十勝岳が噴火警戒レベル3「入山規制」へ——北海道の火山で初、大正泥流100年目の警告
札幌管区気象台は2026年9月12日午前9時30分、北海道・十勝岳の噴火警戒レベルを2から3「入山規制」へ引き上げました。道内の火山でレベル3が適用されるのは初めてです。何が根拠になったのか、警戒レベル3は何を意味するのか、そして144人が犠牲になった大正泥流から100年の節目に、この山が抱えるリスクを整理します。
札幌管区気象台は2026年9月12日午前9時30分、北海道のほぼ中央に位置する十勝岳(標高2077メートル)の噴火警戒レベルを、2の「火口周辺規制」から3の「入山規制」へ引き上げました。噴火警戒レベル3が北海道内の火山に適用されるのは、これが初めてです。上富良野町の一部には避難指示が出され、政府も同日、首相官邸の危機管理センターに情報連絡室を設置しました。
十勝岳は、1926年(大正15年)の噴火で発生した泥流により144人の命が失われた山です。その大正泥流からちょうど100年という節目の年に、警戒レベルが一段引き上げられました。何が起きているのか、そして「レベル3」が私たちに何を求めているのかを整理します。
背景:半年かけて積み上がっていた異変
今回の引き上げは、突然の出来事ではありません。気象台の観測データを時系列で並べると、活動の高まりは半年以上前から続いていました。
- 2026年3月以降:山体付近のやや深部で、膨張を示す地殻変動が継続して観測される
- 2026年4月以降:火山ガス(二酸化硫黄)の放出量が増加
- 2026年6月:噴火警戒レベルを1から2「火口周辺規制」へ引き上げ
- 2026年8月17日以降:山体付近を震源とする、振幅の大きな火山性地震が増加
- 2026年9月12日8時20分頃:一連の地震で最も大きな揺れが発生。山麓でも体に感じるほどの規模だった
- 2026年9月12日9時30分:レベル3「入山規制」へ引き上げ
地下深部の膨張、火山ガスの増加、そして地震の活発化。これらはマグマや熱水が地下で動いていることを示す典型的なサインです。前日の9月11日時点では、気象台はレベル2を継続すると発表していました。そこから一夜明けて判断が変わったのは、12日朝の大きな地震が決め手になったためです。
何が規制され、どこが対象なのか
気象台が発表した火口周辺警報の内容は、具体的には次のとおりです。
警戒すべき範囲は、62-2火口から概ね3キロメートル。この範囲では、噴火に伴って弾道を描いて飛散する大きな噴石に警戒が必要とされています。大きな噴石は風の影響をほとんど受けずに飛ぶため、噴火の瞬間に屋外にいれば回避はほぼ不可能です。
対象となる市町村は、美瑛町、上富良野町、富良野市、南富良野町、新得町の5市町。このうち上富良野町では、一部地域に避難指示が発令されました。
十勝岳の山麓には白金温泉をはじめとする温泉地が広がり、登山者にも人気の山です。秋の登山シーズンとも重なるため、入山を計画していた人は予定の変更が必須になります。
噴火警戒レベル3とは何を意味するのか
気象庁が定める全国の活火山は111。このうち北海道には、北方領土を含めて31が存在します。火山が集中する地域でありながら、噴火警戒レベル3の適用は今回が初めてでした。
噴火警戒レベルは、火山活動の状況に応じて「警戒が必要な範囲」と「取るべき防災対応」を5段階で示す指標です。数字が大きいほど危険な範囲が広がります。
- レベル1「活火山であることに留意」:火口内などに影響が及ぶ可能性
- レベル2「火口周辺規制」:火口周辺への立ち入り規制
- レベル3「入山規制」:登山禁止・入山規制など、危険な地域への立ち入り規制
- レベル4「高齢者等避難」:警戒が必要な居住地域での高齢者等の避難
- レベル5「避難」:危険な居住地域からの避難
ここで押さえておきたいのは、レベル3は「噴火が起きた」という意味ではないという点です。レベル3は、居住地域の手前までは影響が及ばないと見込まれるものの、火口周辺に影響を及ぼす噴火が発生する可能性が高まった状態を指します。つまり、山に入る人を守るための段階です。
一方で、レベル3は居住地域に警戒が及ぶレベル4の一歩手前でもあります。今回、上富良野町の一部で避難指示が出ているのは、レベル3の標準的な対応を超えて、自治体が地域の実情を踏まえた独自の判断を上乗せしたものと理解するのが適切です。警戒レベルはあくまで気象庁が示す目安であり、実際に何をするかは自治体の指示が優先されます。
