ストーカー加害者にGPS装着へ 警察庁が有識者会議、効果と人権の論点

警察庁がストーカー加害者へのGPS装着と治療・カウンセリング受診義務化を検討する有識者会議を設置。禁止命令が過去最多となるなか、韓国の先行例と人権・実効性の論点を整理します。

警察庁は2026年10月15日、ストーカー加害者にGPS(全地球測位システム)機器を装着させる制度と、治療・カウンセリングの受診を義務付ける措置の是非を議論する有識者会議を設置すると発表しました。初会合は10月19日で、報告書を踏まえてストーカー規制法の改正を検討する流れです。

「禁止命令を出しても防げなかった」事件が相次いだことが背景にあります。一方で、まだ罪を犯していない段階の人の居場所を国が把握し続けることは、移動の自由やプライバシーとぶつかります。この記事では、何が検討されるのか、なぜ今なのか、海外の先行例と論点を整理します。

この記事のポイント

  • 警察庁が有識者8人の会議を設置。10月19日に初会合、ストーカー規制法の改正も視野
  • 想定されるのは、危険性の高い加害者にGPS機器を持たせ、被害者への接近を検知して通知・警告する仕組み
  • 2025年の禁止命令は3037件で過去最多。一方、受診を勧められた加害者の受診率は1割未満
  • 韓国は2023年からストーカー加害者にGPSを装着。効果が報告される一方、運用上の課題も
  • 最大の論点は「誰に、どのくらいの期間つけるか」と人権との両立

背景:禁止命令でも止められなかった事件

議論の直接のきっかけは、2026年3月に東京・豊島区(池袋)の商業施設で起きた事件です。勤務中の21歳の女性店員が、元交際相手の男に刺殺されました。毎日新聞などによると、男はストーカー規制法違反の容疑で逮捕されたのち罰金刑を受け、釈放の前日には接近を禁じる禁止命令が出されていました。警察は治療・カウンセリングの受診も勧めましたが、男は拒否していたといいます。

警察が「やれることはやっていた」にもかかわらず防げなかったことで、従来の枠組みの限界が浮き彫りになりました。2025年の大晦日には茨城県水戸市で、ぬいぐるみに紛失防止タグを仕込んで女性の自宅を突き止めたとみられる殺人事件も起きています。

これを受けて政府は2026年7月28日の犯罪対策閣僚会議で緊急対策をまとめ、「被害者の安全を確保するための新たな枠組みが必要だ」として、加害者へのGPS装着と治療・カウンセリング義務化の検討を求めました。高市早苗首相は「被害者の保護措置の強化」と「加害者対策の強化」の両面から取り組む必要があると述べています。今回の有識者会議は、この緊急対策を具体化するためのものです。

数字も深刻です。2025年に都道府県公安委員会が出した禁止命令は3037件で、前年より622件増えて過去最多になりました。警察へのストーカー相談件数も2万2881件と過去2番目の多さで、高止まりが続いています。

有識者会議で何を検討するのか

会議の構成

時事通信や毎日新聞によると、委員は次の8人で構成されます。

  • 憲法・刑事政策・行政法を専門とする大学教授
  • 弁護士
  • 精神医学やカウンセリングの専門家
  • 2012年に神奈川県逗子市で起きたストーカー殺人事件の遺族

法律家と臨床の専門家に加え、被害者遺族が入っている点が特徴です。

GPS装着の想定される仕組み

報道で示されている想定は、おおむね次のようなものです。

  1. 禁止命令に従わないなど、一定の危険性があると判断された加害者に機器を持たせる
  2. 加害者が被害者に近づいたことを検知する
  3. 被害者に通知して迅速な避難につなげたり、加害者に警告を発したりする

朝日新聞によると、警察庁は対象を「禁止命令を受けた加害者の中でも危険性が一定程度高い者」に絞る考え方も示しています。検討事項としては、対象者の選び方、被害者への通知方法、いつ機器を外すかなどが挙がっています。

