全固体電池入門——EV・家電・宇宙を変える「次世代電池」はいつ来るのか、仕組みから量産の壁まで

はじめに——「電池の理想形」は、いま量産化への正念場を迎えている

スマートフォンも、ノートパソコンも、電気自動車(EV)も、その心臓部を担うのはリチウムイオン電池です。しかし、その普及とともに私たちを悩ませてきた課題がいくつかあります。「もっと長く使いたい」「もっと短時間で充電したい」「発火の心配なく使いたい」——こうした願いの多くは、電池の中の「液体」に起因するものでした。

その液体を、取り除こうとしているのが全固体電池です。正極と負極のあいだでリチウムイオンを運ぶ電解質を、可燃性の液体から不燃性の無機固体に置き換えたこの電池は、長らく「電池の理想形」と呼ばれてきました。理想形と呼ばれながら実用化されなかったのは、それだけ難しかったからです。そしていま、2026年から2028年にかけて、中国・韓国・日本の電池・自動車メーカーが車載用全固体電池の実用化・量産化に向けた計画を相次いで公表しており、この技術は開発競争の段階から、量産化の正念場へと移りつつあります。

いま何が起きているのか

動きは出ています。ただし最初に断っておくと、この章のスケジュール類はすべて各社の公表・報道ベースの計画・表明であり、執筆時点(2026年9月)で車載用大型セルの商用量産や市販車への本格搭載が完了したことは確認できていません。中国メーカーの広州汽車集団は2026年からの車載用大型セルの実用化を目標に掲げ、CATL・BYDといった中国勢は2026年を第3世代全固体電池の量産開始の初年度と位置付けていると報じられています(出典: 報道各社、およびWikipedia「全固体電池」記載の伝聞。量産・実用化の段階の詳細は各社公表の確認が必要です)。これに続き、CATLとサムスンSDIが2027年、そして日産とトヨタが2027〜2028年ごろの実用化を目指す計画を公表しています(日産は2028年度までに自社開発の全固体電池を搭載したEVを投入する目標を公式サイトで明記しています。出典: 日産自動車公式サイト)。

背景には、材料科学における大きなブレークスルーがありました。2011年、東京工業大学の菅野了次教授らの研究グループが、室温でリチウムイオンが液体中よりも速く移動する硫化物系の「超イオン伝導体」Li10GeP2S12を世界で初めて発見したのです(出典: 東京工業大学研究ストーリー、原著論文)。固体でありながら液体を超えるイオン伝導性——この発見を起点に、世界中のメーカーと研究機関が実用化競争に走り出しました。特許の面でも、WIPO(世界知的所有権機関)の技術動向報告によれば、固体電池関連の公開特許ファミリーは2010年の290件から2023年には2,000件超へと増加しており、競争の活発化が数字に表れています(出典: WIPO『Technology Trends: Future of Transportation』)。

とはいえ、道のりは平坦ではありません。固体同士は密着しにくいという「界面抵抗」の問題、電池パックの設計を複雑にする「加圧構造」の問題、そして現時点で液系リチウムイオン電池より大幅に高いとされる「コスト」の問題(定量的な公表値は用途や時期で幅があります)が立ちはだかっています。理想形が量産の現場に届くかどうかは、この3つの壁を越えられるかにかかっているのです。

この記事でわかること

本記事は、電池の専門知識をお持ちでない読者を対象に、全固体電池の全体像をわかりやすく解説します。読み終えるころには、ニュースで耳にする「全固体電池」関連の話題を、自分の言葉で説明できるようになっているはずです。

  • 仕組み: 電池の基本構造をおさらいし、「液体を固体に変える」と何が起こるのかを図解します
  • 液系との違い: 安全性・温度範囲・エネルギー密度・寿命など、リチウムイオン電池との違いを比較表で整理します
  • EVへの効果: 航続距離・充電時間・安全性の3つの向上が、なぜ起きるとされるのかを各社の公表値・報道ベースの数値とともに見ていきます
  • 量産の壁: 実用化を遅らせてきた「界面抵抗」「加圧構造」「コスト」という3つの関門を解説します
  • 各社のスケジュール: 中国・日本・韓国のメーカーが、いつ・どこで全固体電池を載せる計画なのかをタイムラインで確認します

まずは、全固体電池とは何か——その仕組みから見ていきましょう。

全固体電池とは何か?(仕組みを図解)

「全固体電池」という言葉はニュースで頻繁に目にするようになりましたが、その中身を正確に説明できる人は、まだ多くありません。この章では、まず電池の基本構造をおさらいし、そのうえで「液体を固体に置き換える」という一見シンプルな発想が、なぜ電池の常識を塗り替えると言われるのかを図解しながら見ていきます。

電池の基本構造——正極・負極・電解質の役割

電池は、大きく分けて3つの要素でできています。

  • 正極(プラス極):リチウムイオンの「出発地点」となる電極。リチウム金属酸化物などが使われます。
  • 負極(マイナス極):リチウムイオンの「到着地点」となる電極。現在のリチウムイオン電池では黒鉛(グラファイト)が主流です。
  • 電解質:正極と負極のあいだでリチウムイオンを運ぶ「橋渡し役」。現在の主流は、リチウム塩を有機溶媒に溶かした液体、いわゆる「電解液」です。

充電のときはリチウムイオン(Li⁺)が正極から負極へ、放電のときは逆向きに移動します。このイオンの往復が電池の働きの正体です。ここで重要なのが、イオンは電解質の中を移動できる一方、電子(電気そのもの)は電解質を通れないという点です。電子は電池の外側の回路を通ることで、私たちのデバイスを動かす電力として取り出されます。

この基本構造は、全固体電池になってもまったく同じです。変わるのは、3番目の「電解質」が液体から固体になること。そして、このたった1つの変更が電池の性能を根底から変えると期待されています。

「液体」を「固体」に変えると何が起こるか

まず、現在の液系リチウムイオン電池が抱える液体ゆえの弱点から整理しましょう。電解液には可燃性の有機溶媒が使われており、蒸発・分解・液漏れ・発火・劣化といった問題と常に隣り合わせでした(出典: Wikipedia「全固体電池」)。スマートフォンやEVで「電池が膨らむ」「発火する」などのトラブルが報告される背景には、この液体の存在があります。