この山が恐れられる本当の理由——融雪型火山泥流
十勝岳が特別な警戒を要する火山とされるのは、噴火そのものの規模よりも、噴火が引き起こす二次災害のためです。
1926年5月24日、十勝岳は正午過ぎに最初の噴火を起こし、午後4時18分頃の噴火で中央火口丘の北西部が崩壊しました。高温の岩屑なだれが山に残っていた雪を一気に溶かし、大規模な融雪型火山泥流が発生します。泥流は美瑛川と富良野川に分かれ、平均で時速60キロという自動車並みの速度で流下。噴火開始からわずか25分余りで、火口から25キロメートル離れた上富良野原野に到達しました。死者・行方不明者は144人。20世紀以降の国内の火山災害では、犠牲者数が最も多い事例です。三浦綾子の小説『泥流地帯』は、この災害を題材としています。
北海道大学の青山裕教授は、20世紀以降に十勝岳で起きたマグマ噴火3回のうち、最もマグマ噴出量が少なかった1926年の噴火で最大の被害が出た理由を、噴火と同時に山体崩壊が起こり大きな泥流災害につながったためだと指摘しています。噴火の規模と被害の大きさは必ずしも比例しません。
十勝岳では、過去3500年間に少なくとも11回の火山泥流が確認されています。積雪期や残雪期の噴火では特に融雪型泥流のリスクが高まるため、季節によって危険の質が変わる火山でもあります。
過去の噴火から得られた教訓
十勝岳は過去150年の間に、1857年、1887〜88年、1926〜28年、1962年、1988〜89年と5回の顕著な噴火を記録しています。概ね30〜40年周期で噴火を繰り返してきた山です。
1962年6月の噴火では、噴石が大正火口縁の硫黄鉱山事務所を破壊し、5人が死亡、11人が負傷しました。噴煙の高さは約12,000メートルに達し、降灰は北海道東部一帯を覆って、約650キロメートル離れたウルップ島南方沖まで及んでいます。
1988年12月から1989年3月にかけては、水蒸気噴火とマグマ水蒸気噴火が計28回発生しました。規模が小さかったこともありますが、人的被害はゼロでした。このとき効いたのが、行政と住民が理解でき緊急避難に使えるハザードマップを作成し、全戸に配布していたことです。内閣府の災害教訓報告書は、この取り組みが被害の軽減に大きな役割を果たし、北海道のみならず日本全体の活火山ハザードマップ作成の契機になったと評価しています。
1988年の噴火を受けて、融雪型火山泥流のシミュレーションマップ整備、防災拠点の構築、移転促進による減災まちづくりも進められました。上富良野町などでは現在も国と北海道による砂防事業が続いています。
影響と今後の見通し
当面、最も直接的な影響を受けるのは登山と観光です。十勝岳連峰の登山ルートは規制の対象となり、秋の紅葉シーズンを控えた周辺の温泉地や宿泊施設にもキャンセルの波及が予想されます。
火山活動の推移は予測が難しく、このままレベル3が続く可能性も、活動が沈静化してレベル2に戻る可能性も、さらに活発化してレベル4に引き上げられる可能性もあります。重要なのは、レベルの数字を一喜一憂して追いかけることではなく、居住地域に影響が及ぶ段階に進んだときにどう動くかを、今のうちに決めておくことです。
具体的には、美瑛町・上富良野町が公開している火山ハザードマップで自宅や職場が泥流の想定流下範囲に入っているかを確認すること、避難場所と経路を家族で共有しておくこと、気象庁の噴火警報・予報と自治体の避難情報という2系統の情報源を把握しておくことが実務的な備えになります。SNSで流れる断片的な情報ではなく、気象庁と自治体の公式発表を判断の基準に置いてください。
そして、この山が過去に何をしたかを知っておくこと自体が備えになります。大正泥流から100年という節目の年に警戒レベルが引き上げられたのは、偶然の巡り合わせにすぎません。しかし、100年前の記録が残り、ハザードマップが整備され、砂防施設が積み上げられてきたからこそ、今回の引き上げに社会が即座に反応できているのも確かです。
よくある質問
噴火警戒レベル3が出たら、十勝岳はもう噴火しているのですか
いいえ。レベル3は噴火が発生したことを示すものではなく、火口周辺に影響を及ぼす噴火が発生する可能性が高まった状態を意味します。2026年9月12日時点で報じられているのは、火山性地震の増加を根拠とした警戒レベルの引き上げであり、噴火の発生ではありません。
十勝岳の入山規制は、どの範囲が対象ですか
