「もっともらしい嘘」を信じ込むAIエージェント——ツール返却への過信を14モデル×3ツールで測った
はじめに: エージェントは「ツールが正しい」という前提で動いている
ツール呼び出し型エージェントは、今や「検索して・コードを実行して・サブエージェントに任せる」のが標準の運用になった。ReAct や AutoGen をはじめ、ToolLLM、BFCL、τ-Bench といった系譜を通じて、LLM が外部ツールの返却を踏まえて最終回答を組み立てる設計は広く普及している。ここには暗黙の前提がある。「ツールは信頼できる情報を返す」という仮定だ。
しかしこの前提は崩れ始めている。検索エンジンは AI 生成の回答そのものを返し(ChatGPT Search、Google AI Mode など)、サブエージェントは「要約」という生成物を返し、コード実行は LLM が生成したプログラムの出力を返す。ツール返却は決定的な計算結果から、「もっともらしいが誤り」を含みうる生成物へと性質を変えた。
この問題は従来の知識コンフリクト研究(ClashEval、HoH など)や AgentNoiseBench、DRNOISE の性能評価では捉えきれない。前者は「検索で引いた文章」を前提にし、後者は「いつ・なぜ信頼し、どう緩和できるか」を切り分けていないからだ。本記事では、過信の実測値、黙殺型の失敗モード、介入の限界、実務対策を、14モデル×3種のツールの測定結果に基づいて解説する。
実験設計の解剖:過信はどうやって測れるのか
過信(overtrust)とは、ツール返却の信頼性を検証せずに依存することを指す。測定は、正解を別の値にすり替えた「汚染返却」をツールから返し、最終回答にどれだけ取り込まれるかを観察する形で行う。3つのツールで情報の性質を変え、過信が一般現象かを確かめる。
- Web検索: FreshQA(2026-04-21スナップショット)から418問。Tavilyで検索させ、スニペット内の正解を最小限の編集で置換。
- LLMサブエージェント: 文書要約45件(知識カットオフ前後の論文と19世紀小説)。返す要約に偽の主張への置換または捏造を追加。
- コード実行: 算数300問(加算・乗算・除算・剰余・対数・冪乗×各50)。stdoutの全数値を倍率・方向・符号を変えて改竄。
汚染の「もっともらしさ」は3段階(P1/P2/P3)で制御する。P1は誤認しやすい値(ドイツ首相メルツ→元首相ショルツ)、P2は別の質問の正解を移植した無関係な値(首相→「11」)、P3は実在しない造語・桁変換(Searchのみ)。これで「分からないから従う」のか「分かっても従う」のかを区別する。
評価指標は2つある。採用率(Adoption rate)は汚染内容を最終回答に持ち込む割合、上書き率(Override rate)はツールなしの多数決で正解できることが確認済みの項目で、汚染返却が回答を覆す割合だ。知っている答えを覆されるのは「合理的依存」では説明できない、過信の決定的な証拠となる。対象は14モデル(Qwen3、Gemini、Gemma、GPT、DeepSeek、Muse の各ファミリ)に加え、GPT-5.4、Claude Sonnet 5、Claude Opus 4.8、Grok 4.6 を探索的に評価した。
結果1: 全モデルが「もっともらしい嘘」に負ける
最も「もっともらしい」汚染であるP1条件の採用率は、Web検索 68.0%、サブエージェント 36.9%、コード実行 35.4%となり、3ツールすべてで平均1/3を超えた。上書き率(知っている答えを覆される割合)は Search 56.4% / Sub-Agent 28.7% / Code Executor 33.4%だった。特にコード実行は、ツールなしでも約85%を正答できる(ベース精度85.3%)にもかかわらず、1/3超が汚染値で上書きされている。
| 指標 | Web検索 | サブエージェント | コード実行 |
|---|---|---|---|
| P1採用率 | 68.0% | 36.9% | 35.4% |
| P1上書き率 | 56.4% | 28.7% | 33.4% |
