従業員の退職で会社が潰れる——「従業員退職型」倒産83件が示す人手不足の新局面

帝国データバンクが2026年8月7日に発表した調査で、従業員の退職が引き金となった「従業員退職型」倒産が1-7月で83件に達し、5年連続の増加となった。年間では過去最多の更新が確実だ。人手不足倒産の主役が「採用できない」から「今いる人に辞められる」へ移り変わるなか、賃上げできない中小企業が直面するジレンマを読み解く。

従業員の退職で会社が潰れる——「従業員退職型」倒産83件が示す人手不足の新局面

人手不足で会社が潰れる、と聞いたとき、多くの人は「求人を出しても応募が来ない」場面を思い浮かべるだろう。だがいま日本の中小企業を追い詰めているのは、それとは別の形をした人手不足だ。今いる従業員に辞められて、事業が回らなくなる——帝国データバンクが2026年8月7日に発表した調査は、この「従業員退職型」の倒産が2026年1-7月で83件に達し、5年連続で増加したことを明らかにした。年間では過去最多の更新がほぼ確実な情勢である。

採用難は「入口」の問題だが、退職は「出口」の問題だ。そして出口から人が抜けていく速度に、入口からの補充が追いついていない。この記事では、最新の統計と実際の倒産事例から、日本の中小企業がいま何に追い詰められているのかを整理する。

背景:人手不足倒産の主役が入れ替わった

人手不足に起因する倒産という現象自体は、目新しいものではない。東京商工リサーチの集計によれば、2025年の「人手不足」関連倒産は過去最多の397件に達し、4年連続で前年を上回った。2026年上半期(1-6月)はさらに加速し、237件と前年同期比37.7%増、3年連続で過去最多を更新している。

変わったのは、その内訳だ。人手不足倒産は一般に「求人難」「従業員退職」「人件費高騰」の3類型に分けられる。かつて中心だったのは求人難だったが、2026年上半期に急増したのは人件費高騰型で、120件と前年同期の2.4倍に膨れ上がった。そして帝国データバンクが今回スポットを当てた従業員退職型も、2022年以降5年連続で増え続けている。

つまり、いま起きているのは単純な「人が足りない」ではない。人を確保するためのコストを払えず、払えないから人が去り、去られたから事業が止まるという連鎖である。

企業側の実感としても、人手不足は慢性化している。帝国データバンクが2026年4月時点で実施した調査では、正社員の不足を感じている企業は50.6%と、2社に1社の水準だった。業種別では情報サービスが66.7%で最も高く、7業種が6割を超えている。

数字が示す実相:83件という規模の意味

改めて、今回の調査の中身を確認しておきたい。帝国データバンクの集計対象は、負債1,000万円以上の法的整理による倒産で、集計期間は2013年1月から2026年7月31日まで。この条件下で、2026年1-7月の従業員退職型倒産は83件だった。前年同期の74件から9件、率にして約12.2%の増加である。

前年(2025年)の年間実績は124件で、この類型としては初めて年100件を超えた。2026年は7月末時点ですでに83件に達しているため、単純にペースを延長すれば140件を超える計算になる。過去最多の更新は確実と見てよい。

業種別の分布には、はっきりした偏りがある。

  • サービス業:22件(全体の26.5%で最多)。老人福祉施設や美容室での発生が目立つ
  • 建設業:20件。1-7月として初めて20件台に到達した
  • 運輸・通信業:12件(前年同期8件)。貨物自動車運送が中心で、1-7月として初めて10件を超えた

さらに東京商工リサーチのデータを重ねると、規模の小ささが際立つ。2026年上半期の人手不足関連倒産237件のうち、資本金1,000万円未満が154件と全体の約65%を占め、形態別では破産が229件で96.6%に達した。再建型の民事再生ではなく、清算に向かう破産がほとんどということだ。体力が尽きてから倒れるのではなく、人が抜けた瞬間に事業そのものが成立しなくなる——そういう倒れ方をしている。

業種別に共通する「属人性」という時限爆弾

サービス業、建設業、運輸業。この3業種が上位を占めるのは偶然ではない。共通しているのは、事業の中核が特定の個人の技能や資格に強く依存していて、簡単には代替がきかないという点だ。

老人福祉施設では介護職員の頭数が人員配置基準に直結し、基準を割れば運営そのものができなくなる。美容室では指名客を抱えるスタイリストが1人辞めれば、その分の売上が丸ごと消える。建設業では現場を仕切る職人や、受注を取ってくる営業担当が抜ければ、案件そのものが回らない。運輸業ではドライバーがいなければトラックは動かない。

帝国データバンクは、実際の事例として2社を挙げている。貨物運送を手掛けていた東海サービスは、受注環境の激化と燃料費の高騰で収益性が圧迫されるなか、ドライバーの賃上げを進められずに退職が相次ぎ、2026年5月に破産した。内装工事を中心に展開していた五十嵐建設は、中核メンバーの独立や退職が続いたことで人手不足が深刻化し、損益面でも赤字に陥って2025年12月に破産し、事業継続を断念した。

帝国データバンクはまた、従業員のケガや長期離脱によるオペレーション能力の低下が倒産の原因となったケースも報告している。転職でも独立でもなく、単に1人が働けなくなっただけで事業が止まる。少数の熟練者に依存した組織の脆さが、そのまま企業の生存確率に直結しているということだ。

賃上げのジレンマ:上げなければ辞められ、上げれば潰れる

では、賃上げをすればいいのか。話はそう単純ではない。

帝国データバンクは今回の分析で、労働市場の流動性が高まっていることを背景に「待遇改善をしないことによる人材流出リスク」が顕在化していると指摘する。転職が当たり前になった労働市場では、待遇に不満を持つ従業員が外に出ていくハードルは大きく下がった。従業員個人にとっては選択肢が増えた望ましい変化だが、送り出す側の中小企業にとっては、同じ変化が人材の剥落リスクとして跳ね返ってくる。

