「Perplexity」を騙る悪質Chrome拡張機能が発覚——AI検索ブームに便乗した"なりすまし詐欺"の手口とは
リード
2026年6月29日、Microsoftはセキュリティ研究チーム「Microsoft Threat Intelligence」が、AI検索サービス「Perplexity AI」になりすました悪質なChrome拡張機能を発見したと発表した。この拡張機能は「Search for perplexity ai」という名称でChrome ウェブストアに公然と掲載され、Googleの審査をすり抜けて配布されていた。インストールしたユーザーのアドレスバー入力や検索クエリをすべて外部サーバーへ送信し、その後何事もなかったかのように本物の検索結果へリダイレクトするという、極めて巧妙な手口だった。
Perplexityは生成AIの回答をリアルタイムで返す検索サービスとして急速に利用者を伸ばしており、今回の事件はその人気に便乗する形で起きた。単なる「偽アプリ詐欺」にとどまらず、Chromeの正規の拡張機能API(Manifest V3)が持つ権限の組み合わせを悪用し、審査担当者の目をすり抜けたという点で、ブラウザ拡張機能エコシステム全体の脆弱性を浮き彫りにした事件として、海外のセキュリティメディアだけでなく国内のIT系メディアでも大きく報じられている。
本稿では、この事件の詳細な手口、なぜ公式ストアの審査を通過できたのか、Microsoft・Google・セキュリティ専門家それぞれの反応、そして私たちユーザーが取るべき対策について、多角的に掘り下げていく。
背景:AIブームに群がる"なりすまし"詐欺
生成AIサービスの急拡大は、便利さと同時に新たな攻撃対象を生み出している。ChatGPT、Gemini、Claude、そしてPerplexityといった名前が一般に浸透するほど、それらを騙る偽アプリ・偽拡張機能・偽Webサイトも比例して増加してきた。特にPerplexityのようなAI検索サービスは、ブラウザの検索体験そのものを置き換えることを謳っているため、「ブラウザ拡張機能」という形態と非常に相性がよく、攻撃者にとっては格好の"偽装対象"になりやすい。
ブラウザ拡張機能は、インストールするだけで検索エンジンの既定設定やアドレスバーの挙動を変更できるなど、通常のWebサイトよりもはるかに強い権限をブラウザに対して持つことができる。ユーザー側も「公式ストアに掲載されているから安全」という思い込みを抱きがちだが、今回の事件はまさにその前提を裏切る形となった。
Chromeの拡張機能プラットフォームは2024年前後から順次「Manifest V2」から「Manifest V3」への移行が進められてきた。Manifest V3は、任意コードの実行を制限し、宣言的なルールベースでネットワーク処理を行うdeclarativeNetRequestなど、より安全とされる仕組みを導入する目的で設計されたものだ。しかし今回の事件は、まさにそのManifest V3の正規機能を「意図された用途とは異なる形」で組み合わせることで、審査をすり抜けてしまった点に大きな皮肉がある。
詳細1:何が起きたのか——発見の経緯
Microsoftの発表によれば、問題の拡張機能は「Search for perplexity ai」という名前でChrome ウェブストアに掲載されており、発見された時点では既に一般公開され、ダウンロード可能な状態だった。Microsoft Threat Intelligenceのセキュリティ研究チームがこの拡張機能を特定し、責任ある開示(レスポンシブル・ディスクロージャー)の手続きに沿ってGoogleに報告。Googleはこれを受けて該当の拡張機能をストアから削除した。
重要なのは、この拡張機能が「野良アプリ」や非公式サイトからの配布ではなく、Googleの公式ストアの審査を経て公開されていたという点だ。ユーザーからすれば、公式ストアに掲載されている以上、一定の安全確認がなされているはずだと考えるのが自然であり、この「信頼の抜け穴」こそが今回の事件の本質的な問題といえる。
なお、Chrome ウェブストアから削除された後も、既にインストール済みのユーザーの端末からは自動的に拡張機能が消えるわけではない。セキュリティ企業のMalwarebytesなどは、「Search for perplexity ai」をインストールしたことがあるユーザーに対し、手動での削除を強く推奨している。
詳細2:技術的な仕組み——正規の権限を"悪用"する手口
この拡張機能の悪質さは、マルウェアにありがちな任意コード実行や難読化されたスクリプトではなく、Chromeが正式に提供している権限を組み合わせただけで実現されていた点にある。
