体育館の3分の2にエアコンがない——熊本地震が問う「真夏の避難所」と2035年度100%目標
文部科学省の調査で、避難所に指定された公立小中学校の体育館の空調設置率は33.1%にとどまることが分かりました。令和8年熊本地震では車中泊避難の女性が熱中症で亡くなり、体育館の暑さが命の問題として浮上しています。2035年度100%目標までの距離を整理します。
災害が起きたら学校の体育館へ。多くの人がそう教わってきました。ところが文部科学省が2026年7月30日に公表した調査によると、避難所に指定されている公立小中学校の体育館等で空調(冷房)設備が設置されているのは33.1%。3校のうち2校には、エアコンがありません。
この数字がにわかに注目を集めたのは、令和8年熊本地震が真夏に起きたからです。7月28日に震度7を観測した被災地では、8月3日に熊本市中央区で最高気温40.3度を記録するなど厳しい暑さが続き、避難生活の暑さそのものが命に関わる問題になりました。NHKは8月19日、専門家の「真夏は生死に関わる問題」という言葉とともに、この調査結果をあらためて取り上げています。
背景:教室は99.6%、体育館は31.7%
文科省の調査は令和8年5月1日時点のもので、全国の公立幼稚園・小中学校・高校・特別支援学校を対象にしています。結果を並べると、整備の偏りがはっきり見えます。
- 普通教室の空調設置率:小中学校99.6%、高校99.7%、特別支援学校100.0%
- 特別教室:72.6%
- 体育館・武道場:小中学校31.7%、特別支援学校57.3%、高校24.7%
- そのうち避難所に指定されている小中学校の体育館等:33.1%
普通教室へのエアコン設置は、2018年の記録的猛暑をきっかけに国が集中的に予算を投じ、数年でほぼ100%に到達しました。一方の体育館は後回しにされてきました。天井が高く容積が大きいうえ、断熱性がほとんど考慮されていない建物が多く、設置費用も維持費も教室とは桁が違うためです。
とはいえ、動いていないわけではありません。避難所指定校の設置率は前回調査(令和7年5月時点)の23.7%から9.4ポイント上昇しました。小中学校全体でも22.7%から31.7%へと9.0ポイント伸びています。文科省自身も「着実な進捗が見られました」と評しています。
詳細1:熊本で何が起きたのか
令和8年7月28日、熊本県中央部でマグニチュード7.1の地震が発生し、宇城市と氷川町で震度7を観測しました。熊本県で震度7が観測されるのは、これで3度目です。
問題は、それが真夏だったことです。8月3日には熊本市中央区で最高気温40.3度を記録。広い範囲で断水が続くなか、8月8日の時点で県内21市町村に206カ所の避難所が開設され、8千人以上が身を寄せていました。
そして7月30日、車で避難していた70代の女性が熱中症の疑いで死亡しているのが見つかりました。ガソリンが切れ、エアコンが止まった状態だったと報じられています。この地震で最初に確認された災害関連死の疑い事例でした。8月18日時点で、災害との関連を調査中の人を含めた死者は39人。避難所には依然として約3,020人が生活し、住宅被害は32,767棟に上っています。
熊本県内の指定避難所となっている小中学校の体育館で冷房が設置されているのは、約2割。避難所指定校の全国平均33.1%をさらに下回る水準でした。逆に、2020年の豪雨で被災した地域では設置率が高いことも報じられています。一度痛い目に遭った自治体は整備を進める。裏を返せば、まだ被災していない地域ほど備えが薄い、という構図です。
災害関連死は、揺れそのものではなく避難生活が奪う命です。朝日新聞の集計では、災害関連死の8割が70歳超。2016年の熊本地震では、原因別で「地震のショック、余震への恐怖による肉体的・精神的負担」が40%、「避難所生活の負担」が29%、「医療機関の機能停止などによる初期治療の遅れ」が16%を占めました。避難生活そのものの負担が3割近くを占めている以上、避難所の環境改善は死者数を左右する要素だということになります。
