5月2日)
  • 読売新聞「憲法改正『賛成』57%…読売世論調査」(2026年5月2日)
  • 共同通信/福井新聞「改憲『幅広く合意を』73% 9条改正賛否拮抗 世論調査」(2026年5月)
  • 日本経済新聞「(社説)憲法改正は丁寧で建設的な議論を」(2026年5月3日)
  • 産経新聞「『インド太平洋』構想を進化 エネルギー・安保連携を拡充 高市首相演説」(2026年5月2日)
  • 外務省「高市総理による外交政策スピーチ」(2026年5月2日、ハノイ)
  • 朝日新聞「高市首相『憲法改正、時は来た』就任後初の党大会、改憲発議にめど」(2026年4月12日)
  • 共同通信「施行から79年、憲法岐路に 首相、来年の改正発議を視野」(2026年5月)
  • 産経新聞「『憲法の内容は国民が決めること』今崎最高裁長官、改憲論議巡り 記念日会見」(2026年5月3日)
  • 時事通信「憲法記念日の各党談話」(2026年5月3日)
  • 福井新聞「憲法世論調査傾向分析」(2026年5月)