固体電解質に置き換えると、この構図が大きく変わると期待されています(出典: Wikipedia「全固体電池」)。

  • 不燃性:無機固体電解質は燃えないため、可燃性の電解液に由来する液漏れ・発火リスクを大幅に低減できます。ただし、電極、集電体、封止材、配線まで含む電池・パック全体の安全性は、材料、設計、製造品質、試験条件に依存し、発火リスクがゼロになるわけではありません。
  • イオンを選んで通す「通り道」:固体電解質にはリチウムイオンを選択的に通す性質(シングルイオン伝導性)を持つものがあり、液体電解液で起きやすい副反応(劣化反応)の一部を抑制できると期待されています。ただし固体界面でも分解・副反応、リチウムデンドライト(樹枝状析出物)、機械的な界面劣化といった課題が残っており、これらの研究こそが現在の最前線です。
  • 広い動作温度範囲:公表例では、マクセルの小型全固体電池は-50〜+125℃の放電温度範囲を製品仕様としてうたっており(出典: マクセル製品サイト)、JAXA・日立造船の宇宙実証用電池も-40〜120℃の広い動作温度を設計範囲としています(出典: JAXAプレスリリース)。ただし実際に使える温度範囲は材料系・セル設計・試験条件で大きく異なります。
  • セパレータが不要になる:液体電解質では正極と負極が直接触れるのを防ぐ「セパレータ」(多孔質膜)が必須でしたが、固体電解質はそれ自体が正負極を隔てる役割を兼ねます。
  • 電極材料の選択肢が広がる:固体電解質の高い耐熱性と電気化学的安定性により、液体では使えなかった金属リチウム負極など、高エネルギー密度の電極材料が選択可能になると期待されています。

この構造の違いを、図で比べてみましょう。

flowchart LR
    subgraph L["液系リチウムイオン電池"]
        direction LR
        LC["正極<br>(リチウム金属酸化物)"]
        LE["電解液<br>(可燃性の有機溶媒)<br>+ セパレータ(多孔質膜)"]
        LA["負極<br>(黒鉛など)"]
        LC -->|充電時: Li⁺ が移動| LE
        LE -->|Li⁺ が負極へ到着| LA
    end
    subgraph S["全固体電池"]
        direction LR
        SC["正極<br>(リチウム金属酸化物)"]
        SE["固体電解質<br>(不燃性)<br>セパレータの役割も兼ねる"]
        SA["負極<br>(金属リチウムなども可)"]
        SC -->|充電時: Li⁺ が移動| SE
        SE --> SA
    end

※放電時はリチウムイオンが逆向き(負極→正極)に移動します。電子はどちらの場合も電解質(固体電解質)を通れず、電池の外部回路を経由してデバイスに電力を供給します。

見てのとおり、全固体電池では「電解質」と「セパレータ」という2つの部品が1枚の固体に統合されます。部品点数が減ることは、電池パック設計の自由度が上がることにもつながります。

半固体電池・固体電池・全固体電池の違い(液体比率による区分の目安)

ここで1つ、ニュースを見るときの重要な注意点を紹介します。「固体電池」と名のつく製品が、すべて「液体ゼロ」ではありません。電解質に占める液体の比率で次のように区分する整理が知られています(出典: Wikipedia「全固体電池」。以下の数値は同項目で紹介される一つの整理例であり、業界共通の規格・定義ではありません)。

区分 液体の比率(目安) 位置づけ
半固体電池 15%〜5% 液系と全固体の中間。液体の安全対策を一部残しつつ、量産のしやすさを優先した現実解
固体電池 5%以下 ほぼ固体だが、ごく微量の液体を残す構成
全固体電池 0% 液体を一切使わない理想形。本記事で扱うのはこれ

「固体電池搭載」という言葉だけを聞くと完全な全固体を想像しがちですが、液体比率をどこまで下げた構成なのかが実力を見極めるポイントです。開発の途中段階として半固体を採用するメーカーがある一方、本命の「全固体」は液体ゼロでの量産に向けた道筋がようやく見えてきた段階にあります。

固体電解質には3つの系統がある——硫化物系・酸化物系・ハライド系

「固体電解質」と一口に言っても、材料は1種類ではありません。現在の開発競争の主役は、硫化物系・酸化物系・ハライド系(塩化物系)の3系統です。

かいつまんで言えば、硫化物系は「室温でも液体に匹敵・それ以上のイオン伝導率」と「柔らかさによる電極との密着性」を武器とする現在の最有力候補、酸化物系は熱的・化学的な安定性に優れる一方で硬くて加工が難しい系統、ハライド系は硫化物に匹敵する伝導率と高い安定性を併せ持ち、近年研究が加速している次世代候補です。

この「どの材料を選ぶか」の違いは、性能や安全性だけでなく、後述する量産の難しさ(界面抵抗や加圧構造の問題)にも直結します。3系統の特徴とトレードオフを整理した比較表は、次章で改めて掲載します。まずは、液系リチウムイオン電池と比べて性能がどこまで変わるのかを見ていくことにしましょう。

液系リチウムイオン電池と何が違う?(比較表)

前章では、電池の基本構造と「液体を固体に置き換える」ことの意味を見てきました。ここでは一歩進めて、現在主流の液系リチウムイオン電池と全固体電池の違いを、性能面から比較表で整理します。「どこが、なぜ、どれくらい変わるのか」を順に確認していきましょう。

液系との性能差を一挙に見る比較表

まず結論となる全体像を、7項目の比較表で示します。

項目 液系リチウムイオン電池 全固体電池
電解質 可燃性の有機溶媒(電解液) 不燃性の無機固体
安全性 液漏れ・発火のリスクと隣り合わせ 不燃性・耐熱性により高いと期待(ただし電池全体の安全は設計・製造品質に依存)
使用温度範囲 狭い 公表例: 小型セルで放電-50〜+125℃(マクセル製品サイト)。材料系・条件で大きく異なる
エネルギー密度 260Wh/kg前後と言われる 研究・試作段階の公表・報道値の目安: 300〜600Wh/kg級(形式・条件により幅大)
サイクル寿命 数千回程度と言われる 1万回超の報告例あり(条件依存)
急速充電 制約が大きい 固体電解質の高速イオン伝導により有利と期待
構造 隔離・冷却の機構が大規模になりがち 簡易構造。バイポーラ積層にも適する

(出典: Wikipedia「全固体電池」、マクセル製品サイト、日産自動車公式サイトほか。表の数値は公表・報告値の目安であり、材料系・セル設計・試験条件で大きく異なるため、規格値・保証値として読まないでください)

この表で特に注目したいのは、次の4点です。

  • 安全性の「リスクの源」が変わる:液系のリスクの源は、可燃性の有機溶媒そのものです。電解質を不燃性の無機固体に置き換えることで、電解液に由来する液漏れ・発火リスクは構造的に低減できます。ただし、冒頭で触れたとおり電極・集電体・封止材の設計や熱暴走・内部短絡への対策、製造品質と試験条件によってセル・パック全体の安全性は変わります。「液系より有利な構造をしている」と理解するのが正確です。
  • エネルギー密度で1.5〜2倍級のポテンシャル:日産は全固体電池について「従来のリチウムイオン電池の約2倍のエネルギー密度のポテンシャル」を公式サイトで公表しています(出典: 日産自動車公式サイト)。研究・試作段階のセルにはこれを上回る公表・報道値もありますが(後述)、試験条件がそろっておらず単純比較はできません。これがEVの航続距離にどう跳ね返るのかは、次の章で詳しく見ます。
  • 寿命の伸びしろ:固体電解質にはリチウムイオンを選択的に通すものがあり、液体電解液で起きやすい副反応(劣化反応)の一部を抑制できると期待されるため、1万回超のサイクル寿命の報告例につながっていると考えられています。ただし固体界面の副反応やデンドライト析出など、寿命を左右する研究課題も残っています。
  • 構造がシンプルになる:セパレータが不要になり、隔離・冷却の機構を簡素化できる可能性があります。さらに、電極と電解質を積み重ねて複数の電池単位を1つにまとめられる「バイポーラ積層」と呼ばれる構造にも適しています。