気象台が警戒を呼びかけているのは、62-2火口から概ね3キロメートルの範囲です。この範囲では、噴火に伴って弾道を描いて飛散する大きな噴石への警戒が必要とされています。対象市町村は美瑛町、上富良野町、富良野市、南富良野町、新得町の5市町です。
上富良野町に避難指示が出たのはなぜですか
噴火警戒レベル3は本来、居住地域までの避難を求める段階ではありません。上富良野町の一部に避難指示が出ているのは、自治体が地域の地形や泥流の想定流下範囲を踏まえて独自に判断したものです。警戒レベルは気象庁が示す全国共通の目安であり、実際の行動は自治体の指示に従ってください。
融雪型火山泥流とは何ですか
噴火に伴う高温の噴出物や岩屑なだれが、山に積もった雪を短時間で溶かし、大量の水と土砂が一体となって流れ下る現象です。1926年の十勝岳では、平均時速約60キロで流下し、噴火開始から25分余りで火口から25キロメートル離れた集落に到達しました。積雪期や残雪期の噴火で特にリスクが高まります。
北海道でレベル3が初めてというのは、どういう意味ですか
噴火警戒レベルは全国の対象火山に順次導入されてきた制度で、北海道内の火山でレベル3が適用された事例はこれまでありませんでした。気象庁が定める全国111の活火山のうち、北海道には北方領土を含めて31が存在します。火山が多い地域でありながら、レベル3の適用は今回が初となります。
まとめ
2026年9月12日、十勝岳の噴火警戒レベルが3「入山規制」へ引き上げられました。北海道の火山では初めての適用です。根拠となったのは、3月からの地殻変動、4月からの火山ガス増加、8月17日以降の火山性地震の増加という、半年かけて積み上がった観測データの変化でした。
十勝岳が警戒される理由は、噴火そのものよりも融雪型火山泥流にあります。1926年には144人が犠牲となり、その規模の噴火が最大の被害を生んだのは山体崩壊を伴ったためでした。一方で1988年の噴火では、事前に配布されていたハザードマップが被害を防ぎました。
いま必要なのは、警戒レベルの数字を追うことよりも、自分の生活圏が想定流下範囲に入っているかを地図で確かめ、避難の判断基準を家族で共有しておくことです。100年前の記録は、そのために残されています。
参考ソース
- 【速報】十勝岳、噴火警戒レベル3に引き上げ 北海道内での適用は初(北海道新聞デジタル)— https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1369770/
- 北海道・十勝岳噴火警戒レベル、入山規制に(共同通信)— https://news.yahoo.co.jp/articles/8e8a9dd4d4ddc142685d7f4c9a988bc615955d95
- 【速報】政府、十勝岳の火山活動で情報連絡室設置(47NEWS)— https://www.47news.jp/14928652.html
- 北海道・十勝岳 噴火警戒レベル3(入山規制)に引き上げ(ウェザーニュース)— https://weathernews.jp/news/202609/120111
- 十勝岳の噴火警戒レベル3に上がる 気象庁、周辺の入山規制求める(朝日新聞)— https://www.asahi.com/articles/ASV9D0F0TV9DULZU001M.html
- 十勝岳 大正泥流から100年 特設サイト(旭川地方気象台)— https://www.data.jma.go.jp/asahikawa/shosai/kazan/taisholahar100.html
- 報告書(1926 十勝岳噴火)(内閣府 防災情報のページ)— https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1926_tokachi_funka/index.html
- 十勝岳噴火の記録(北海道美瑛町)— https://town.biei.hokkaido.jp/emergency/eruption.html
- 十勝岳火山地質図 解説「4: 歴史時代の噴火」(産総研 地質調査総合センター)— https://gbank.gsj.jp/volcano/Act_Vol/tokachidake/text/exp16-3.html
- 過去を知り、未来を守る―十勝岳大正噴火から100年(北海道大学 リサーチタイムズ)— https://www.hokudai.ac.jp/researchtimes/2026/04/content-26.html