詳細2:カネと工事の壁
では、なぜ進まないのか。理由は財政と工事です。
文科省は「屋内運動場の空調設備整備事業」(学校施設環境改善交付金)で、体育館への空調整備を支援しています。制度の骨格はこうです。
- 国の負担割合:2分の1
- 対象工事費:下限400万円、上限1.1億円(電気式ヒートポンプの場合)/1.4億円(ガスヒートポンプの場合)
- 対象:公立の小中学校、義務教育学校、中等教育学校前期課程、特別支援学校
- 補助要件:避難所に指定されていること、そして断熱性が確保されること
- 補助時限:令和15年度(2033年度)まで
- リース契約による設置は対象外(資産が形成されないため)
注目すべきは「断熱性の確保」が要件になっている点です。断熱していない体育館にエアコンだけ付けても効きませんし、電気代が跳ね上がります。そのため断熱・遮熱工事も補助対象に含まれていますが、当然その分だけ工事は大掛かりになります。長崎県では1棟あたり1億円近くかかったケースが報じられました。
半額が国費でも、残り半分は自治体の負担です。しかも設置して終わりではなく、電気代とメンテナンス費が毎年のしかかります。石川県かほく市は体育館の空調を使う利用者に使用料を3割上乗せして維持管理費を確保しており、財源をどう回すかは各自治体の工夫に委ねられているのが現状です。
詳細3:地図に刻まれた格差
都道府県別に見ると、差は歴然としています。東京都は9割を超える一方、岩手県と佐賀県では1%を下回ります。今回の報道で明るみに出た地方の数字を並べると、次の通りです。
- 岡山県:11.7%(全国平均を大きく下回る)
- 長崎県:1.8%、都道府県別ワースト4位
- 石川県:6%(17校)、13市町がゼロ、かほく市のみ100%
文科省は「設置率」とは別に、災害時にスポットクーラーを調達する協定なども含めた「空調設備の確保率」も集計しています。避難所指定校を母集団としたこの確保率の全国平均は39.9%。東京都95.8%、兵庫県67.2%、大阪府62.5%が上位で、新潟県5.2%、秋田県6.1%、沖縄県7.2%が下位でした。協定という「持たない備え」を数えても、1割に届かない県があるということです。
熊本地震の報道を受け、自治体は動き始めています。岡山市は市立中学校全37校の体育館に総事業費25億円をかけて来年夏までにエアコンを設置すると表明しました。単純に割れば1校あたり約6,800万円という計算になります。浜松市は2033年度までの全小中学校完了を、下関市は整備の前倒しを、それぞれ市長が会見で示しました。
影響・今後:2035年度100%は間に合うのか
政府は令和7年6月に閣議決定した「第1次国土強靱化実施中期計画」で、避難所にもなる公立小中学校の体育館等の空調設置率を令和17年度(2035年度)までに100%にする目標を掲げています。
現在33.1%。残り約67ポイントを、あと9年で埋める計算です。直近1年の伸びが9.4ポイントですから、このペースを維持できれば理屈のうえでは届きます。ただし整備が進むほど、残るのは「財政が厳しい」「統廃合の予定がある」「断熱工事が大規模になる」といった難しい案件です。伸び率が今後も一定である保証はありません。
さらに気になるのは、交付金の補助時限が令和15年度(2033年度)である点です。目標年度の2035年度より2年早い。時限までに設計・工事を終えられない自治体が取り残されないか、制度の延長や後継措置が論点になりそうです。
短期的には、ハードが間に合わない前提での運用の工夫が現実解になります。スポットクーラーの調達協定、断熱シートや大型送風機、そして避難所の集約です。熊本県宇城市は避難所3か所を1か所に集約し、段ボールベッド・エアコン・トイレカーを備えた拠点をつくりました。数を減らして質を上げるという判断です。