一見すると液系の「上位互換」に思えますが、この性能を実現する鍵となったのが、固体電解質材料におけるある発見です。ここからはその歴史的な転換点を振り返ります。

2011年の転換点——東工大 菅野研が発見した「超イオン伝導体」Li10GeP2S12

固体電解質の研究自体は昔から存在しましたが、この分野を一気に「実用化レース」へ変えたのが、はじめにも触れた2011年の発見です。

この年、東京工業大学の菅野了次教授らの研究グループ(トヨタ自動車、高エネルギー加速器研究機構との共同研究)は、室温でリチウムイオンが固体中を液体中よりも速く移動する「超イオン伝導体」Li10GeP2S12(通称: LGPS)を世界で初めて発見しました(出典: 東京工業大学研究ストーリー「Faces: 菅野了次」、原著論文)。同大の説明では、この物質は従来のリチウムイオン伝導体の2倍の伝導率に加え、既存のリチウムイオン二次電池の電解質である有機溶媒のイオン伝導率をも上回る値を示したとされます。

この発見が決定的だったのは、「固体の中をイオンは液体より遅い」というそれまでの常識を覆したからです。電池の出力や充電速度はイオンの移動の速さに大きく依存するため、「固体でありながら液体に匹敵・それ以上」という物質の存在は、全固体電池が研究室の夢ではなく現実の工業製品になり得ることの、最初の強い証左となりました。

その後も硫化物系固体電解質の高性能化の研究は続き、伝導率や出力特性の向上が相次いで報告されています。この「2011年の発見」を起点とした材料開発の流れが、各国メーカー・研究機関による開発競争を本格化させました。

3つの材料系統は「密着の難題」にどう答えるか

前章で名前を挙げた硫化物系・酸化物系・ハライド系。ここでは、「液系にはなかった課題に、それぞれどう応えようとしているのか」という視点で、トレードオフをもう少し深く掘り下げます。

その課題とは、「固体同士は密着しにくい」という点です。液体は電極の隙間まで入り込んで接触してくれましたが、固体同士では接触面がわずかでも欠けると、そこでイオンの通り道が塞がってしまいます(この「界面抵抗」の問題そのものは、後の章で詳しく扱います)。3系統の特徴とトレードオフを、改めて表に整理します(出典: Wikipedia「全固体電池」ほか一般的な整理)。

種類 代表例 強み 課題
硫化物系 Li10GeP2S12(LGPS)など 室温でも高いリチウムイオン伝導率。柔軟性があり密着性に優れ、室温での加圧のみで成形でき粒界抵抗を低減できる 空気中での安定性に課題。酸化安定性が低め
酸化物系 LLZO、LATP、LAGP、LLTOなど 熱力学的に安定で、安全性・耐熱性が高い 硬いため電極との密着が困難で、粒界抵抗が高い
ハライド系(塩化物系) Li3MCl6、Li2ZrCl6など 硫化物に匹敵するイオン伝導率に加え、高い酸化安定性と延性を持つ。低コストも見込まれる まだ研究段階。湿度耐性への注意が必要

表を「密着の難題」への答え方という視点で読み直すと、それぞれの立ち位置がはっきり見えてきます。

  • 硫化物系——「柔らかさ」で密着の難題に答えた主力候補:イオン伝導の速さでは液体に匹敵する水準に達し(LGPS以来の系譜)、材料自体に柔軟性があるため、室温での加圧のみで成形でき、粒界抵抗を低減できます。固体同士の密着という最大の難題に対して、いち早く現実的な答えを出した系統です。一方で、空気・湿度に弱いという弱点があり、乾燥環境での製造が必要になります。
  • 酸化物系——安定性では最有力、ただし硬い:熱力学的に安定で、安全性・耐熱性の高さは3系統の中でも際立っています。その一方で材料が硬いため電極との密着が難しく、粒界抵抗が高くなりがちなのがネックです。
  • ハライド系——硫化物の弱点を補う次世代候補:硫化物に匹敵するイオン伝導率を持ちながら、酸化安定性と延性に優れ、低コストも見込まれます。機械学習による材料探索でも硫化物系に匹敵する組成が発見されており、材料開発全体が加速しています。ただし依然として研究段階にあり、湿度耐性にも注意が必要です。

現時点で「どの材料が標準になるか」は決まっていません。量産・実証の最前線にいるのは硫化物系であり、その湿度への弱点を補う候補としてハライド系への期待が高まっている——これが現在の材料勢図です。

こうして見ると、全固体電池は安全性・温度範囲・エネルギー密度・寿命のすべてで液系を上回るポテンシャルを秘めると期待されています。では、この性能差は実際にEVのどんな体験を変えるのでしょうか。次の章では、航続距離・充電時間・安全性という3つの向上を、各社の公表値・報道ベースの数値とともに具体的に見ていきます。

なぜEVが変わるのか?——航続・充電・安全性の3つの向上

前章で見たように、全固体電池は「液体を固体に置き換えただけ」のデバイスでありながら、液系リチウムイオン電池とは異なる性能特性を持つと期待されています。EVにとってこれは、購入後の体験を左右する3つの要素——航続距離・充電時間・安全性——が同時に改善される可能性があることを意味します。この章では、それぞれの向上がなぜ起きるとされるのかを、各社の公表値・報道ベースの実証例とあわせて整理します。

航続距離——400〜500Wh/kg級セルの公表が相次ぐ

航続距離を左右するのは「エネルギー密度」、つまり電池1kgあたりに貯められる電気の量(Wh/kg)です。液系リチウムイオン電池のセルは現在260Wh/kg前後と言われており、ここから大きく伸ばすのは材料面で限界に近いとされます。

一方、全固体電池では400〜500Wh/kg級のセルに関する公表が報じられています。主な例は次のとおりです(⚠️ いずれも報道・公表ベースの伝聞であり、本稿では各社の一次発表の個別確認には至っていません。実験条件・セル形式・容量維持率が不明のため、数値の横比較はできません)。

  • SVOLT(中国): 硫化物系固体電解質を採用した20Ah級セルで400Wh/kgと報じられる(報道ベース)
  • 国軒高科(中国): 525Wh/kgのセルを公表し、パイロット段階に入ったと報じられる(報道ベース)
  • Ganfeng Lithium(中国): 500Wh/kg級セルの小規模生産に入ったと報じられる(報道ベース)