治療・カウンセリングの義務化

もう一つの柱が、加害者への治療・カウンセリング受診の義務付けです。警察は2024年3月から禁止命令を受けた加害者全員に受診を勧めていますが、あくまで任意のため、受診率は1割に届きません。2025年に実際にカウンセリングなどを受けた加害者は147人にとどまったと報じられています。会議では、医学・心理学の観点から義務化の有効性について意見を求める方針です。

GPSが「近づかせない」ための監視だとすれば、治療は執着や衝動そのものに向き合う更生の仕組みです。両者を組み合わせる設計になるかどうかも焦点になります。

海外の先行例:韓国・スペイン・ドイツ

警察庁は海外の制度も調査し、日本の制度設計の参考にするとしています。

韓国

最もよく引き合いに出されるのが韓国です。産経新聞などによると、韓国では2008年に再犯のおそれが高い性犯罪者へのGPS装着が始まり、2023年にストーカー加害者も対象になりました。翌年には、裁判所が許可すれば捜査段階でも装着できるようになっています。

  • 足首に装着するリング型の端末(いわゆる「電子足輪」)を裁判所の命令で装着
  • 被害者は専用アプリで加害者の位置を把握でき、一定の距離(報道では2km圏内)に近づくと警報が鳴り、警察が出動
  • 装着期間は通常3〜9カ月
  • 2026年6月からは、加害者の接近をリアルタイムで被害者に通知するアプリの運用も開始

韓国法務省によると、装着者は5000人以上。性犯罪の再犯率は制度導入前の約14%から2025年には0.7%に下がったとされ、ストーカーについても「装着者による被害者への報復犯罪は起きていない」と説明しています。

ただし、万能ではありません。未装着者によるストーカー殺人は起きていますし、2026年10月には、電子足輪の装着を義務付けられていた男が8人を刺傷する事件が報じられ、韓国法務省が謝罪して管理状況の調査に乗り出しました。

スペイン・ドイツ

時事通信によると、スペインやドイツにも、ストーカーやDV(家庭内暴力)の加害者を監視し、被害者にある程度近づくと警察が対処する制度があります。

賛否と論点:命を守る仕組みか、過剰な監視か

期待される効果

推進する立場から見た利点は明快です。禁止命令という「紙の命令」だけでは、加害者が近づいてきても被害者や警察は気づけません。接近を機械的に検知できれば、被害者が逃げる時間を稼ぎ、警察が先回りできる可能性が生まれます。監視されているという意識そのものが、接近を思いとどまらせる抑止力になることも期待されます。

専門家が指摘する限界

一方、筑波大学の原田隆之教授は、GPSは「つけたら終わり」ではないと指摘しています。

  • アラームが鳴ったときに駆けつける24時間の監視・出動体制が必要で、人員も費用もかかる
  • 加害者が先に被害者のもとへ着いてしまえば意味がない
  • GPS単独で犯罪を抑えるというエビデンスは現時点でない。韓国も強力な指導や治療と組み合わせている

ストーカー治療に取り組む医師からは、「本当に殺人事件を起こすような人は、GPSがあってもやる可能性が高い」という見方も出ています。

人権・プライバシーとの両立

もう一つの大きな壁が人権です。GPS装着は、憲法が保障する移動の自由やプライバシーを大きく制約します。対象は「再犯のおそれがある」段階の人であり、誰がどの基準で「悪質」と判断するのか、線引きを誤れば過剰な監視につながりかねません。装着が周囲に知られれば、仕事や住まいを失うおそれもあり、社会復帰を妨げる懸念もあります。

さらに、機器の形態も論点です。報道によると、政府内には体に固定する足輪型ではなく、端末を持ち歩かせる案もあります。しかし、執拗に被害者を狙う加害者が素直に端末を持ち歩くのかという疑問は残ります。

