ラピダス(Rapidus)の英伊半導体技術協力|2nm量産と国際連携の全容を解説

はじめに —— ラピダスが動いた、日本の半導体戦略の新展開

2026年6月11日、東京──。日本の半導体ファウンドリー、ラピダス(Rapidus)の小池淳義社長が高市早苗総理大臣と面会し、欧州の半導体研究機関との技術協力に向けた覚書の締結を報告した。パートナーは、英国のSemiconductor CenterとイタリアのFondazione Chips-IT──ともに各国政府が後押しする半導体振興の中核機関だ。

この報告は一つの「ニュースリリース」に終わらない。日本が2022年にラピダスを設立して以来、米国IBMやベルギーのimecとの技術提携を軸に進めてきた2nmプロセス開発が、いよいよ欧州の産業エコシステムと結びつこうとしていることを意味する。

なぜ「今」なのか

タイミングは偶然ではない。ラピダスは2026年4月にNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)から2026年度の計画・予算を承認され、追加で6,315億円の支援を獲得した。政府累計支援額はすでに2兆3,540億円に達している。さらに6月5日には、IPA(情報処理推進機構)を通じ約1,500億円の追加出資を受け、資本金は4,249億円に膨らんだ。

資金面での土台が固まった今、次の一手は「技術と市場のネットワーク拡大」だ。英国とイタリアとの連携は、まさにその布石である。

この記事でわかること

本記事では、次のポイントを詳しく解説する。

  • ラピダスの現在地: 2nmプロセス開発の進捗と、北海道千歳市のファブ建設状況
  • 英伊協力の具体的な中身: 覚書の対象領域と、期待される技術シナジー
  • 地政学的な意味: 半導体サプライチェーン再編の中で、日米欧連携が持つ意義
  • AI・エッジへの影響: 2nm世代半導体が、AIインフラやエッジコンピューティングに与えるインパクト

日本の半導体復権──その最新局面を読み解いていこう。


ラピダスとは何か —— 2nmファウンドリーの野望と現在地

設立の経緯: 国運をかけた挑戦

ラピダスは2022年8月、東京都千代田区に設立された。社名はラテン語で「速い」を意味する。出資陣は日本を代表する企業が名を連ねる──トヨタ自動車、ソニーグループ、NTT、ソフトバンク、デンソー、キオクシア、三菱UFJ銀行など。設立時の民間出資は73億円だったが、2025年度には1,300億円規模に拡大し、2026〜31年度には累計1兆円規模の民間資金確保を目指している。

一枚岩の国家プロジェクトというよりは、「日本の産業界が半導体の自前化に生存をかけた共同事業」と表現する方が実態に近い。

技術の芯: IBM × imec × GAA

ラピダスの技術戦略の柱は3つある。

  • IBMとの提携: 米国IBMが開発した2nm GAA(Gate-All-Around)トランジスタ技術のライセンスを受けている。GAAはFinFETの次世代アーキテクチャで、トランジスタのチャネルをゲートが全周から囲む構造により、微細化と低消費電力を同時に実現する。
  • imec(ベルギー)との連携: 欧州最大のナノエレクトロニクス研究機関imecとの協力関係は2022年12月から。先端プロセスの研究開発において世界トップレベルの知見を取り込んでいる。
  • RUMS独自モデル: 大量生産型のTSMCとは異なり、ラピダスはRUMS(Rapid and Unified Manufacturing Service)という独自ビジネスモデルを掲げる。設計支援から前工程・後工程まで一貫提供し、製造サイクルを最大60%短縮する「短納期・多品種少量生産」型ファウンドリーだ。

2025年度の実績: 着実な前進

2025年度には以下のマイルストーンを達成した。

  • 2nm GAAトランジスタの検証: 2nmゲート全周型トランジスタのテストウェハ試作を開始
  • 600mm角パネルを用いたRDLインターポーザーの試作: チップレット実装に不可欠な基盤技術の検証
  • パイロットラインの立ち上げ: 2025年4月から北海道千歳市のIIM-1ファブで稼働開始
  • PDK(プロセスデザインキット)の提供準備: 2026年Q1提供開始予定