260Wh/kgの1.5〜2倍ということは、同じ重量・体積の電池に積める電気の量がそのぶん増えるため、理論上は航続距離も同じ比率で伸びる計算になります。「1回の充電で1000km超」という構想が語られるのは、この計算に基づくものです。参考までに、トヨタは次世代電池を搭載したBEVで1000km級の航続を目標に掲げています(出典: トヨタ ニュースルーム、2023年6月の技術説明会。これは全固体電池に限定した目標ではありません)。

高密度化できる理由は大きく2つあります。ひとつは、固体電解質の耐熱性・電気化学的な安定性により、液体電解質では使えなかった高エネルギー密度の負極材料(金属リチウムなど)を採用できる可能性があること。もうひとつは、液系に必須だった液漏れ対策や冷却・隔離の仕組みを簡素化でき、パック全体としても空間を効率的に使えるようになることです。

ただし注意点があります。上記の数値はいずれもセル単体の実証段階・公表・報道値であり、車に搭載される「パック」としての密度はこれより下がるのが一般的です。公表値がそのまま市販車の航続に直結するわけではない、と押さえておく必要があります。

充電時間——「6分で60%」「3分で10→80%」という報告

急速充電は、液系リチウムイオン電池が長年苦しんできた領域です。大電流での充電は発熱や電解液の分解(劣化)を招きやすく、充電速度には制約が大きいとされてきました。

全固体電池では、充電速度に関する注目すべき報告が出ています(⚠️ いずれも報道ベース。試験条件の詳細は確認できていません)。

  • 国軒高科: 車載での実験において「6分で60%充電」と報じられる
  • パナソニック: 小型のプロトタイプセルで「3分で10%→80%」を発表したと報じられる(2023年9月)

(出典: 報道各社、Wikipedia「全固体電池」記載の伝聞)

もしこの水準が大型車載セルの量産品で再現できれば、「充電待ち」というEVの代表的な不満が構造的に変わる可能性があります。給油に近い体感時間での充電は、長年語られてきた全固体電池の主要な魅力のひとつです。

速くできる背景には、前章で見た超イオン伝導体(LGPS)に代表される、固体電解質の「イオン伝導」の速さがあります。固体の中をリチウムイオンが液体中に匹敵する速さで移動できる材料では、イオンの受け渡しを高速に行えるためです。加えて、全固体電池は広い温度範囲で動作する公表例があり、低温時の急速充電の制約が緩和される可能性も指摘されています。

こちらも注意が必要です。パナソニックの例は小型セルのプロトタイプ、国軒高科の例も実験段階の報告とされており、「市販の大型車載セルで同条件が達成済み」を意味するものではありません。

安全性——不燃性電解質と釘刺し試験

3つ目は、EVにおいてとりわけ敏感なテーマである安全性です。

液系リチウムイオン電池の電解液は、可燃性の有機溶媒です。衝突などで電池内部が傷つき短絡(ショート)が起きると、電解液が発火の要因になり得るため、EVではセル同士の隔離・冷却・保護構造に多くの設計リソースが割かれています。

全固体電池の電解質は不燃性の無機固体です。発火の要因となる液体が存在しないため、熱に対する強さが構造的に高まることが期待されています。

安全試験の公表例を2つ挙げます。マクセルは小型全固体電池について、350℃加熱や釘刺し、外部短絡といった各種安全性試験で発火・発煙がなかったことを製品ページで公表しています(出典: マクセル製品サイト。一次確認済み)。車載向けでは、SVOLTが釘貫通試験——電池セルに鋼釘を貫通させて内部短絡を強制的に起こす、もっとも過酷な安全試験のひとつ——や高温試験への合格を報じられています(報道ベース。試験条件の詳細は確認できていません)。

安全性の向上は、単に「燃えにくい」というだけでは終わりません。液系で必須だった冷却機構や衝撃吸収のための隔離スペースを減らせる可能性があり、それがパック設計の自由度・重量効率の改善、ひいては前述の航続距離にもつながる好循環が見込まれています。

もちろん「全固体電池なら絶対に発火しない」という意味ではありません。量産品の安全性は製造品質やパック設計にも依存しますし、金属リチウム負極を使う構成ではリチウムデンドライト(樹枝状析出物)など新たな課題も研究されています。あくまで「電解質が不燃性であるという構造的な有利さがある」と理解するのが正確です。

補足: 寿命(1万サイクル超の報告)がもたらす「車と電池の寿命の一致」

航続・充電・安全性の3点に加えて、見落とされがちな4つ目の変化が「寿命」です。

全固体電池では、サイクル寿命(充放電を繰り返せる回数)が1万回を超えるとの報告があります(報告値ベース。材料系・セル設計・試験条件により幅があります。出典: Wikipedia「全固体電池」ほか)。試算として、1万回を1日1回の充放電に換算すると約27年分に相当します。報告値がそのまま実車環境で再現されるわけではありませんが、液系の数千回程度とされる水準と比べると、大きな伸びしろを示す数字です。

長寿命とされる理由のひとつは、無機固体電解質がリチウムイオンを選択的に通す性質を持つため、液体電解質で進みやすい電極との副反応(劣化反応)が起きにくいとされる点です。ただし、固体界面での分解・副反応やデンドライト析出など、寿命を縮め得る要因の研究も続けられており、長寿命の実現には界面設計が鍵になると考えられています。

寿命が伸びると何が変わるのか。現在のEVでは、車体より先に電池が劣化し、電池交換が大きなコスト要因になるケースが懸念されてきました。電池の寿命が車両の寿命に追いつけば、「電池が原因での買い替え・交換」の必要性が下がり、中古車評価におけるバッテリー状態への不安にも影響を与える可能性があります。「車と電池の寿命の一致」は、カタログ性能以上に所有コストを変えるポイントかもしれません。

本章の実証例・公表値一覧

項目 実証例・公表値 企業・機関 出典区分
エネルギー密度 400Wh/kg(硫化物系20Ahセル)と報じられる SVOLT 報道ベース
エネルギー密度 525Wh/kgのセルを公表と報じられる 国軒高科 報道ベース
エネルギー密度 500Wh/kg級の小規模生産と報じられる Ganfeng Lithium 報道ベース
急速充電 6分で60%(車載実験)と報じられる 国軒高科 報道ベース
急速充電 3分で10→80%(小型プロトタイプ、2023年9月)と報じられる パナソニック 報道ベース
安全性 350℃加熱・釘刺し・外部短絡で発火発煙なし(小型セル) マクセル 一次確認済み(同社製品サイト)
安全性 釘貫通試験・高温試験への合格が報じられる SVOLT 報道ベース
寿命 1万サイクル超の報告 複数の報告 報告値ベース
エネルギー密度 従来のリチウムイオン電池の約2倍のポテンシャル 日産 一次確認済み(同社公式サイト)

