通勤電車で「モバイルバッテリー発火」──ありふれた一台が止めた東横線、リチウムイオン電池火災が過去最多1297件に達した理由
リード ── 月曜朝の通勤ラッシュを止めた、かばんの中の一台
2026年6月15日午前8時15分ごろ、川崎市中原区の東急東横線・武蔵小杉駅で、停車中の電車内に乗っていた乗客のモバイルバッテリーから煙と火が出た。バッテリーは乗客のかばんの中にあったとみられ、車内の非常通報装置が押される騒ぎとなった。東急電鉄や消防によると、けが人は確認されていない。東横線は自由が丘駅と武蔵小杉駅の間で一時運転を見合わせ、約30分後の午前8時43分に運転を再開した。
月曜の通勤ラッシュ真っただ中、「タワーマンションの街」として知られる武蔵小杉での出来事は、多くの利用者の足を止めた。しかし本当に注目すべきは、これが「特別な事故」ではなくなりつつある、という事実だ。スマートフォンを充電するための、誰もが一台はかばんに忍ばせているあのモバイルバッテリー。その身近な道具による火災が、いま全国で急増している。本稿では、何が起きたのか、なぜ火災が増え続けているのか、そして私たちに何ができるのかを整理する。
背景 ── 「過去最多」を更新し続けるリチウムイオン電池火災
今回の発煙・発火の原因となったのは、モバイルバッテリーに内蔵されている「リチウムイオン電池」だ。小型・軽量で大容量の電気を蓄えられるこの電池は、スマートフォン、ノートパソコン、ワイヤレスイヤホン、電動工具、コードレス掃除機、電動アシスト自転車など、現代の生活を支える無数の製品に使われている。便利さの裏で、その火災リスクが社会問題として急浮上している。
総務省消防庁の調査によれば、リチウムイオン電池やそれを搭載した製品から出火した火災は、2025年に全国で1297件にのぼり、統計を取り始めた2022年以降で最多を記録した。件数の推移を追うと深刻さは明らかだ。2022年が601件、2023年が739件、2024年が982件、そして2025年が1297件。わずか3年で2倍以上に膨れ上がっている。
なかでも突出しているのがモバイルバッテリーだ。2025年にモバイルバッテリーから出火した火災は482件に達し、リチウムイオン電池火災全体の約4割を占めた。2022年と比べると、件数はおよそ4倍に急増している。消防庁は「バッテリーの普及そのものが増加の背景にある」とみている。製品が世の中にあふれれば、それだけ事故の母数も増える。だが、普及だけでは説明しきれない構造的な問題も横たわっている。
詳細① ── なぜ発火するのか、なぜ電車内で起きるのか
リチウムイオン電池の火災原因として消防庁が挙げるのは、主に「外部からの衝撃」「高温下での使用」、そして「純正でない製品の使用」だ。リチウムイオン電池は、強い衝撃で内部が変形したり、高温にさらされたりすると、内部でショート(短絡)を起こし、「熱暴走」と呼ばれる連鎖的な発熱反応に陥ることがある。いったん熱暴走が始まると、急激に温度が上がり、発煙・発火・破裂に至る。
通勤電車という場面は、実はこのリスクが重なりやすい。満員電車での圧迫や、かばんを床に置いた際の衝撃、夏場の車内やホームの高温、ポケットやかばんの中での金属(鍵やコイン)との接触──。今回も、バッテリーはかばんの中で発火している。日常的に持ち歩く道具だからこそ、知らぬ間に蓄積したダメージが、満員の車内という最悪のタイミングで顕在化しうるのだ。
問題を深刻にしているのが、安価な「規格外」製品の存在である。モバイルバッテリーは2018年に電気用品安全法(電安法)の規制対象に追加され、安全基準を満たした製品には丸い「PSEマーク」の表示が義務づけられた。2019年2月以降は、PSEマークのない製品の販売は在庫を含めて禁止されている。それでもインターネット通販では、PSEマークのない安価な海外製品が依然として流通し、不具合があってもリコール(回収・無償交換)が行われないケースが後を絶たない。「規制に穴がある」と指摘されてきたゆえんだ。
詳細② ── 動き出した規制と、相次ぐ新ルール
事故の急増を受け、行政も対策を急いでいる。
まず製品の入り口の規制だ。2025年12月25日、いわゆる「製品安全4法」の改正法が施行され、これまで規制が及びにくかったインターネット通販の海外事業者も規制対象に組み込まれた。ECサイトで売られるモバイルバッテリーにもPSEマークの表示を求め、危険な製品を市場から排除する狙いがある。さらに2024年12月には技術基準そのものが強化され、旧基準の製品は販売停止となった。
次に、持ち運びの場面の規制だ。2026年4月からは、航空機内での扱いが大きく変わった。国内線では機内でのモバイルバッテリー使用が原則禁止され、座席の電源を使った本体充電も制限された。機内持ち込みの個数も、容量にかかわらず1人2個までに制限されている。違反した場合は航空法に基づき罰則が科される可能性もある。空という逃げ場のない密室での発火を、未然に防ぐための措置だ。
