スマホの「カシャッ!」は誰のため?──日本と韓国だけの“シャッター音強制”、75%が「不要」と答えた今、見直し論が再燃する

リード ── 静かな美術館で響く、あの音

静まり返った美術館。すやすや眠る赤ちゃん。会議資料をパッと撮りたいだけの会議室。そんな場面で、スマートフォンのカメラから「カシャッ!」と大きな電子音が鳴り響き、思わず肩をすくめた経験は誰にでもあるだろう。

2026年6月、この「シャッター音」をめぐる議論が再び大きな盛り上がりを見せている。きっかけは、6月16日に産経新聞が報じた「スマホのシャッター音、強制仕様は日本と韓国だけ 世界的に異質、ネットに見直し求める声」という記事だ。同じころ、ITmedia Mobileが実施した読者アンケートでは、回答者の実に75%が「シャッター音は鳴らさない方がいい」と答え、90%が「オフにする設定を用意すべきだ」と回答していたことも改めて注目を集めた。

私たちが20年以上も当たり前のように受け入れてきた「カシャッ」という音。実はこれ、法律でも条例でもなく、業界の“自主規制”にすぎない。なぜ日本(と韓国)だけがこの仕様を続けているのか。そして今、なぜ見直しの声が高まっているのか。本稿で多角的に掘り下げていく。

背景 ── 「写メール」時代に生まれた、25年続く慣習

シャッター音の歴史は、カメラ付き携帯電話の歴史とほぼ重なる。

日本でカメラ付き携帯が一般に広まったのは、2000年に発売されたJ-PHONE(現ソフトバンク)の「J-SH04」がきっかけとされる。「写メール」という言葉とともに、誰もが手のひらの中にカメラを持ち歩く時代が到来した。だが、それは同時に「電車内や公共の場での盗撮」という新たな社会問題も生み出した。

カメラはこれまで「構えれば周囲に分かる」道具だったが、携帯電話のカメラは手のひらに隠れ、無音で撮ろうと思えば撮れてしまう。盗撮への懸念が高まる中で、メーカーやキャリアは「撮影時に強制的に音を鳴らす」という仕組みを導入することで、批判をかわそうとした。これがシャッター音強制の出発点である。

ここで重要なのは、この仕様には法的な根拠が一切ないという事実だ。総務省が法律で義務付けたわけでも、都道府県の迷惑防止条例で定められたわけでも、特定の業界団体が拘束力のあるルールを敷いたわけでもない。あくまで通信キャリアとメーカーの間の「自主規制」として、20年以上にわたり慣例的に続いてきたものなのだ。ある新規参入メーカーの幹部は過去の取材に「特に法律があるわけでもなく、業界団体のルールがあるわけでもない。各メーカーは事なかれ主義で、シャッター音を鳴らしているようだ」と本音を漏らしている。

詳細① ── 世界で日本と韓国だけ、しかも仕組みが違う

シャッター音を強制的に鳴らしている国は、世界でも日本と韓国の2カ国だけだ。欧米をはじめ多くの国では、カメラの撮影音はユーザーがオン・オフを自由に切り替えられる。日本で買ったスマホでも、海外にいることを基地局やGPSが検知すると、マナーモード時には音が鳴らなくなる機種があるほどだ。

興味深いのは、同じ「鳴る国」でも日本と韓国では仕組みが根本的に異なる点である。

韓国では2004年、情報通信部(当時)が「撮影時に65デシベル以上の音を鳴らす」という基準を定めた。つまり韓国のシャッター音には法的な裏付けがある。一方、日本はあくまでキャリアとメーカーの自主規制であり、極端に言えば、各社が「やめる」と決めれば今すぐにでも無音化できる。「法律で縛られている韓国」よりも、「自主規制を惰性で続けている日本」のほうが、変えるハードルは実は低いとも言える。

大手キャリア各社への聞き取りでも、回答は共通して「盗撮抑止やプライバシー保護を目的に、シャッター音が鳴る設定にしている」「盗撮防止が目的のため、利用者による設定変更ができない仕様にしている」というものだった。メーカー側も日本向けのファームウェアで、消音の選択肢を意図的に隠している。

詳細② ── 「効果は限定的」という根強い批判

見直しを求める人々が口をそろえて指摘するのが、「そもそもシャッター音に盗撮防止効果がどれほどあるのか」という疑問だ。

批判の論拠はいくつもある。まず、無音で撮影できるサードパーティ製のカメラアプリがすでに多数存在する。海外製のSIMフリー端末を持ち込めば、最初から音は鳴らない。さらに、最近の盗撮事案はそもそも静止画よりも動画撮影が中心で、動画には連続したシャッター音は鳴らない。望遠(ズーム)撮影を使えば離れた場所から撮れてしまう。そして何より、音を消せるデジタルカメラやアクションカメラはいくらでも市販されている。

つまり、「本気で盗撮しようとする者」はいくらでも抜け道を持っている一方で、音を不便に感じているのは「美術館で作品を記録したい人」「寝ている子どもやペットを撮りたい人」「静かなレストランで料理を撮りたい人」「スクリーンショットを撮りたいだけの人」といった、ごく普通の善良なユーザーだという皮肉な構図がある。「シャッター音」の生みの親とされる開発者自身も、料理やスクリーンショットの撮影にまで音を鳴らす必要はない、という立場を示しているという。

実際、変化を求める声は形にもなっている。オンライン署名サイトでは「スマホのシャッター音を消せるようにしよう」という署名活動が展開され、SNS上でも「世界的に異質だ」「いい加減に見直すべきだ」という意見が後を絶たない。ITmediaのアンケートで75%が「鳴らさない方がいい」、90%が「オフ設定を用意すべき」と回答したことは、こうした世論を数字で裏付けるものだった。