主な論点の整理

論点 主な問い
対象者 禁止命令違反者に限るか、危険性評価をどう行うか
判断主体 警察(公安委員会)か、裁判所の関与を求めるか
機器の形態 足輪型か、持ち歩き型か
期間・解除 どのタイミングで外すか
運用体制 24時間の監視・出動体制を誰がどう担うか
情報管理 位置情報の閲覧範囲・保存期間・漏えい対策
治療との関係 受診義務化と組み合わせるか

影響と今後の見通し

今後は、10月19日の初会合から議論が始まり、毎日新聞によれば早期の報告書とりまとめを目指します。GPS装着を導入する場合はストーカー規制法の改正が必要になる見込みで、報告書の内容次第では、法案の国会提出が次の焦点になります。

関連する動きとして、法務省は仮釈放中の性犯罪者にGPS機器を持たせる実証実験を、2027年度にも始める方針です。こちらは本人の同意を前提とし、持ち運び型の機器を想定しています。性犯罪とストーカーという別の分野で、位置情報を使った再犯防止策が同時並行で検討されていることになります。

ストーカー規制法自体も改正が続いています。2025年12月30日からは、紛失防止タグを使った位置情報の無断取得が規制対象に加わり、警察が職権で警告できる制度も新設されました。被害者の勤務先や学校も、被害者を援助する努力義務の主体に加わっています。加害者が位置情報技術を悪用する事件が増えるなか、今度は国が加害者の位置情報を使うという逆向きの対策が議論の俎上に載った形です。

制度が実現すれば、被害者保護の選択肢は確実に広がります。一方で、監視・出動体制の整備費用、対象者の線引き、位置情報の厳格な管理など、運用の設計次第で効果も人権への影響も大きく変わります。有識者会議がどこまで具体的な基準を示せるかが注目されます。

よくある質問

ストーカー加害者へのGPS装着はいつから始まるのか

開始時期は決まっていません。警察庁の有識者会議が2026年10月19日に初会合を開き、早期の報告書とりまとめを目指している段階です。導入にはストーカー規制法の改正が必要になる見込みで、施行時期はその後の法改正の議論次第です。

GPSを装着させられるのはどんな人か

対象範囲そのものが有識者会議の主な論点です。報道では、ストーカー規制法に基づく禁止命令に従わないなど、一定の危険性があると判断された加害者が想定されており、警察庁は禁止命令を受けた人の中でも危険性が一定程度高い人に絞る考え方を示しています。

韓国のGPS装着制度にはどんな効果があったのか

韓国では2023年からストーカー加害者もGPS装着の対象となり、韓国法務省は装着者による被害者への報復犯罪は起きていないと説明しています。性犯罪では再犯率が制度導入前の約14%から2025年に0.7%へ下がったとされます。ただし装着者による別の傷害事件も起きており、管理体制の課題も指摘されています。

GPS装着はプライバシーの侵害にならないのか

憲法が保障する移動の自由やプライバシーを制約する措置であるため、慎重な制度設計が必要だとされています。対象者の選び方、装着期間、位置情報の管理方法などを厳格に定められるかどうかが、人権との両立のカギになります。

加害者への治療・カウンセリングの義務化とは何か

現在、警察は禁止命令を受けた加害者全員に治療・カウンセリングの受診を勧めていますが、任意のため受診率は1割未満です。有識者会議では、受診を法的に義務付けることの有効性について、医学・心理学の観点から検討します。

まとめ

  • 警察庁は、ストーカー加害者へのGPS装着と治療・カウンセリング受診義務化を検討する有識者会議を設置し、10月19日に初会合を開く
  • 背景には、禁止命令を出しても防げなかった池袋の事件と、過去最多3037件に達した禁止命令の現状がある
  • 韓国などの先行例では効果が報告される一方、GPS単独での抑止効果には疑問の声もあり、24時間の監視・出動体制や治療との組み合わせが前提になる
  • 移動の自由・プライバシーとの両立、対象者の線引き、機器の形態と期間が最大の論点

被害者の命を守ることと、まだ罪を犯していない人の権利を守ること。どちらも欠かせない価値をどう両立させるのか、制度設計の行方を注視したいところです。

参考ソース

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