そして政府全体としては、2025年末に「リチウムイオン電池総合対策パッケージ」が取りまとめられ、製造から流通、使用、廃棄までを通した安全確保の枠組みづくりが進められている。電池という製品が、もはや一企業や一省庁の手に負える問題ではなくなっていることの表れでもある。
詳細③ ── 「捨て方」というもう一つの火災現場
リチウムイオン電池の火災は、使用中だけに起きるのではない。むしろ深刻なのが「廃棄」の場面だ。
リチウムイオン電池を、燃えるゴミや燃えないゴミに混ぜて捨てると、ごみ収集車やごみ処理施設の中で圧縮・破砕された際に内部がショートし、発火する。実際、収集車や処理施設での火災が全国で頻発し、ごみ処理そのものが滞る事態も起きている。政府広報や環境省、消費者庁が繰り返し注意を呼びかけているのは、この「見えない火災現場」が想像以上に広がっているからだ。
正しい捨て方の基本は、自治体のゴミに混ぜないことだ。リチウムイオン電池を含む小型充電式電池は「資源有効利用促進法」によりリサイクルが義務づけられており、メーカーなどで構成される一般社団法人JBRCが回収を担う。家電量販店やホームセンターに設置された回収ボックスや、自治体が設ける専用の回収ルートを利用するのが原則だ。端子部分をテープで絶縁し、本体から電池が外せない小型家電は本体ごと小型家電リサイクルに出す。膨張している電池は特に危険なので、無理に扱わず販売店やメーカーに相談する──こうした手順の周知が、いま各自治体で急ピッチで進められている。
影響・今後 ── 「便利」と「リスク」をどう折り合わせるか
リチウムイオン電池は、私たちの生活を根底から支えるインフラになった。脱炭素社会への移行で電動化が進めば、その存在感はさらに増す。火災が増えているからといって、社会が電池を手放す選択肢は現実的ではない。問われているのは、便利さと火災リスクをどう折り合わせるか、という成熟した付き合い方だ。
技術面では、発火しにくい「半固体電池」や「全固体電池」といった次世代電池の実用化が期待されている。これらが普及すれば、熱暴走のリスクは構造的に下げられる可能性がある。ただし置き換えには時間がかかり、いま手元にある膨大な数のリチウムイオン電池が消えるわけではない。当面は、規制・製品・使い方・捨て方の四方向からリスクを抑え込む地道な取り組みが続く。
利用者一人ひとりにできることも、決して小さくない。購入時にはPSEマークの有無を確認し、極端に安い無名の製品は避ける。消費者庁のリコール情報サイトで手持ちの製品が対象になっていないか確認する。高温の車内に放置しない、強い衝撃を与えない、膨らんできたら使用をやめる。そして、寿命がきたら家庭ゴミに混ぜず、回収ボックスへ。こうした一手間が、満員電車での「あの煙」を一つでも減らすことにつながる。
まとめ
東急東横線・武蔵小杉駅でのモバイルバッテリー発火は、幸いけが人もなく約30分で復旧した、ニュースとしては小さな出来事だったかもしれない。だがその背景には、2025年に過去最多の1297件を記録し、モバイルバッテリーだけで全体の4割を占めるという、リチウムイオン電池火災の急増という大きな構造がある。
便利さと引き換えに、私たちは小さな発火源を毎日ポケットやかばんに入れて持ち歩いている。だからこそ、「正しく選び、正しく使い、正しく捨てる」という当たり前の積み重ねが、自分自身と、隣に座る誰かの安全を守る。月曜朝の通勤電車が教えてくれたのは、その当たり前の重みだった。
参考ソース
- FNNプライムオンライン「電車内でモバイルバッテリーが発火 東急東横線が約30分運転見合わせ」(2026年6月15日)
- 朝日新聞「武蔵小杉駅で『モバイルバッテリー発火』 東急東横線が一時運転見合わせ」(2026年6月15日)
- 毎日新聞「東横線車内でモバイルバッテリー発火 一時運休、けが人なし」(2026年6月15日)
- 読売新聞「リチウムイオン電池が原因の火災1297件、モバイルバッテリーが4割」(2026年4月10日)
- 産経新聞/ITmedia「リチウムイオン電池による火災、消防庁調査結果公表」(2026年1月29日)
- nippon.com「リチウム電池から出火の火災が急増:2024年は1100件超に―消防庁」
- NHK「ネット通販で販売の電気製品など 安全性を高める改正法が施行」(2025年12月25日)
- 経済産業省「電気用品安全法(PSEマーク/モバイルバッテリーの規制対象化)」
- Anker Japan「【2026年4月から新ルール】モバイルバッテリーを飛行機に持ち込む際の注意点」(2026年5月13日)
- 政府広報オンライン「リチウムイオン電池、誤った捨て方で火災に!」
- 環境省「リチウム蓄電池関係/リチウムイオン電池総合対策パッケージ」(2025年12月)
- 消費者庁「リチウムイオン電池使用製品による発火事故に注意しましょう」