2026年度の資金: 2兆円超の支援体制

2026年4月、NEDOは2つのプロジェクトの計画・予算を承認した。

プロジェクト 内容
日米連携2nm集積化技術・短納期製造技術 2nmロジック半導体の量産技術開発、PDK提供、短納期生産システム検証
2nmチップレット・パッケージ技術開発 2.5D/3Dパッケージ製造技術、チップレットテスト技術

追加支援額は6,315億円。これにより政府の累計支援総額は2兆3,540億円に達した。さらに6月5日にはIPAを通じて約1,500億円の追加出資を受け、資本金は4,249億5,000万円となった。

北海道千歳: ファブの実像

北海道千歳市の工業団地には、現在巨大な製造棟が姿を現している。現場では歩留まり向上と3Dパッケージング技術の開発に向けたエンジニアたちの取り組みが続いている。

「技術開発は人づくり。絶対に諦めないエンジニアたちの成長と、確信する2nm先端半導体の開発」というスローガンのもと、2027年度後半の量産開始に向けたカウントダウンは確実に進んでいる。


英伊協力の全容 —— 何が変わるのか

英国 Semiconductor Center: 政府主導の半導体振興ハブ

英国Semiconductor Centerは、英国政府の出資により設立された半導体産業支援機関だ。チップ企業と関連機関の連携を促進し、研究開発資金の提供や産業界とアカデミアの橋渡しを行っている。英国は2023年に発表した「半導体戦略」で、化合物半導体や先端パッケージングなどの分野に強みを持つと位置付けている。

イタリア Fondazione Chips-IT: 南欧の半導体研究拠点

Fondazione Chips-ITはイタリア政府系の半導体研究機関で、先端チップ技術の研究開発を推進している。イタリアはMEMS(微小電子機械システム)やパワーセミコンダクタの分野で歴史的な強みを持つ。Chips-ITはEU「チップス法(EU Chips Act)」の枠組みの中で、南欧の半導体研究ハブとしての役割を担っている。

覚書の対象領域: 何を協力するのか

報道によれば、今回の覚書は以下の領域をカバーする。

  • 先端半導体の製造技術に関する共同研究
  • チップレットおよび先端パッケージング技術の協力開発
  • 設計・テスト手法の共有
  • 人材交流・研究者派遣

特に注目すべきはチップレットと3Dパッケージングの領域だ。ラピダスのNEDO承認プロジェクトにも「2nm世代半導体を含む2.5D, 3Dパッケージ製造技術開発」が含まれており、欧州側のパッケージング研究とのシナジーは自然な流れと言える。

実質的な意味: 技術ネットワークの拡張

ただし、今回の覚書は「取引」ではない。具体的な製品の供給契約や製造委託ではなく、あくまで技術協力と研究交流の枠組みだ。当面は以下のような形で実質化すると見られる。

  • 研究者の相互派遣: 英伊の研究者が千歳ファブで2nmプロセス技術を学び、ラピダスのエンジニアが欧州のパッケージング研究に参加
  • 共同論文・特許の产出: 先端パッケージング領域での共同研究成果の創出
  • サプライチェーンの接点構築: 将来のチップレット調達やファブ利用に向けた関係構築

imecとの連携との違い

ラピダスはすでにベルギーのimecと協力関係にある。imecとの関係は「最先端プロセス技術の研究開発」にフォーカスしているのに対し、英伊協力は産業エコシステムとの接点構築に重きがある。つまり、技術の「深さ」をimecから学び、産業の「広がり」を英伊から得る──という二段構えの戦略と読める。

graph TD
    A[ラピダス Rapidus] --> B[IBM<br/>GAA技術ライセンス]
    A --> C[imec ベルギー<br/>先端プロセス研究]
    A --> D[UK Semiconductor Center<br/>パッケージング・産業連携]
    A --> E[IT Chips-IT<br/>先端パッケージング・人材交流]
    A --> F[NEDO 日本<br/>資金支援・事業承認]
    D --> G[欧州半導体エコシステム]
    E --> G
    C --> G
    G --> H[日米欧半導体サプライチェーン]