※いずれも実証・公表・報道段階の数値であり、市販製品での保証値ではありません。試験条件・セル形式・容量維持率が不明のものは横比較できません。

本章のまとめ

航続(液系比1.5〜2倍級とされるエネルギー密度)、充電(数分台での充電報告)、安全(不燃性電解質)、寿命(1万サイクル超の報告)——この4つがそろえば、EVの設計思想と所有体験は大きく変わる可能性があります。ただしこれらの多くは実証例・公表値・報道ベースの段階であり、市販車での実現は量産技術にかかっています。次章では、その「量産の壁」を見ていきます。

なぜ「量産の壁」と呼ばれるのか?——3つの関門

ここまでの章で、全固体電池が航続距離・充電時間・安全性のすべてで液系リチウムイオン電池を上回る可能性を秘めていることを見てきました。「これほど優れた電池なら、とっくに普及していていいはずだ」と感じた読者の方も多いでしょう。実際、全固体電池は「電池の理想形」と呼ばれながらも、長らく実用化が先送りされてきました。

意外に思われるかもしれませんが、全固体電池に「実績ゼロ」の時代はすでに終わっています。2010年代後半からはマクセルなどが小型セル(第1世代)の製品化・量産を進めており、産業用途では実績が積み上がってきました(マクセルの製品展開は同社製品サイトで確認できます。出典: Wikipedia「全固体電池」)。ところが、EVに搭載できるような大型セル(第3世代)の量産は、各社が2020年代半ばに量産化計画を公表し始めた段階です(公表・計画ベース)。

この小型と大型の間に横たわるギャップ。そこにあるのが、本記事のテーマのひとつである「量産の壁」です。壁は大きく3つ——界面抵抗・加圧構造・コスト——に分けられます。この章では、それぞれの壁がなぜ立ちはだかるのかを、順に解きほぐしていきます。

壁① 界面抵抗——固体同士はなぜ密着しにくいのか

最初の壁は、固体ならではの「密着の難しさ」です。

液系電池では、液体電解質が電極表面の微細な凹凸に浸透していき、面全体で確実に接触します。液体は電極の隙間の隅々まで回り込む「伸縮自由な素材」だとイメージしてください。このおかげで、リチウムイオンは電極との接触面のどこからでもスムーズに受け渡しができます。

一方、固体電解質では話が違います。固体と固体は、表面の微細な凹凸がそのまま障害物になり、実際に触れているのは面ではなく点や線の集合にとどまりがちです。イオンの受け渡しできる「窓口」が減るため、界面での抵抗(界面抵抗)が大きくなり、せっかくの材料性能が出し切れなくなります。

さらに厄介なのは、この接触が一度できあがりで終わりではない点です。電極材料は充放電のたびに膨張・収縮するため、その体積変化でせっかく形成した界面の接触が壊れる問題があります。何千回・何万回もの充放電に耐える車載用途では、この「接触の劣化」への対策が死活問題になります。

前の章で見た固体電解質の3系統の違いも、ここで効いてきます(出典: Wikipedia「全固体電池」)。

  • 酸化物系:熱には強いものの硬いため電極との密着が困難で、粒界抵抗が高い
  • 硫化物系:柔軟性・密着性に優れ、室温での加圧のみで成形でき粒界抵抗を低減できる
  • ハライド系:延性(粘り強さ)が高く、密着を取りやすい次世代の候補

多くの量産計画が硫化物系を軸に進んでいるのは、「柔らかくて密着しやすい」というこの材料特性が、界面抵抗の壁を最も乗り越えやすいためです。ただし硫化物系には別の弱点があり、それが壁③のコストにもつながります。詳細は章末の補足で触れます。

壁② 加圧構造——電池パック設計を複雑にする「圧」の問題

2つ目の壁は、壁①と表裏の関係にあります。固体同士の接触を維持するには、外部から継続的に圧力をかけ続ける必要がある場合があるのです。

液系電池なら、液体が電極に追従するため強い押さえつけは不要です。ところが全固体電池では、充放電のたびに電極が膨張・収縮して界面が「呼吸」しています。この呼吸に合わせて接触を保ち続けるには、電池スタックを押さえ込む加圧機構がセットで必要になります。

これは車載用途ではとりわけ深刻です。走行中の振動や衝撃は絶えず電池に加わりますし、パックには厳格な安全設計が求められます。加圧機構を組み込むと、電池パックの構造設計は複雑化し、部材のぶんだけ重量も増えます。前章で「パック設計の自由度が上がる」とお話しした利点が、加圧という条件付きでしか発揮できない——ここに全固体電池の実装の難しさがあります。

興味深いのは、この分野の特許活動が活発化している事実です。WIPO(世界知的所有権機関)の技術動向報告『Technology Trends: Future of Transportation』によれば、固体電池関連の公開特許ファミリーは2010年の290件から2023年には2,000件超へと増加しています(出典: WIPO同報告。同報告は固体電池を「商業規模の生産、複雑で高コストな製造プロセス、固体電解質と電極の界面の安定性」を課題とする新興技術として分析しています)。

特許出願がこのペースで増え続けているということは、各社が界面の維持や製造プロセス、加圧・構造設計を巡って知恵の絞りどころとして競っていることの表れでもあります。壁であると同時に、勝負どころでもある——特許統計が物語るのは、そうした状況です。

壁③ コスト——液系を大きく上回る価格、量産でどこまで下がるか

3つ目の壁は、もっとも分かりやすく、もっとも深刻なコストの問題です。

全固体電池のコストは、現時点で液系リチウムイオン電池を大きく上回るとされています(報道・業界分析ベース)。定量的な公表値は用途や時期によって幅があり、本稿では特定の倍率を掲げることは控えますが、割高の主因は次の3つで、壁①・壁②と連動しています。

  • 製造環境:硫化物系固体電解質は空気・湿度に弱いため、乾燥環境での製造設備が必須になる
  • 工程の精度:界面抵抗を下げるための精密な界面形成や、加圧を前提とした組み立て工程が必要になる
  • 材料コスト:高エネルギー密度化のための新材料(金属リチウム負極など)が割高になりがち

つまり3つの壁は独立した問題ではなく、「界面が難しいから加圧が必要、加圧のために構造が複雑になり、乾燥室や精密工程でコストが上がる」という連鎖になっているのです。

コスト高が示唆するのは、「全固体電池は価格に見合う価値がある場所から搭載が始まる」という未来の姿です。重量あたりの性能が何よりも優先されやすい宇宙・航空・産業用途や、高価格帯モデルから実績を積み、量産効果でコストが下がる——という普及の順路が語られることが多い分野です(宇宙での動作実証はJAXA・日立造船が実施済み。出典: JAXAプレスリリース)。