ところが、賃上げを実行した側にも別の落とし穴が待っている。前述のとおり、2026年上半期に最も急増したのは人件費高騰型の倒産だった。中小企業庁の2026年版中小企業白書は、中小企業の労働分配率がすでに8割に近い水準にあると指摘している。稼いだ付加価値の8割を人件費に回している企業に、これ以上の上積み余力はほとんど残っていない。

このジレンマの根っこにあるのが、価格転嫁の問題だ。賃上げ原資は本来、コスト上昇分を販売価格に反映させることで生まれる。ところが下請構造の深い層にいる企業ほど価格交渉力が弱く、転嫁が遅れる。原材料費も燃料費も上がり続けるなか、値上げできない企業は利益を削って人件費を捻出するしかなく、それも限界に達すれば賃上げを諦める。諦めれば人が辞める。辞めれば潰れる。

賃上げできないから倒れる企業と、賃上げしたから倒れる企業が同時に存在する。これが2026年の中小企業が置かれている状況である。

影響と今後

この流れが続いた場合、影響は倒産件数の統計に留まらない。

まず、生活インフラの縮小として現れる可能性がある。老人福祉施設や貨物運送、地域の建設業者は、いずれも代わりが利きにくい社会インフラだ。それらが人手を理由に事業を畳んでいけば、介護サービスの供給地図や物流網に穴が開く。とりわけ人口の少ない地域では、事業者が1社撤退しただけでサービスが空白になる。

次に、企業の淘汰と集約が進む。資本金1,000万円未満の零細企業に倒産が集中している以上、生き残るのは価格転嫁力を持つ企業か、省人化投資に踏み切れた企業ということになるだろう。事業承継やM&Aによる集約が、その受け皿としてどこまで機能するかが問われる。

そして、省人化技術への需要が構造的に高まる。人手が集まらないなら機械に代替させるという判断は、これまで「コスト削減」の文脈で語られてきたが、いまや「事業を継続できるかどうか」の問題に変わりつつある。ただし、自動化投資には資金と時間が必要で、明日辞める従業員の穴は埋められない。技術による解決と、目の前の資金繰りとの間には、埋めがたい時間差がある。

短期的に企業ができることは、限られてはいるが皆無ではない。業務の標準化とマニュアル化によって属人性を下げること、キーマンへの依存度を可視化して代替要員を育てること、そして何より、コスト上昇分の価格転嫁を粘り強く交渉することだ。いずれも即効性には乏しいが、価格に転嫁できる取引関係を築けているかどうかが、賃上げ原資の有無を通じて人材の定着力を左右する。

よくある質問

「従業員退職型」倒産とは何を指すのか

人手不足による倒産のうち、従業員や経営幹部などの退職が直接的または間接的な要因となったものを指す分類です。帝国データバンクの集計では、負債1,000万円以上で法的整理に至った倒産が対象となります。求人を出しても人が集まらない「求人難型」や、賃金負担が重くなって行き詰まる「人件費高騰型」とは区別されています。

2026年はどのくらいのペースで増えているのか

2026年1-7月に判明した従業員退職型の倒産は83件で、前年同期の74件から9件、約12.2%増えました。2022年以降5年連続の増加で、初めて年100件を超えた2025年の124件を大幅に上回る見込みです。単年で過去最多を更新することがほぼ確実な状況です。

どの業種で多く発生しているのか

2026年1-7月の業種別ではサービス業が22件で最多となり、全体の26.5%を占めました。老人福祉施設や美容室での発生が目立ちます。次いで建設業が20件で1-7月として初めて20件台に達し、運輸・通信業が12件で初めて10件を超えました。いずれも特定の個人の技能に事業が依存しやすい業種です。

賃上げをすれば倒産は防げるのか

必ずしもそうとは言えません。東京商工リサーチの集計では、2026年上半期に最も急増したのは人件費高騰を要因とする倒産で、120件と前年同期の2.4倍になりました。中小企業庁の2026年版中小企業白書によれば、中小企業の労働分配率はすでに8割近い水準にあり、上積みの余力は乏しいのが実情です。賃上げ原資を確保するには、その前提として価格転嫁ができるかどうかが鍵となります。

企業側にはどのような対策が考えられるか

記事中で挙げたのは、業務の標準化によって特定個人への依存度を下げること、キーマンが抜けた場合に備えて代替要員を育てること、そしてコスト上昇分の価格転嫁を交渉することの3点です。省人化・自動化への投資も方向性としては有効ですが、資金と時間を要するため、目の前の人材流出への即効薬にはなりにくい面があります。

まとめ

2026年1-7月の「従業員退職型」倒産83件という数字は、人手不足という言葉が指す中身が変わりつつあることを示している。採用できないことよりも、今いる人に辞められることのほうが、いまや企業にとって直接的な脅威になっている。

そしてその背景には、賃上げできない企業と賃上げして体力を失う企業が同時に倒れていくという、出口の見えにくい構造がある。労働市場の流動化は働く個人にとって前向きな変化だが、その受け皿となる企業の側に耐える体力がなければ、社会全体としては供給力の目減りという形で跳ね返ってくる。

この問題の本丸は、賃金でも採用でもなく、価格転嫁である。稼いだ分をきちんと価格に反映できる取引慣行が広がらない限り、賃上げの原資は生まれず、人材の流出も止まらない。統計に現れている83件という数字は、その構造的な行き詰まりが企業の閉鎖という形で表面化したものだと言える。

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