この図が示すように、ラピダスを中心に技術・資金・産業ネットワークが放射状に広がっている。英伊協力は、このネットワークに欧州の「産業面」を接続する重要なピースだ。


地政学的文脈 —— 半導体サプライチェーン再編の中の日本

半導体の「武器化」と日本の立ち位置

2020年代以降、半導体は地政学の中心道具になった。米中対立による輸出規制、台湾有事リスクに伴うTSMC依存の危険性、そしてEUの「チップス法」──世界の主要国がこぞって半導体の自前化とサプライチェーンの多角化に動いている。
日本の戦略は明確だ。「フレンドショアリング(同盟国・友好国との調達)」の枠組みの中で、最先端ロジック半導体の国内生産能力を確保する。ラピダスはその旗手であり、英伊との連携強化は「日米欧」のサプライチェーンをより強固にする一手である。

TSMC熊本との棲み分け

日本にはラピダス以外にもう一つの大きな動きがある。TSMCの熊本ファブ(JASM)だ。

項目 ラピダス(千歳) TSMC熊本(JASM)
対象プロセス 2nm(最先端) 22/28nm → 12/16nm
生産モデル 短納期・多品種少量 大量生産
技術源 IBM GAA技術 TSMC既存プロセス
ターゲット AI・HPC向け先端チップ 自動車・IoT向け
量産時期 2027年度後半 2024年末〜(第1 fab)

熊本が「足場の安定化」なら、千歳は「最先端の確保」という役割分担だ。両方が機能して初めて、日本の半導体戦略は完成する。

競合の動向: TSMC、Samsung、Intel

2nm世代のレースは熾烈だ。

  • TSMC: 2025年にN2(2nm)プロセスのリスクプロダクションを開始。2026年後半の量産を目指す。圧倒的なシェアと歩留まりの安定性が強み。
  • Samsung: 2025年にSF2(2nm)の初期量産を開始。GAA技術の実績を積み上げつつあるが、歩留まり課題が指摘される。
  • Intel: Intel 18A(約1.8nm相当)の量産を進める。自社工場向けが中心だが、ファウンドリ事業も拡大中。

ラピダスの強みは、RUMSモデルによる短納期対応と日米欧ネットワークにある。大量生産ではTSMCに勝てなくても、特定用途で差別化できる余地は十分にある。

AI需要爆発がもたらす追い風

AIの爆発的な普及が先端半導体の需要を押し上げている。Generative AIの学習・推論に必要なGPU/AIアクセラレータの需要は年率50%以上で成長し続けている。
ラピダスが2027年に量産を開始できれば、「第2の選択肢」としての価値は極めて高い。特に日本のAI産業、自動車産業、通信インフラにとっては、国内に最先端ファブがあることの戦略的価値は計り知れない。


AI・エッジコンピューティングへの影響と今後の展望

2nmがもたらすAIインフラの進化

2nmプロセスの量産化は、単に「トランジスタが小さくなった」という技術的成果に留まらない。AIの計算基盤そのものを根本から変える可能性を秘めている。
現在、大規模言語モデル(LLM)の推論・学習はNVIDIAのGPUに大きく依存している。しかしGPUの製造はTSMCに集中しており、サプライチェーンのリスクが指摘されて久しい。ラピダスが2nm量産を開始すれば、AIチップの製造先を分散させる選択肢が生まれる。

ローカルLLMとエッジAIの飛躍

2nmプロセスは、同じチップ面積でより多くのトランジスタを搭載できる。これは、エッジデバイスで動くAIモデルの性能と効率を同時に引き上げることを意味する。

  • スマートフォン: オンチップで数十億パラメータのLLMが実行可能に
  • 自動車: 自律運転のリアルタイム推論がより高精度に
  • IoTエッジデバイス: クラウド通信なしでAI推論が可能な超低電力チップ

エッジコンピューティングの市場は2024年に1.6兆円と推計され、2027年には2.3兆円に拡大すると予測されている(総務省「令和6年版 情報通信白書」)。2nm半導体は、この成長を加速させる触媒となる。

チップレット革命: 新たなAIアーキテクチャ

ラピダスが力を入れるチップレット技術は、AIチップの設計パラダイムを変える。

従来のモノリシック(一枚岩)設計では、チップ全体を同じプロセスで製造する必要があった。チップレット技術では、機能ごとに最適なプロセスで製造したチップレットをパッケージ上で統合できる。