前向きな材料もあります。液系リチウムイオン電池も、登場当初は高価な電池でした。量産ラインの大規模化と製造ノウハウの蓄積によってコストを下げ、自動車に搭載できる価格帯まで到達した歴史があります。全固体電池の将来を占う最大の指標は、この「量産によるコスト低下カーブ」がどこまで描けるかに他なりません。

補足: 硫化物系の湿度弱点とハライド系への期待

3つの壁を締める前に、材料面での追加情報を整理しておきましょう。

前述のとおり、現在の量産計画の主役である硫化物系には「空気・湿度に弱い」という弱点があります。乾燥した環境で製造する必要があるため、これが製造コストを押し上げる要因のひとつです(出典: Wikipedia「全固体電池」)。

この弱点を補う次世代候補として注目されているのが、ハライド系(塩化物系)固体電解質です。硫化物に匹敵するイオン伝導率を持ちながら、高い酸化安定性と延性を備え、コストも低いと見込まれています。近年は機械学習による材料探索でも硫化物系に匹敵するハライド系の組成が発見されており、材料開発が加速しています(出典: Wikipedia「全固体電池」)。

ただし、ハライド系はまだ研究段階であり、湿度耐性にも注意が必要です。量産実績という点ではこれからです。「硫化物系でまず量産し、ハライド系で壁を下げる」という二段構えが、今後数年の材料開発の基本的な流れと考えてよいでしょう。

本章のまとめ

最後に、3つの壁を一覧できるように整理します。

壁 内容 現状の目安
① 界面抵抗 固体同士は密着しにくく、充放電の体積変化で接触が壊れる 硫化物系の柔軟性・密着性で低減するのが現実解。酸化物系は粒界抵抗が高め
② 加圧構造 接触を維持する外部加圧でパック設計・重量が複雑化 固体電池関連の公開特許ファミリーが2010年290件→2023年2,000件超(WIPO報告)
③ コスト 製造環境・工程・材料の連鎖で割高 液系を大きく上回るとされる(定量的公表値は幅あり)。量産による低減がカギ

重要なのは、壁の主戦場が「材料そのもの」から「製造・構造」へと移っていることです。界面抵抗は硫化物系の発見により突破の目処が立ち、いま各社が競っているのは加圧機構の設計と量産でのコスト低下です。壁が消えたわけではなく、壁の越え方が見えてきた——それが2026年現在の到達点です。

では、その「越え方」を手にした各社は、いつ市販車に全固体電池を載せるのでしょうか。次章では、各社のロードマップをタイムラインで見ていきます。

各社のロードマップは?——「いつ」載れるのか

ここまで、「なぜ全固体電池が有望なのか」「なぜ量産が難しいのか」を見てきました。本章では、読者のいちばん気になるところ——「では、いつ車に載るのか」——を、各社の公表・報道ベースのスケジュールから整理します。

最初に重要な注意点をひとつ。以下に挙げる時期は、すべて各社の公表・報道に基づく計画値です。本稿で一次資料での確認に至ったのは日産(2028年度までの搭載EV投入目標)など一部であり、その他は報道・Wikipedia記載の伝聞を含みます。電池業界では実用化時期の延期がたびたび発生してきた分野でもあり、記載の年号は「執筆時点(2026年9月)で公表・報道されている計画値」と理解してください。(出典: 報道各社、Wikipedia「全固体電池」、日産自動車公式サイト)

タイムラインで見る——2026年→2027年→2028年

現在公表・報道されている主なロードマップを時系列で並べると、次のとおりです。

時期(公表・計画ベース) 企業 内容・ステータス
2025年 国軒高科(中国) 525Wh/kg級セルのパイロットライン稼働と報じられる(量産前の実証段階)
2026年 広州汽車集団(中国) 車載用大型セルの実用化を目標に掲げると報じられる
2026年 CATL・BYDほか中国勢 第3世代(車載用大型セル)の量産開始の初年度と位置付けると報じられる
2026年 Ganfeng Lithium(中国) 500Wh/kg級セルの小規模生産開始と報じられる
2027年 CATL(中国)/サムスンSDI(韓国) 実用化を計画と報じられる
2027〜2028年 日産/トヨタ(日本) 日産: 2028年度までの搭載EV投入を目標(一次: 同社公式サイト)。トヨタ: 2027〜2028年ごろの実用化に向け開発中と報じられる

(出典: 報道各社、Wikipedia「全固体電池」、日産自動車公式サイト)

同じ内容を図にすると、次のようになります。

timeline
    title 全固体電池のロードマップ(公表・計画・報道ベース)
    2025年 : 国軒高科がパイロットライン稼働と報じられる
    2026年 : 中国勢が量産開始初年度と位置付けると報じられる : Ganfengの小規模生産が報じられる
    2027年 : CATL・サムスンSDIの実用化計画が報じられる
    2027〜2028年 : 日産(一次確認済み)・トヨタが実用化を目指す

この並びを見ると、構図がはっきりします。中国勢が2026年に先陣を切る構えを見せ、韓国勢が2027年、日本勢が2027〜2028年で続く——3年間に実用化計画が集中する、実用化ラッシュの風景です。

中国勢の「2026年量産初年度」宣言

とくに象徴的なのが、中国勢の姿勢です。CATLやBYDといった中国の大手電池・自動車メーカーは、2026年を第3世代(車載用大型セル)全固体電池の「量産開始の初年度」と位置付けていると報じられています(報道ベース。実際の生産開始時期・規模は、今後の各社公式発表の検証が必要です)。あらかじめ年号を宣言して業界の期待と競争を一気に高める、中国の新エネルギー産業でよく見られる手法です。パイロットライン(国軒高科)や小規模生産(Ganfeng Lithium)の動きも報じられている点は特筆に値しますが、これらも報道ベースの情報にとどまります。

一方で、この分野の特許では日本勢が厚い蓄積を持つとされ、2020〜2023年の付与件数でトヨタが世界首位とする分析が報じられています(出典: 調査レポート・報道ベース。件数の定義は分析により異なるため、特定の数値は避けます)。

つまり現状は、「材料・特許の蓄積では日本勢」「量産投入のスピードでは中国勢」という構図です。2027〜2028年に日本勢が計画どおり大型セルを市販車へ載せられるのか、その間に中国勢が量産と低コスト化で先行を広げるのか——この3年間が、数十年ぶんの開発競争の決着がつき始める時期になりそうです。

