9年ぶりに動き出した日韓防衛協力――小泉防衛相の訪韓が映す「接近」と「温度差」のはざま

リード ―― ソウルで交わされた、ひとつの「共同文書」

2026年6月28日、小泉進次郎防衛相が韓国・ソウルを訪れ、安圭伯(アン・ギュベク)国防相と会談した。両者は防衛協力・交流を安定的に発展させるための意思を共有する共同文書を発表し、米国を含む3カ国の協力に加え、日韓2国間の共同訓練や部隊交流をさらに進めることで一致した。

一見すると、よくある外交日程のひとつに見えるかもしれない。だが、この訪韓には見逃せない意味が込められている。小泉防衛相にとっては就任後初の訪韓であり、2国間会談を主目的とした防衛相の訪韓としては実に11年ぶりとなる。そして両国は今年、捜索・救難の共同訓練を「9年ぶり」に再開させたばかりだ。長らく凍りついていた日韓の防衛協力が、いま静かに、しかし着実に動き出している。

なぜ、9年もの空白が生じたのか。なぜ、いま再び両国は手を取り合おうとしているのか。そして、その歩み寄りの先には、なお埋まらない「温度差」が横たわっている。本稿では、この訪韓を「空白の歴史」「再接近の背景」「残された課題」「今後の展望」という複数の角度から掘り下げていく。

背景 ―― 「レーダー照射」が凍らせた9年間

日韓の防衛協力を語るうえで避けて通れないのが、2018年12月に起きた「レーダー照射問題」である。韓国海軍の艦艇が、海上自衛隊の哨戒機に対して火器管制レーダーを照射したとされるこの事案をめぐり、両国は事実認識を激しく対立させた。日本側は「危険な行為だ」と抗議し、韓国側はこれを否定。安全保障の現場における信頼は大きく損なわれ、両国の防衛交流は事実上の停止状態に陥った。

象徴的だったのが、海上自衛隊と韓国海軍による捜索・救難共同訓練の中断である。この訓練は、1999年に北朝鮮のミサイル発射問題を背景として始まり、海難事故などの際に両国が連携して人命救助にあたるための実務的な枠組みだった。しかし2017年の実施を最後に、レーダー照射問題の影響で約9年間にわたって行われなくなっていた。安全保障上は決して敵対関係にない隣国同士が、人命救助の訓練すら共にできない――それが2018年以降の日韓関係の冷え込みを端的に物語っていた。

潮目が変わり始めたのは、2026年に入ってからだ。1月に開かれた日韓防衛相会談の後に発表された共同文書のなかで、両国は共同訓練の再開を打ち出した。そして実際に、6月上旬、長崎県・五島列島の西の海域で、9年ぶりとなる捜索・救難の共同訓練が実施された。防衛省関係者は「日韓交流の機運醸成につながる」と語り、関係改善の弾みとしたい考えを示した。6月28日の小泉防衛相訪韓は、この一連の流れの「総仕上げ」とも言える節目だったのである。

詳細① ―― 会談で何が合意されたのか

6月28日の会談で、両防衛相は共同文書を発表し、防衛協力・交流を「安定的に発展させる」という方針を確認した。具体的な論点は多岐にわたる。

まず、捜索・救難や海難に関する共同訓練について、今後さらに発展させていくことで合意した。9年ぶりの再開を一過性のイベントで終わらせず、継続的・定例的な協力へと育てていく狙いがうかがえる。安国防相は、頻繁な会談そのものが日韓関係の「前向きな発展のシグナル」だと評価した。両防衛相は今後も相互訪問を重ねていく方針で一致しており、関係の制度化に向けた地ならしが進む。

次に、防衛装備品や技術面での協力も議題に上がった。日本側は近年、防衛装備品の輸出ルールを段階的に緩和してきており、こうした制度改正を踏まえて、装備・技術協力の可能性を今後議論していくことになった。安全保障環境が厳しさを増すなか、両国が部品・補修・共同開発といった実務面でどこまで踏み込めるかは、協力の「深さ」を測る試金石となる。