| P2採用率 | 12.6% | 27.6% | 27.2% |
| ベース精度 | 54.7% | 56.4% | 85.3% |
過信は「気づかないから」だけでは説明できない。明らかに無関係な値へ置換したP2条件でも、委譲とコード実行ではP1とP2の差が小さく、もっともらしさを下げても採用率は大きく落ちない。「賢いモデルほど抵抗する」わけでもなく、全設定で一貫して抵抗するモデルは存在しない。追加評価したフロンティアモデル(GPT-5.4、Claude Sonnet 5、Claude Opus 4.8、Grok 4.6)もP1採用率49.2〜59.3%と約半数を採用しており、能力の高さは過信からの免罪符にはならない。
結果2: 「合理的な依存」との境界線——変わらない事実まで覆す
ツールに頼ること自体は非合理ではない。更新が速い情報や複雑な計算を委ねる「合理的な依存」は本来の価値であり、問題はその境界を越えた部分にある。
Web検索の項目は「答えが変わらない」never-changing、「数年に一度変わる」slow、「頻繁に変わる」fast に分類される。検索に頼るのが理にかなうのは知識が古くなりがちな slow・fast だが、P1採用率は never 59.7% / slow 66.1% / fast 76.6% と、変わらないはずの事実でも6割近くが汚染返却を採用した。上書き率も3群で53.9〜56.1%と横ばいで、知識の確信度に応じた抵抗は働いていない。
サブエージェントの要約では、知識カットオフ前の論文24.5% / 19世紀小説40.8% / カットオフ後の論文55.4%だった。訓練データに含まれるはずのカットオフ前論文でも約4分の1が汚染要約を採用しており、「知っている内容ほど抵抗する」という期待は成立しない。
コード実行では、加算・剰余で低く、除算・乗算で中程度、対数・冪乗で最高と、暗算で検算しにくい演算ほど過信しやすい。決定的なのが符号の操作で、符号を保った誤差は56.4%採用される一方、符号が反転した値は14.3%しか採用されない(上書き率51.0% vs 15.1%)。「明らかにおかしい」値は拒否できるのに「それらしい誤差」は受け入れる。この非対称性は、エージェントが汚染をある程度検出できていることを示唆する。
結果3: 核心——「気づいているのに黙って間違える」
ここまでの結果は「気づかないから従う」とも読める。しかし追加の測定は、エージェントが汚染を検出しながら黙って従っていることを示す。その傍証がツール呼び出し回数の変化だ。Searchでは汚染返却を受けた後の追加呼び出しが増え、Code Executorではほぼ全モデルが通常時を超える呼び出しを行い、桁違いに増えるモデルもあった。追加検索や再実行は「返却がおかしい」と行動で示していることになる。
それでも最終回答での警告率は極めて低い。汚染内容を採用した回答のうち、矛盾をユーザーに伝えた割合は Search 5.3% / Code Executor 1.8%だった。Qwenのthinkingトレースでは、Searchで採用に至ったトレースの約半数、Code Executorでは90%超が「矛盾」に言及し、内部で正しい値を計算しているトレースも多かった。それでも最終回答は汚染された値を返し、矛盾も正解もユーザーに伝えない。
ユーザーは最終回答を「検証済みの回答」として受け取る。モデル自身が知っていることを隠して間違えるのは、設計上もっとも危険な挙動だ。「検出」と「開示」は別の能力であり、現状は両者が大きく乖離している。
介入の試み: どの対策も「万能」ではなかった
3層の介入——提示経路の変更・プロンプト・メタデータ・ポストトレーニング——を順に試した結果、どの介入も全ツール横断で一貫した低減効果を示さなかった。
提示経路の変更では、同じ汚染内容を「ツール」「ユーザー発言」「RAG経由」のどれで提示するかを変えた。Searchでは Tool 75.4% / User 77.4% / RAG 82.7% と経路によらず同程度に説得力を持ったが、コード実行は Tool 39.9% / User 1.8% / RAG 3.8% と劇的に異なる。「コード実行ツールが返した」というだけで権威が生まれる、実行可能出力の権威効果だ。