EV以外にも広がる——小型・宇宙・航空

全固体電池の実用化は、車載の大型セルだけを待っているわけではありません。むしろ小型から順に実績を積む動きが進んでいます。

  • 小型・産業用途: マクセルは硫化物系の小型全固体電池の製品展開を進めています。同社製品ページでは、-50〜+125℃の放電温度範囲や、350℃加熱・釘刺し・外部短絡で発火・発煙なしといった特性が公表されており(一次: マクセル製品サイト)、高温環境でのインフラモニタリングなど産業用途を中心に広がっています。TDKも2024年6月、従来品の約100倍にあたるエネルギー密度(1000Wh/L)の次世代全固体電池用材料を開発したと発表したと報じられており(報道ベース)、ウェアラブルデバイスなど小型機器からの採用が期待されています。
  • 宇宙: 2022年8月、JAXAと日立造船は、国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」に搭載した全固体リチウムイオン電池の充放電動作を宇宙環境で確認したと発表しました(一次: JAXAプレスリリース)。世界初の成果で、電池の電力で監視カメラを動作させる実証も行われました。真空・極端な温度変化という過酷な環境での動作を示した例です。
  • 航空: 電動航空機への全固体電池の適用も研究開発が進む分野です。重量あたりの性能が重視される航空用途は、高出力密度の電池が報われやすい市場のひとつとされます(研究開発段階。商用運航での全固体電池搭載実績の公表は、本稿では確認できていません)。

(出典: マクセル製品サイト、JAXAプレスリリース、報道各社、Wikipedia「全固体電池」)

小型→宇宙・航空→車載、と用途ごとに実績を積み重ねながら、大型セルの量産技術が成熟していく——そうした複数の最前線を同時に進める展開も、今回の実用化ラッシュの特徴と言えます。

「いつ」への答え——2026〜2028年の集中帯

本章の内容をまとめましょう。

  • 公表・計画ベースでは、広州汽車(2026年)→CATL・サムスンSDI(2027年)→日産・トヨタ(2027〜2028年)と、大型セルの実用化計画が3年間に集中している(日産の2028年度目標以外は報道ベース)
  • 特許面でリードする日本勢と、量産スピードで攻める中国勢の競争が、2027〜2028年に本格化する
  • 車載以外にも、小型(マクセル・TDK)・宇宙(ISS実証、一次確認済み)と、実績の裾野が広がり始めている

ただし、「量産開始の公表」と「一般の人が買える車への本格搭載」の間には、量産歩留まりとコスト低下という高いハードルがあります(前章で見たとおりです)。公表どおりに進むかどうかは、今後の量産ラインの稼働状況を見ていくしかありません。

「結局、いつ買えるの?」「どうしてこれほど遅かったのか?」——次章では、そうしたよくある疑問にFAQ形式で答えていきます。

よくある質問(FAQ)

ここまでの内容をもとに、全固体電池についてよく寄せられる疑問に、端的に答えます。

Q: 全固体電池とは簡単に言うと何ですか?

正極と負極の間でリチウムイオンを運ぶ「電解質」を、可燃性の液体電解質(電解液)から不燃性の無機固体に置き換えた電池のことです。液体を一切使わないため電解液に由来する液漏れや発火のリスクが低く、高温・低温に強く、長寿命が期待される電池です(出典: Wikipedia「全固体電池」、日産自動車公式サイト)。なお、電解質の液体比率による区分(一つの整理例では、15%〜5%が半固体、5%以下が固体、0%が全固体)は規格値ではなく、あくまで目安です。

Q: 全固体電池車はいつ買えますか?

各社の公表・計画ベースでは、中国勢が2026年を量産開始の初年度と位置付けていると報じられ(報道ベース)、CATLとサムスンSDIが2027年、日産とトヨタが2027〜2028年ごろの実用化を目指しています。日産は2028年度までに全固体電池搭載のEVを投入する目標を公式サイトで公表しています(一次確認済み)。執筆時点では、市販車での本格搭載開始は確認されていません。まずは高価格帯の車種や限られた地域から搭載が始まると見られ、本格普及の正念場は2027〜2028年とされています。

Q: 全固体電池は本当に発火しませんか?

電解質が不燃性の無機固体のため、可燃性の電解液に起因する発火リスクは構造的に大幅に減ります。実際、マクセルの小型セルでは、350℃加熱や釘刺し、外部短絡といった試験で発火・発煙がなかったと同社が公表しています(一次: 同社製品サイト)。車載向けセルでも過酷な安全試験への合格が報じられています(報道ベース)。ただし電池部品としてすべての発火要因が消えるわけではなく、セルやパック全体の安全性は設計・製造品質・試験条件にも依存します。「絶対に燃えない」ではなく「液系より安全面で有利な構造」と理解するのが正確です。

Q: なぜこれまで実用化されなかったのですか?

最大の壁は「界面抵抗」です。液体は電極になじみますが、固体同士は密着しにくく、充放電時の体積変化で接触が壊れるため、性能が出しにくいという問題がありました(出典: Wikipedia「全固体電池」)。加えて、接触を保つための加圧構造が電池パックを複雑にすること、コストが液系を大きく上回ることも実用化を遅らせてきました。転機となったのは2011年で、東京工業大学の菅野了次教授らの研究グループが室温で液体を上回る速さでリチウムイオンが動く硫化物系「超イオン伝導体」Li10GeP2S12を発見し(出典: 東工大研究ストーリー、原著論文)、実用化競争の起点となりました。

Q: スマホや家電にも使われるのですか?

小型用途では実績があり、第1世代の小型セルはすでに製品化されています(出典: Wikipedia「全固体電池」)。マクセルは硫化物系の小型全固体電池の製品展開を進めており、-50〜+125℃の放電温度範囲など高温環境に強い産業用途を中心に広がっています(一次: 同社製品サイト)。TDKも2024年6月に従来比約100倍のエネルギー密度(1000Wh/L)を持つ材料を開発したと報じられており(報道ベース)、ウェアラブル機器などへの搭載が期待されています。

まとめ——「電池の理想形」は、量産化の正念場にいる

ここまで見てきたように、全固体電池はもはや「いつか来る未来の技術」ではありません。小型セルは製品化され、宇宙での動作実証も成功しており、車載向け大型セルについて各社が量産化の計画を公表し始めています。中国勢は2026年を量産開始の初年度と位置付けると報じられ、CATLとサムスンSDIが2027年、日産とトヨタが2027〜2028年ごろの実用化を目指す計画です(公表・報道ベース。日産の2028年度目標は一次確認済み)。理論上の理想形と呼ばれてきた電池が、量産の現場に届くかどうかの正念場が、いま始まっています。

最後に、この記事の要点を3つに整理します。

ポイント① 全固体電池とは——液体をゼロにした電池の理想形

全固体電池とは、正極と負極のあいだのリチウムイオンのやり取りを、不燃性の固体電解質だけで担う電池のことです。電解質の液体比率による区分の目安は、半固体電池が15%〜5%、固体電池が5%以下、そして全固体電池が0%(Wikipedia記載の整理例。規格値ではない)。

液体電解質が抱えてきた蒸発・液漏れ・発火・劣化という問題を大幅に低減し得る構想は、電池研究者が長年追い求めてきた「理想形」そのものでした。その転機となったのが2011年、東京工業大学の菅野了次教授らの研究グループによる硫化物系「超イオン伝導体」Li10GeP2S12の発見です。室温で液体中を上回る速度でリチウムイオンが動く固体電解質の登場により(出典: 東工大研究ストーリー、原著論文)、研究は一気に実用段階へ進みました。固体電解質は硫化物系・酸化物系・ハライド系の3大種類に大別され、伝導率・安定性・コストのトレードオフをにらみながら選択が進んでいます。