会談に先立っては歓迎式典が開かれ、両防衛相が儀仗兵を閲兵した。小泉防衛相は滞在中に韓国空軍の部隊を視察するなど、儀礼と実務の両面で関係強化をアピールした。形式的な友好の演出にとどまらず、現場レベルの交流に踏み込んだことは、両国の本気度を示すものと受け止められている。

詳細② ―― なぜ「いま」再接近なのか

日韓が防衛面で歩み寄る背景には、両国を取り巻く戦略環境の急速な変化がある。

第一に、北朝鮮の脅威だ。弾道ミサイルの発射や核開発をめぐる動きは依然として地域の不安定要因であり続けており、ミサイル防衛や情報共有の面で日韓・日米韓が連携する必要性は高まる一方だ。そもそも捜索・救難訓練が1999年に始まったのも、北朝鮮のミサイル発射が直接の契機だった。脅威の構図は、四半世紀を経てもなお健在である。

第二に、中国の軍事的台頭と、それに伴う地域秩序の流動化がある。東シナ海・南シナ海から台湾周辺に至るまで、軍事的な緊張が高まるなか、日韓両国はともにアメリカの同盟国として、より緊密な協調を求められている。

第三に、両国のトップ同士の関係改善が、防衛協力の追い風となっている。高市早苗首相――日本憲政史上初の女性首相――と韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領のもとで、両国は互いの故郷を訪ね合う「シャトル外交」を展開してきた。2026年5月19日には韓国・安東で約100分間にわたる日韓首脳会談が行われ、北朝鮮への対応をはじめ、日韓および日米韓による安全保障協力の重要性を再確認した。エネルギー安全保障や対米連携でも両国は協力を深めており、防衛協力はその大きな潮流の一部として位置づけられる。

世論もこの接近を後押ししている。読売新聞と韓国日報の共同調査では、日韓関係が「良い」とする回答が日本で59%、韓国で66%と過去最高水準に達した。両首脳が関係を深めていくべきだと考える人は日本で77%にのぼり、政治レベルの接近が国民感情にも支えられている構図が浮かぶ。

詳細③ ―― 埋まらない「温度差」と、ACSAという壁

もっとも、すべてが順調に進んでいるわけではない。今回の会談でも、両国の間には依然として明確な「温度差」が残っていることが浮き彫りになった。その象徴が、ACSA(物品役務相互提供協定)をめぐる扱いである。

ACSAとは、弾薬や燃料、輸送支援といった物品・役務を、自衛隊と外国軍が相互に提供し合えるようにする枠組みだ。日本はすでにアメリカやオーストラリア、イギリスなどと締結しており、韓国との間でも締結を模索してきた。共同訓練や有事の際の後方支援を円滑にする実務的な協定であり、防衛協力の「制度化」を一段進めるカギとされる。

しかし韓国国内では、ACSAは単なる実務協定にとどまらない、極めて政治的な争点として受け止められている。かつての軍事情報包括保護協定(GSOMIA)がそうであったように、保守・進歩を問わず、日本との軍事的な接近には世論の根強い慎重論がつきまとう。その根底にあるのは、植民地支配をはじめとする「不幸な過去」の記憶であり、歴史問題が安全保障協力の足かせとなり続けている。

李大統領自身、ACSAについて「必要性は認める」としつつも、締結には慎重な姿勢を崩していない。台湾有事への関与をどう考えるかといった戦略観の違いも横たわる。今回の共同文書が、頻繁な往来や訓練の発展という「交流」のレベルでは前進を見せた一方で、ACSAのような「制度」のレベルでは温度差を残したのは、こうした構造的な事情を反映している。協力の機運を一過性に終わらせず、いかに恒久的な仕組みへと昇華させるかが、日韓双方に突きつけられた宿題だ。