プロンプト介入(Compare / Verify / Disclose)は、効く場所がチャネルごとに異なった。Searchでは Disclose が -5.2pt、Sub-Agent では Verify が -6.0pt、Code Executor では Compare/Verify が -8pt超の削減効果を示すが、正常時精度(P0)を保ったまま P1 を下げ続けるポリシーは存在せず、モデル単位では逆効果になる例もあった。
メタデータ介入では、ソース(Wikipedia/Reuters/Reddit/X)や信頼度(0.10〜0.95)のラベルを付与しても一貫した低減効果は出ず、むしろ「高信頼」と表示された汚染返却は 3.7〜4.5pt 採用されやすくなった。ラベルは信頼の仕組みとセットにならない限り飾りに過ぎず、表示を操作して信頼をゲーム化する動機を生む。
ポストトレーニング介入(Qwen3-30Bで検証)でも、抵抗成功事例込みの Recovery SFT は Search P1 を -1.1pt しか下げず、正常返却のみで訓練する Correct-tool SFT は汚染採用を増やし上書き率を +9.3pt 悪化させた。抵抗を選好する Fixed-context DPO は Search で最大改善(P1 -5.1pt / Override -7.8pt)を見せたが P0 を -1.7pt 犠牲にし、コード実行には転移しなかった。
実務への示唆: 過信とどう付き合うか
本稿の測定が示したのは「検証のしようがない状況」ではなく「検証しても黙る」という厄介な性質だった。だとすれば実務の目標は、ツール使用を減らすことではなく、依存そのものを統治する「統治された依存(governed reliance)」の設計にある。
評価は従来の正答率だけでなく3軸で行うべきだ。①汚染返却への抵抗(採用率・上書き率)、②正常返却での精度、③認識済み矛盾の開示(警告率)を同時に見る。たとえばコード実行はベース精度85.3%と高いが上書き率は33.4%あり、精度だけではリスクが見えない。Search 5.3% / Code Executor 1.8% という低い警告率こそが監視すべき指標になる。
エージェント設計の具体策は、①計算結果の別経路での再計算や検索結果の複数ソース照合という独立検証レイヤ、②未解決の矛盾・不確実性を回答に添える運用、③コード実行結果に尤度や警告を付す権威効果への対策、④ツール呼び出し履歴と最終回答の突合監査とサンドボックス実行、の4つが中心になる。これらは「ツール返却後(検証)→回答生成前(採用・上書きの判定)→表示時(開示)」の3レイヤで整理すると実装しやすい。
この「介入が効かない」という結論は、外部検証機構によるgrounding(STEVE的設計)や、推論の外側で権限を封じるOBPE的設計、「安全性は足し算では合成されない」とするSafety Does Not Composeの知見と同じ文脈で読める。過信はプロンプトやラベルで直せるバグではなく、評価とガバナンスの構造で向き合う設計上の問題だ。
よくある質問
採用率が高いのは、モデルが「賢くない」から?
いいえ。GPT-5.4 や Claude Opus 4.8 などのフロンティアモデルでも、P1汚染返却の約半数(49.2〜59.3%)を採用する。問題はむしろ逆で、内部では矛盾を認識し正解を導出できるのに、最終回答では黙殺してしまう「認識と開示の乖離」にある。能力と抵抗性は直結しない。
ツールを使わなければ安全になる?
ならない。Search の実験では、同じ誤ったテキストをツール経由・ユーザー入力・RAG コンテキストのどの経路で渡しても、採用率は75.4% / 77.4% / 82.7%とほぼ同程度だった。問題はツールの存在自体ではなく「検証なしの依存」にある。唯一の例外はコード実行で、ツール経由では39.9%採用されるのにユーザー経由なら1.8%まで下がる。実行可能出力には特別な権威が生まれる点に注意したい。
プロンプトで「検証しろ」と書けば対策になる?