具体的には、拡張機能はchrome_settings_overridesという、拡張機能がブラウザの既定検索エンジンを変更するための正規の権限と、declarativeNetRequest系のネットワークリクエスト制御権限を組み合わせて使用していた。chrome_settings_overridesは本来、拡張機能開発者が自社の検索サービスを既定エンジンとして設定してもらうための正当な仕組みであり、declarativeNetRequestもルールベースでの通信制御を可能にする、Manifest V3が安全性向上のために導入した仕組みである。ところが、この二つを組み合わせることで、ユーザーがアドレスバーに入力したすべての文字列——検索クエリだけでなく、URLの断片や入力途中の文字まで——をリアルタイムで外部サーバーに送信することが可能になっていた。
送信先として使われていたのは、正規のPerplexityドメイン「perplexity.ai」と酷似した「perplexity-ai.online」というタイポスクワッティング(綴り違い)ドメインだった。ユーザーの入力データはまずこの偽ドメインを経由し、攻撃者が管理するサーバー(server.jsによるプロキシ処理とnginx.confによるHTTPS終端・プロキシ設定が確認されている)でヘッダー情報やユーザーエージェント、送信元IPアドレスとともにログとして記録された後、最終的には本物の検索エンジンへ転送され、ユーザーには通常の検索結果が表示される仕組みになっていた。
この「二段階リダイレクト」こそが発見を遅らせた最大の要因だ。ユーザー体験上は何の異常も感じられず、検索は普通に機能しているように見える。加えて、インストール後にはPerplexityの公式サイトを模した「オンボーディングページ」(Tildaというノーコードサイト構築サービス上に設置)へ誘導し、あたかも正規のセットアップ手順を踏んでいるかのように見せかけていたことも、ユーザーの警戒心を解く効果があったとみられる。
詳細3:なぜ公式ストアの審査を通過できたのか
Chrome ウェブストアの審査プロセスは、スパイウェアや個人情報の不正収集を明確に禁止する規約を持っている。にもかかわらず今回の拡張機能が審査を通過できた背景には、「個々の権限はどれも正規の用途で申請されており、単体では危険と判定されにくい」という審査の構造的な限界がある。
セキュリティメディアのTechTimesなどが指摘するように、chrome_settings_overridesもdeclarativeNetRequestも、それぞれ単体で見れば多くの正当な拡張機能が日常的に使用している一般的な権限だ。審査システムや人間のレビュアーが「この二つの権限の組み合わせが、この特定のマニフェスト構成でどのような挙動を生み出すか」まで踏み込んで検証することは、現状の自動審査の仕組みでは難しい。攻撃者はこの審査の"死角"を突いた形になる。
Microsoftはこの点について、拡張機能が公表していた目的(AI検索アシスタントとしての機能)に対し、要求されていた権限が明らかに過剰であったことが、事後的に見れば警告サインだったと指摘している。しかし審査の時点ではこの過剰な権限要求自体が問題として指摘されることはなかった。
各ステークホルダーの反応
Microsoftは今回の脅威インテリジェンス活動を通じて拡張機能を特定し、Googleへの報告と一般への注意喚起という両輪で対応した。同社は企業のセキュリティ担当者に向けて、AI関連のブラウザツールをインストールする際には、発行元・公式ドメイン・要求される権限を必ず確認するよう呼びかけている。
Googleは責任ある開示を受けて速やかに該当拡張機能をストアから削除する対応を取った。ただし、既存の審査プロセスそのものをどう強化するかについての具体的な発表は本稿執筆時点では確認されていない。
セキュリティ企業のMalwarebytesやその他の脅威分析各社は、ユーザー側の自衛策として、心当たりのある拡張機能の手動アンインストールと、インストール済み拡張機能一覧の定期的な棚卸しを推奨している。また業界メディアでは、「AI関連ツールを名乗るブラウザ拡張機能は特に慎重に扱うべき」という共通した論調が見られ、生成AIブームに便乗した詐欺・なりすましが今後も増加するとの警戒感が広がっている。
影響・今後
今回の事件が示したのは、単発の悪質拡張機能の問題にとどまらない、より構造的な課題だ。
第一に、「公式ストアに掲載されている=安全」という前提そのものが揺らいでいる。ユーザーの多くはレビュー数や星評価、公式ストアでの掲載を安全性の目安にしているが、今回のようにレビューを一定数集めながら悪質な挙動を隠し続けるケースが実際に発生した以上、この前提だけに頼ることはできない。