ポイント② EVはこう変わる——航続・充電・安全性の同時向上

液系リチウムイオン電池の重量エネルギー密度が260Wh/kg前後と言われるのに対し、全固体電池では400〜500Wh/kg級セルの開発・公表が報じられており(報道ベース)、日産は従来のリチウムイオン電池の約2倍のエネルギー密度のポテンシャルを公表しています(一次: 同社公式サイト)。トヨタが次世代電池で1000km級の航続目標を掲げるなど(一次: 同社技術説明会)、EVの航続距離は1000km級へ伸びる構想が現実味を帯びています。

充電速度でも、「6分で60%充電」(国軒高科の車載実験と報道)や「3分で10%→80%」(パナソニックの小型プロトタイプと報道)といった報告があり(いずれも報道ベース)、充電の待ち時間というEV最大の不満を覆す可能性を秘めています。さらに、不燃性の電解質により電解液に由来するリスクが構造的に低減され、釘刺し試験で発火・発煙なしと公表するメーカーもあります(一次: マクセル)。サイクル寿命1万回超の報告を踏まえれば、車と電池の寿命が一致する時代も見えてきます。

ポイント③ 量産の壁は「材料」から「製造・構造」へ

かつての壁は「イオンを通す固体電解質材料が存在しないこと」でした。いまの壁は違います。

  • 壁① 界面抵抗: 固体同士はなじまず、電極と電解質の密着面に抵抗が生じる。充放電時の体積変化で接触が壊れる問題もあります。
  • 壁② 加圧構造: 固体同士の接触を保つため外部加圧が必要な場合があり、電池パックの設計が複雑化します。WIPOの報告では固体電池関連の公開特許ファミリーが2010年の290件から2023年に2,000件超へ増加しており(一次: WIPO報告)、加圧・界面技術そのものが競争領域になっています。
  • 壁③ コスト: 現時点で液系を大きく上回るとされるコスト(定量的公表値は幅あり)。量産効果でどこまで下げられるかが普及の分水嶺です。

加えて、主戦力の硫化物系電解質は空気中の湿度に弱く、乾燥環境での製造が不可欠という製造上の制約も抱えています。

2027〜2028年が本格普及の正念場

各社のスケジュールを改めて並べると、こうなります。

  • 2026年: 中国勢が量産開始の初年度と位置付けると報じられる(報道ベース)
  • 2027年: CATL、サムスンSDIの実用化計画が報じられる(報道ベース)
  • 2027〜2028年: 日産(一次確認済み: 2028年度までの搭載EV投入目標)・トヨタ(報道ベース)の実用化計画

日本勢は一歩出遅れて見えますが、マクセルなどが小型(第1世代)セルを製品化してきた実績があり(一次: 同社製品サイト)、TDKも従来比約100倍のエネルギー密度(1000Wh/L)を持つ材料を発表したと報じられています(報道ベース)。2022年8月にはJAXA・日立造船によるISS「きぼう」での充放電実証にも成功しており(一次: JAXAプレスリリース)、実装の裾野は車載以外にも広がっています。特許の付与件数ではトヨタが首位とする分析もあり(報道ベース)、技術の積み上げは厚いといえます。

これから注目すべき2つのサイン

読者がこれから全固体電池の動向を追うなら、次の2つの指標を見るのが近道です。

  1. 大型セルの量産歩留まり: 中国勢の量産が、車載で要求される品質と生産性を両立できるか。量産線の稼働率や不良率のニュースが、実用化の実態を映します。
  2. コスト低下カーブ: 現在液系を大きく上回るとされるコストが、量産でどこまで下がるか。EV価格への影響はここから読み取れます。

全固体電池の物語は、「材料を探す段階」から「製造と構造を磨く段階」へと舞台を移しました。2027〜2028年の正念場を、ぜひこの2つのサインとともに見届けてください。

参考文献

  • Wikipedia「全固体電池」: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E5%9B%BA%E4%BD%93%E9%9B%BB%E6%B1%A0 (定義・固体電解質の分類・各社ロードマップ・性能諸元の総括的情報源。本記事では「伝聞」と明示した上で参照)
  • 東京工業大学 研究ストーリー「Faces: 菅野了次」: https://www.titech.ac.jp/public-relations/research/stories/faces16-kanno (2011年の超イオン伝導体Li10GeP2S12発見。一次確認済み)
  • 日産自動車 技術解説「全固体電池(ASSB)」: https://www.nissan-global.com/EN/INNOVATION/TECHNOLOGY/ARCHIVE/ASSB/ (2028年度までの全固体電池搭載EV投入目標、約2倍のエネルギー密度ポテンシャル。一次確認済み)
  • トヨタ自動車 ニュースルーム「Toyota Unveils New Technology That Will Change the Future of Cars」: https://global.toyota/en/newsroom/corporate/39288520.html (2023年6月技術説明会。次世代電池で1000km級航続の目標。一次確認済み)
  • WIPO「Technology Trends: Future of Transportation」: https://www.wipo.int/web-publications/wipo-technology-trends-future-of-transportation/en/5-emerging-technologies-in-transportation.html (固体電池関連の公開特許ファミリー: 2010年290件→2023年2,000件超。一次確認済み)
  • JAXA プレスリリース(2022年8月): https://global.jaxa.jp/press/2022/08/20220805-1_e.html (ISS「きぼう」における全固体電池の充放電実証、世界初。一次確認済み)
  • 日立造船「全固体電池」事業紹介: https://www.hitachizosen.co.jp/english/business/field/functional/as-lib.html (宇宙用全固体電池の開発実績)
  • マクセル「全固体電池」製品サイト: https://biz.maxell.com/ja/rechargeable_batteries/allsolidstate.html (小型・産業用途の製品特性: -50〜+125℃放電温度範囲、安全試験結果。一次確認済み)
  • FDK ニュースリリース(2020年6月23日): https://www.fdk.co.jp/whatsnew-j/release20200623-j.html (酸化物系全固体電池の量産開始)
  • New Scientist「What are solid-state batteries and why do we need them?」: https://www.newscientist.com/article/2398896-what-are-solid-state-batteries-and-why-do-we-need-them/ (全固体電池の基礎と課題の平易な解説)

※本記事のうち「一次確認済み」と記した事項(東工大・日産・トヨタ・WIPO・JAXA・マクセル)は、上記URLの一次資料を2026年9月8日に直接確認したものです。「報道ベース」「報告値ベース」と記した数値・時期は、Wikipedia「全固体電池」や報道に依拠する伝聞であり、一次確認には至っていません。各社の実用化時期は今後変更される可能性があります。

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