詳細③ ── 「鳴らすべき」という声も10%、無視できない懸念

一方で、シャッター音の存続を支持する意見も決して少なくない。同じITmediaのアンケートでも、10%の人は「シャッター音は鳴らすべき」と回答している。盗撮被害への不安は、特に痴漢・盗撮が社会問題化してきた日本において根深いものがある。

この点は、見直し論が進む韓国の議論にもよく表れている。韓国では2023年、政府機関である国民権益委員会が約3700人を対象にアンケートを実施し、85.6%が「ユーザーが設定を変えてシャッター音を消せるようにすべきだ」と賛成、反対は14.4%にとどまった。撤廃への機運は高い。

だが同委員会は同時に、相反する二つの主張も併記している。一つは「ズームカメラ技術の発展や無音カメラアプリの存在により、規制にもはや実効性はない」という撤廃派の主張。もう一つは「韓国では毎年5000件以上の違法撮影が摘発されており、規制をなくせばさらに増える恐れがある」という慎重派の主張だ。シャッター音が完全に無意味なわけではなく、「鳴る」という事実が一定の心理的抑止力として働いている可能性は否定できない。被害に遭う側の不安をどう受け止めるかは、この議論の核心の一つである。

影響・今後 ── 韓国が動けば、日本は“世界で唯一”に

では、この問題は今後どう動くのか。注目すべきは、やはり韓国の動向だ。

韓国は法的な規制を持つがゆえに、撤廃には制度改正という明確なプロセスが必要となる。その韓国で見直しの機運が高まっている。もし韓国が規制を撤廃すれば、シャッター音を強制する国は世界で日本ただ一国となる。「ガラパゴス」と揶揄されてきた日本の仕様は、文字通り世界で唯一の存在として、その合理性をいっそう厳しく問われることになるだろう。

インバウンド(訪日外国人)の急増も、議論を後押しする要素だ。自国では当たり前に消せる音が日本のスマホでは消せない、という体験は、多くの外国人観光客にとって戸惑いの種になっている。観光立国を掲げる日本にとって、こうした“異質さ”は小さくない摩擦である。

日本の場合、変えること自体は技術的にもきわめて容易だ。法律改正は不要で、キャリアとメーカーが合意し、ファームウェアの設定を変えるだけでよい。問題はむしろ「これまで盗撮防止と言い続けてきた手前、変える理由がない」という事業者側の心理的なハードルにある。あるメーカー関係者が語ったように、ユーザー側も「鳴って当たり前」と思い込み、事業者側も動く動機を持たない——この“沈黙の均衡”こそが、25年間も仕様が変わらなかった最大の理由なのかもしれない。

現実的な落としどころとしては、「完全無音化」ではなく「ユーザーが責任を持って設定を変えられるようにする(=デフォルトは音あり、オフは任意)」という韓国型のアプローチが有力だろう。盗撮対策としては、音に頼るのではなく、迷惑防止条例による取り締まりや、撮影を検知する別の技術的アプローチへと軸足を移す議論も求められる。

まとめ ── 「当たり前」を問い直すとき

スマホのシャッター音は、技術の問題であると同時に、「便利さ」と「安全・安心」をどう両立させるかという社会的な問いそのものだ。

確かに、盗撮被害への不安は現実のものであり、軽視してはならない。だが、効果が限定的と指摘される自主規制を、根拠のあいまいなまま惰性で続けることが本当に最善なのか——75%が「不要」と答えた今、そろそろ正面から議論すべき時期に来ている。

法律でも条例でもない、たった一つの「業界の慣習」。それを変える鍵は、結局のところ、私たちユーザーが「これは本当に必要なのか」と声を上げ続けられるかどうかにかかっている。次にあなたのスマホが「カシャッ」と鳴ったとき、その音が誰のために、何のために鳴っているのか——少しだけ立ち止まって考えてみてほしい。


参考ソース

  • 産経ニュース「スマホのシャッター音、強制仕様は日本と韓国だけ 世界的に異質、ネットに見直し求める声」(2026年6月16日) https://www.sankei.com/article/20260616-LJAV3A5NGRNYPAYZNAOE5BYQAA/
  • ITmedia Mobile「あの『カシャッ!』は意味なし? スマホの『シャッター音』実態に即さず、ネットに見直しを求める声」(2026年6月15日) https://news.infoseek.co.jp/article/itmedia_mobile_20260615096/
  • ITmedia Mobile「『スマホカメラのシャッター音』は75%が不要、90%が『オフの設定』欲しい:読者アンケート結果発表」 https://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/2501/17/news175.html
  • ITmedia Mobile「なぜ日本のスマホカメラはシャッター音が鳴るのか “自主規制”緩和の動きはあるも、見直しを議論すべきでは」 https://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/2501/28/news115.html
  • CNET Japan(石川温)「iPhoneのシャッター音を『日本だけ』消せない裏事情」 https://japan.cnet.com/article/35224418/
  • レコードチャイナ「日韓だけにあるスマホカメラのシャッター音規制…韓国で撤廃の動きも、ネットには賛否の声」 https://www.recordchina.co.jp/b923277-s39-c30-d0195.html
  • はやぽんログ!「スマホのシャッター音が規制で消せない韓国。『消したい』という不満が大多数なことがアンケート調査で発覚」 https://hayaponlog.com/2024-12-24-210236/
  • BuzzFeed Japan「マナーモードでもシャッター音が鳴る日本のiPhone その起源はあの芸能人」 https://www.buzzfeed.com/jp/daichi/why-japanese-smartphone