第二に、Manifest V3移行が意図した安全性向上と、実際の攻撃耐性との間にギャップがあることが露呈した。Manifest V3は任意コード実行を制限する目的で設計されたが、今回のケースはまさにその正規APIの「組み合わせ攻撃」であり、単一の権限審査だけでは防ぎきれないことを示している。今後Googleがどのように審査プロセスを強化するか——例えば権限の組み合わせパターンに対する自動検知の高度化や、AI関連ツールを騙る拡張機能に対する特別な審査基準の導入など——が注目される。
第三に、生成AIサービスの急速な普及は、なりすまし詐欺の温床を今後も生み続けるとみられる。PerplexityやChatGPT、Geminiといった知名度の高いAIサービスの名前を騙る手口は、ユーザーの「話題のツールを試してみたい」という心理につけ込みやすく、今後も類似の事件が起きる可能性は高い。企業のセキュリティ教育担当者にとっても、「生成AIツールの安全な導入方法」を従業員に周知することが急務になっている。
ユーザー個人としてできる自衛策は明確だ。まず、ブラウザ拡張機能をインストールする際は、開発者名・公式サイトのドメイン・要求される権限を必ず確認すること。次に、定期的に自分の端末にインストールされている拡張機能の一覧を棚卸しし、心当たりのないものや使っていないものは削除すること。そして、AIサービスは基本的に公式サイトから直接アクセスするか、公式が明示的に案内する配布経路以外からはインストールしないという原則を徹底することだ。
まとめ
「Perplexity」を騙る悪質Chrome拡張機能の発覚は、AI検索サービスの急速な普及がもたらす新たなリスクを象徴する出来事だった。攻撃者はマルウェア特有の不正なコードではなく、Chromeが公式に提供する正規の権限を巧妙に組み合わせることで、公式ストアの審査という"信頼の関門"をすり抜けた。Microsoftの発見とGoogleの迅速な削除対応により、この特定の拡張機能による被害は一定程度食い止められたとみられるが、同様の手口が形を変えて再び現れる可能性は否定できない。
生成AIが日常のツールとして定着していく中で、私たちユーザー自身も「便利そうだから」という理由だけで安易に拡張機能をインストールするのではなく、その発行元や権限を確認する習慣を持つことが、これからのAI時代を安全に生きる上での基本動作になっていくだろう。
参考ソース
- ITmedia エンタープライズ「Google Chromeで『Perplexity』を偽装する悪質拡張機能が発見 Microsoftが警告」(2026年7月3日)https://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/2607/03/news022.html
- The Hacker News「Malicious Perplexity Chrome Extension Intercepted Searches and Address Bar Input」(2026年6月)https://thehackernews.com/2026/06/malicious-perplexity-chrome-extension.html
- BleepingComputer「Fake Perplexity extension on Chrome Web Store tracked searches」
- CSO Online「Malicious Chromium extension spoofs Perplexity AI to hijack browser searches」
- Malwarebytes「Fake Perplexity Chrome extension spies on your searches」(2026年7月)
- TechTimes「Fake Perplexity Chrome Extension: How One Permission Combo Logged Every Keystroke」(2026年6月30日)
- PiunikaWeb「Microsoft uncovers malicious Manifest V3 Chrome extension that secretly hijacks Perplexity AI searches」(2026年6月30日)
- mallory.ai「Malicious Perplexity-Themed Chrome Extension Hijacked Browser Searches」
- ThaiCERT「Fake Chrome Extension Impersonating Perplexity AI Found Capturing Users' Search Data and Keystrokes」(2026年7月1日)