はじめに——なぜIoTの「共通言語」がMQTTなのか
自宅の温度センサー、工場の設備、クラウド上のAIモデル——IoTの世界では、性格の異なる無数のデバイスが生み出すデータを、いかに低コストで確実に運ぶかが常に問われます。その答えとして、多くの現場で共通言語のように使われているのがMQTT(Message Queuing Telemetry Transport)です。
MQTTの歴史は、想像以上に過酷な環境から始まっています。1999年、MQTT公式FAQによれば、IBMのAndy Stanford-ClarkとArlen Nipperが、砂漠地帯を横断する石油パイプラインの遠隔監視システムのためにこのプロトコルを考案しました。現場と管制室を結ぶのは衛星回線。帯域は狭く、コストは高く、通信は不安定で、現場の機器は限られた電力で動かなければなりません。「乏しい帯域と電力でも確実に動く」——この厳しい制約の中で鍛えられた設計思想が、最小ヘッダわずか2バイトという徹底した軽量性として結晶しています。
その後、2014年にMQTT 3.1.1がOASIS標準となり(のちにISO/IEC