  • 計算コア: 2nm(ラピダス)
  • メモリ: 先端HBM(Samsung/SK Hynix)
  • I/O: 成熟プロセス(TSMC N5)

この「ミックス&マッチ」により、AIチップの設計自由度が飛躍的に高まる。英伊との協力でパッケージング技術が進めば、このチップレット・エコシステムへの貢献も期待できる。

2027年までのロードマップ

timeline
    title ラピダス 2nm量産までのロードマップ
    2022 : 8月 会社設立<br/>IBMと技術提携
    2023 : imecと協力覚書<br/>千歳ファブ着工
    2024 : ファブ建設本格化<br/>人材採用拡大
    2025 : パイロットライン稼働<br/>2nm GAA検証開始
    2026 : NEDO FY2026承認<br/>英伊と覚書締結<br/>PDK提供開始
    2027 : 量産開始目標

残る課題

楽観ばかりではない。いくつか重大な課題が残る。

  1. 歩留まり: 2nmプロセスの歩留まりを顧客獲得可能な水準まで引き上げる必要がある。TSMCはN5プロセスで90%以上の歩留まりを実現しているが、新規参入者のラピダスがどこまで追いつけるか。
  2. 顧客獲得: 量産開始時に「誰が製造を委託するか」がまだ不透明。PDKの提供が顧客開拓の鍵を握る。
  3. 競争の激化: TSMCのN2プロセスはすでにリスクプロダクション段階。ラピダスが量産にこぎつける頃には、競合はさらに先行している可能性がある。
  4. 黒字化への道: 多品種少量生産モデルがビジネスとして成立するか。民間資金1兆円の回収計画はまだ不透明。


まとめ —— 日本の半導体復権を見守るために

ラピダスの英伊協力は、単なる外交セレモニーではない。日本の半導体戦略が技術の深さから産業の広がりへとシフトする転換点だ。

2027年の量産開始が成功すれば、日本は約20年ぶりに世界最先端のロジック半導体生産国に返り咲く。それはAIインフラの多様化、エッジコンピューティングの進化、そして半導体サプライチェーンの安定性に直結する。

今日から始める3つのアクション

  1. ラピダスの公式発表をフォローする: [rapidus.inc](https://www.rapidus.inc/) で最新情報をチェック
  2. チップレット技術を学ぶ: 次世代AIアーキテクチャの鍵となる概念。2.5D/3Dパッケージングの基礎を理解しておく
  3. 日本の半導体関連銘柄に注目する: ラピダス自体は未上場だが、出資企業やサプライチェーン企業の動向を追うことで業界の潮流を把握できる

日本の半導体復権──その成否は、あと1年で決まる。


よくある質問(FAQ)

Q1: ラピダスとTSMCはどう違うの?

A1: TSMCは大量生産型のファウンドリーで、AppleやNVIDIAなどの大口顧客向けに安定的にチップを供給します。ラピダスは「短納期・多品種少量生産」型で、特定用途に最適化した2nmチップを迅速に提供することを目指しています。棲み分けができています。

Q2: 2nmってどれくらい小さい?

A2: 2nm(ナノメートル)は1メートルの5億分の1です。人間の髪の毛の太さが約10万nmなので、その5万分の1に相当します。このスケールでは、トランジスタの構造が原子レベルの精度で設計されます。

Q3: 英伊協力で何が変わるの?

A3: 直ちに製品が変わるわけではありません。研究者の相互派遣、パッケージング技術の共同開発、将来のサプライチェーン構築など、中長期的な技術ネットワークの強化が目的です。

Q4: ラピダスのチップはいつ市販される?

A4: 2027年度後半の量産開始を目指しています。最初はAIアクセラレータやHPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)向けと見られます。

Q5: 日本の税金はいくら投入されている?

A5: 2026年4月時点で、政府の累計支援総額は2兆3,540億円に達しています。6月5日の追加出資を含めるとさらに増加しています。


この記事は2026年6月12日時点の公開情報に基づいて作成されています。最新情報は[Rapidus公式サイト](https://www.rapidus.inc/)をご確認ください。

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