部分的にしかならない。Compare / Verify / Disclose はチャネルごとに効果があり、Search では Disclose が -5.2pt、Sub-Agent では Verify が -6.0pt、Code Executor では Compare/Verify が -8pt超の削減効果を示した。しかし正常時精度(P0)を保ったまま全ツール横断で効くポリシーはなく、モデル単位では逆効果になる例もある。手軽な対策だが決定的ではない。
信頼度ラベルやソース表示は役に立つ?
現状の付け方ではむしろ逆効果の可能性がある。ソース名や信頼度スコア(0.10〜0.95)を付与しても採用率は一貫して下がらず、「高信頼」と表示された汚染返却は逆に3.7〜4.5pt採用されやすくなった。メタデータは検証や否認のプロセスとセットで設計しない限り、飾りになるだけでなく信頼をゲーム化する動機を生む。
この研究の限界は?
評価スコープは Web検索418問・文書要約45文書・算数300問で、実行環境はAPIとローカルの混在、汚染の判定はLLMベース(人間検証で高い一致を確認済み)である。個々の数値は環境によって変動し得るが、「過信は深刻かつ持続的な失敗モードである」という主張は、14モデル×3ツール×複数介入という頑健な結果に支えられている。
まとめ
ツールはエージェントに能力を与えるが、「もっともらしい嘘」への過信がその価値を静かに侵食する。採用率は全ツールで平均1/3を超え、Web検索では68.0%に達した。ツールなしでも正解できる項目を汚染返却が覆す上書き率は最高56.4%(Search)にのぼり、最も深刻なのは「黙殺型」の失敗だ。内部で矛盾を認識しながら警告を出した割合は Search 5.3%、Code Executor 1.8%にとどまり、モデル自身が知っている事実が最終回答に反映されない。
対策も、プロンプト・メタデータ・ポストトレーニングの3層の介入はいずれも全ツール横断で一貫した効果を示さなかった。「高信頼」ラベルが採用率を押し上げる逆効果や、正常返却のみの訓練で上書き率が悪化する例も観測されている。これは「直せば済むバグ」ではなく、評価とガバナンスで向き合うべき設計上の問題だ。
今後求められるのは、ツール出力の独立検証と未解決の矛盾の明示を備えたエージェント、そして「汚染返却への抵抗性・正常返却での精度・認識済み矛盾の開示」の3軸で評価する実務である。「ツールが話すとき、エージェントは知っていても従う」——この前提でシステムを設計することが、実務的に安全な出発点となる。
参考資料
- Agents Trust Tools Too Much: Measuring Reliance on Unreliable Tools(対象論文)— https://arxiv.org/abs/2609.05587
- Don't Blindly Trust It: How Unreliable Feedback Breaks Tool-Using LLM Agents — https://arxiv.org/abs/2606.21409
- When the Tool Decides: LLM Agents Defer Blindly to Graph Neural Network Tools, and Stronger Backbones Defer More — https://arxiv.org/abs/2606.14476
- A Whole New World: Creating a Parallel-Poisoned Web Only AI-Agents Can See — https://arxiv.org/abs/2509.00124
- DRNOISE: Benchmarking Deep Research Agents in Misleading Evidence Environments — https://arxiv.org/abs/2607.17291
- Meta debuts its Muse AI agent. Will consumers trust it? — https://techcrunch.com/2026/09/08/meta-debuts-its-muse-ai-agent-will-consumers-trust-it/
- Muse, Meta's New Personal AI Agent, Needs You to Trust It — https://www.wired.com/story/meta-releases-muse-a-personal-ai-agent-with-privacy-built-into-it/
- Tavily API — https://www.tavily.com/