影響・今後 ―― 「接近」は本物か、それとも振り子か

日韓の防衛協力をめぐる歴史は、しばしば「振り子」にたとえられる。政権交代や歴史問題の再燃によって、関係が改善と悪化を繰り返してきたからだ。レーダー照射問題による9年間の空白は、その振り子がいかに大きく振れうるかを示す痛切な実例だった。

だからこそ、今回の再接近を一過性のものに終わらせない「制度化」が重要になる。首脳・防衛相レベルの頻繁な往来、定例化された共同訓練、そしてACSAのような協定――これらが積み重なって初めて、政権交代や一時的な摩擦に左右されにくい、安定した協力の土台が築かれる。識者の間でも、歴史問題という根本的な課題を抱えながらも、協力を一つひとつ積み上げて制度化していくことの必要性が指摘されている。

短期的には、9年ぶりに再開した捜索・救難訓練を継続・拡大できるか、そして装備・技術協力の議論が具体的な成果に結びつくかが注目される。中長期的には、北朝鮮や中国をめぐる地域情勢の変化、アメリカの同盟政策の行方、そして両国の国内政治の動向が、この「接近」の持続性を左右していくだろう。とりわけ、歴史問題が再び前面に出たとき、積み上げた協力がどこまで耐えられるかが真の試金石となる。

一般の私たちにとっても、これは決して縁遠い話ではない。隣国同士の安全保障協力は、ミサイルや災害といった有事の際の備えに直結し、ひいては地域の平和と安定、そして経済活動の前提となる安全保障環境を形づくる。日韓関係の「いま」を理解することは、東アジアに暮らす私たちの足元を理解することでもある。

まとめ

小泉防衛相の訪韓と日韓防衛相会談は、レーダー照射問題で凍りついた両国の防衛協力が、9年の空白を経て本格的に動き出したことを象徴する出来事だった。北朝鮮の脅威、中国の台頭、米国の同盟政策という戦略環境の変化、そして高市・李両首脳によるシャトル外交が、この再接近を後押ししている。世論も過去最高水準で関係改善を支持する。

一方で、ACSAをめぐる温度差や、歴史問題という根深い課題は依然として残り、協力の「制度化」には高いハードルが立ちはだかる。日韓関係はこれまで何度も改善と悪化の振り子を繰り返してきた。今回の「接近」が本物の安定へとつながるのか、それとも再び振り子が戻るのか――その答えは、両国が交流の機運を恒久的な仕組みへと育てられるかどうかにかかっている。ソウルで交わされた一枚の共同文書は、その長い道のりの、ささやかだが確かな一歩だった。


参考ソース

  • 日本経済新聞「日韓防衛相『海難共同訓練を発展』 5月に続き会談、装備品で協力」(2026年6月28日)
  • 朝日新聞「日韓防衛相、防衛交流発展を確認 頻繁な往来も、ACSAには温度差」(2026年6月28日)
  • TBS NEWS DIG「小泉防衛大臣 韓国・安圭伯国防長官と会談 9年ぶり再開の共同訓練など」(2026年6月28日)
  • ロイター/Yahoo!ニュース「日韓防衛相、探索救難訓練推進で合意 協力強化再確認」(2026年6月28日)
  • 読売新聞「自衛隊機へのレーダー照射受け見送られていた海自と韓国海軍の共同訓練」(2026年6月8日)
  • FNN/docomo topics「日韓共同で9年ぶり捜索・救難訓練 韓国軍艦によるレーダー照射問題」(2026年6月9日)
  • KBS WORLD「韓日海軍の捜索・救助訓練 9年ぶりに再開へ」(2026年1月30日)
  • 読売新聞「日韓関係『良い』最高、日本59%・韓国66%…読売・韓国日報共同世論調査」(2026年6月9日)
  • nippon.com「国際秩序の不安定化が促す日韓接近:課題抱え進む戦略的連携」(2026年6月2日)
  • 外務省「日韓首脳会談」(2026年5月19日)/Yahoo!ニュース専門家解説「日韓防衛協力は進むのか 『歴史』と『台湾』に残る温度差 ACSAが…」(2026年5月26日)

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