基本給が33年8ヶ月ぶりの高い伸び——「賃上げの春」は本物か、物価との闘いを読む
2026年4月8日、厚生労働省が公表した2月の毎月勤労統計調査(速報)は、日本の労働市場に小さくない衝撃をもたらした。基本給にあたる所定内給与が前年同月比3.3%増と、33年8ヶ月ぶりの高い伸びを記録。物価の影響を除いた実質賃金も1.9%増となり、2ヶ月連続のプラスを達成した。「賃金が上がらない国」と長年言われ続けてきた日本に、本当の変化が訪れつつあるのだろうか。
「33年8ヶ月ぶり」が意味する歴史的な転換点
1992年6月。バブル崩壊の余震が残る中、日本の所定内給与は今回と同水準の伸びを見せていた。あれから30年以上が経過し、ようやく同じ水準の賃金上昇が戻ってきた。
今回の統計が示す主な数字を整理しよう。現金給与総額は3.3%増(50ヶ月連続プラス)、一般労働者の所定内給与は3.7%増で1994年1月以降の過去最高の伸び率、パートタイム労働者の時間給は4.2%増(56ヶ月連続プラス)——数字を並べると、全体的に賃金の底上げが起きていることがわかる。
この背景にあるのは、2026年春季労使交渉(春闘)の成果だ。連合が今月3日に発表した第3回集計によると、賃上げ率(定昇含む)は平均5.09%。前年(5.42%)をわずかに下回るものの、3年連続で5%を超えた。昨年の春闘で引き出した賃上げが、2月の給与データとして実際に反映されたかたちだ。
「大企業だけ」の時代は終わりつつある
従来、春闘の成果は大企業が先行し、中小企業や非正規労働者への波及は遅れがちだった。しかし2026年の春闘は様相が異なる。
連合の集計では、中小企業の賃上げ率が大企業を上回る逆転が起きている。また非正規労働者の賃上げ率も正社員を上回り、格差是正の傾向が見られる。外食業界では、ゼンショーやすかいらーくなど大手チェーンが相次いで賃上げを発表。初任給32万円という水準も現実となりつつある。
「賃上げが一部の大企業だけのもの」という構図が変わりつつある点は、日本経済にとって本質的な変化といえる。個人消費を底上げするには、雇用者の多数を占める中小企業・非正規労働者の賃金が上がることが不可欠だからだ。
日銀の「利上げジレンマ」——賃金と物価の板挟み
実質賃金のプラスは、日本銀行の政策にも直接的な影響を与える。ブルームバーグは「実質賃金2カ月連続プラス、21年5月以来の伸び——日銀正常化を後押し」と報じ、日銀の利上げ観測を強める材料として市場は受け止めた。
日銀の政策金利は現在0.75%。長期金利(10年物国債利回り)は4月6日に2.425%まで上昇し、約27年ぶりの高水準を記録した。市場では4月の金融政策決定会合での追加利上げを織り込む動きが強まっている。
しかし、みずほ総合研究所の門間一夫エグゼクティブエコノミストは慎重な見方を示す。「中東情勢の緊迫化による供給ショックは、経済を下振れさせる一方で、物価を上振れさせる。日銀は『経済は悪化するが物価は上がる』という中で、利上げするかどうかの難しい判断を迫られる」と指摘する。
ホルムズ海峡の事実上の封鎖が続く中、原油・ナフサ価格の急騰は日本の製造コストを押し上げ、7月以降に食品・日用品の値上げラッシュが再燃するとの見方もある。物価が再び加速すれば、せっかくのプラスに転じた実質賃金が再び押し下げられるリスクがある。
「賃上げの春」が家計に届くまで
賃金統計のプラスと、実際に家計の豊かさを感じられるかどうかは別問題だ。
電気・ガス代、食料品、教育費——生活に直結するコストは依然として高止まりしている。政府の物価高対策(電気・ガス代補助)がある程度押し下げ効果をもたらしているものの、これが縮小・終了すれば実質賃金への影響は避けられない。
また2026年度予算(122兆円・過去最大)の財源として国債残高は積み上がっており、長期金利の上昇は住宅ローン返済者にも影響が及ぶ。変動金利型ローンを利用する世帯は、金利上昇局面における返済額の増加を念頭に置いておく必要がある。
まとめ——「数字の春」を「生活の春」にできるか
33年8ヶ月ぶりの基本給上昇は、紛れもない歴史的な出来事だ。春闘の成果が着実に浸透し、中小・非正規にまで波及しつつある点も前向きな変化といえる。
しかし実質賃金の「本物のプラス定着」には、物価上昇との綱引きに勝ち続けることが求められる。中東リスクによるエネルギー価格、円安圧力、金利上昇——外部要因が複雑に絡み合う中で、「賃上げの春」が国民の暮らしの実感として根づくかどうか、2026年の夏以降が真の試練となるだろう。
数字が示す「賃金の春」は間違いなく訪れた。問題は、それが「生活の春」にまで届くかどうかだ。
参考ソース
- 厚生労働省「毎月勤労統計調査 2026年2月分結果速報」(2026年4月8日発表)
- 労働新聞社「毎月勤労統計調査 2026年2月分結果速報」(2026年4月)
- ロイター「連合の春闘賃上げ率、3次集計は5.09%」(2026年4月3日)
- Bloomberg「実質賃金2カ月連続プラス、21年5月以来の伸び——日銀正常化を後押し」(2026年4月7日)
- 日本経済新聞「長期金利2.425%に上昇 中東混迷でも崩れぬ日銀4月利上げ観測」(2026年4月6日)
- ロイター「日銀は『4月利上げ』に動くのか、景気悪化リスク強まり難しい判断に=門間一夫氏」(2026年4月6日)
- 朝日新聞「非正規の賃上げ率、正社員上回り格差是正進む 連合の春闘第3回集計」(2026年3月27日)
- 飲食店ドットコム「2026年春闘、ゼンショー、すかいらーくなど外食大手が賃上げ」(2026年)