読者ができることもあります。自分の住む自治体の指定避難所がどこで、そこに冷房があるのかを、いま調べておくこと。ないのであれば、在宅避難や親族宅への避難という選択肢を家族で決めておくこと。体育館の熱中症は気温だけでなく湿度が大きく効くため、暑さ指数(WBGT)を測れる小型計を防災バッグに入れておくのも有効です。
よくある質問
避難所となる学校体育館のエアコン設置率はどれくらいですか
文部科学省が2026年7月30日に公表した調査(令和8年5月1日現在)では、避難所に指定されている公立小中学校の体育館等の空調設置率は33.1%です。公立小中学校の体育館等全体では31.7%で、いずれも前回調査から約9ポイント上昇しました。
なぜ普通教室にはエアコンがあるのに体育館にはないのですか
普通教室は2018年の記録的猛暑をきっかけに国が集中的に整備を進め、設置率は99.6%に達しました。一方、体育館は天井が高く容積が大きいうえ断熱性が確保されていない建物が多く、設置費用も維持費も教室とは規模が異なります。国の補助制度でも断熱性の確保が要件となっており、工事が大掛かりになることが整備の遅れにつながっています。
体育館に空調を設置する場合、国から補助は出ますか
出ます。文部科学省の「屋内運動場の空調設備整備事業」(学校施設環境改善交付金)では、国の負担割合は2分の1です。対象工事費は下限400万円、上限は電気式ヒートポンプで1.1億円、ガスヒートポンプで1.4億円。避難所に指定されている学校であること、断熱性が確保されることが要件で、補助時限は令和15年度(2033年度)までとされています。
政府はいつまでに全ての避難所指定校に空調を設置する方針ですか
令和7年6月に閣議決定された「第1次国土強靱化実施中期計画」で、避難所等にもなる公立小中学校の体育館等の空調設備設置率を令和17年度(2035年度)までに100%とする目標が掲げられています。現状の33.1%から約67ポイントの引き上げが必要です。
エアコンのない避難所しかない場合、どう備えればよいですか
自治体によっては、災害時にスポットクーラーを調達する協定を結んでいる場合があります(協定を含めた「空調設備の確保率」は、避難所指定校を母集団とした全国平均で39.9%)。まず自分の地域の指定避難所と、そこの空調の有無を平時に確認しておくことが有効です。そのうえで、在宅避難や親族宅への避難といった選択肢を家族で共有しておくと、真夏の被災時に選べる手が増えます。
まとめ
避難所指定校の体育館の空調設置率33.1%という数字は、1年で9.4ポイント伸びた「進歩」の記録であると同時に、3分の2がまだ未整備だという「遅れ」の記録でもあります。令和8年熊本地震では、車中泊避難の女性がエアコンの止まった車内で熱中症の疑いにより亡くなりました。真夏の災害では、暑さそのものが災害の一部です。
2035年度100%という目標は掲げられました。あとは、それが目標のまま終わるのか、地図から白い部分が消えていくのかという話です。そして次に大きな地震が来るのが、2035年より前である可能性は十分にあります。
参考
参考ソース
- 公立学校施設の体育館等の空調(冷房)設備の設置状況について(令和8年7月30日)- 文部科学省
- 公立学校施設の体育館等の空調(冷房)設備の設置状況調査を実施(令和8年5月1日現在)- 文部科学省
- 公立小中学校の体育館冷房31.7%、普通教室は99.6%…文科省調査 - ReseEd
- 避難所の7割がエアコンなし 専門家「真夏は生死に関わる問題」- NHK
- 熊本地震で初の災害関連死か、車に避難し熱中症疑いの70代女性 - 読売新聞
- 小中学校体育館に「冷房を」 熊本県内の指定避難所、設置2割 全国平均下回る - 熊本日日新聞
- 市立中全37校の体育館にエアコン設置へ…総事業費25億円 - 読売新聞
- 体育館冷房13市町ゼロ 石川県内公立小中学校 整備17校、設置率6% - 北國新聞
- 避難所指定の公立小中学校「空調設置率1.8%にとどまる」都道府県別ワースト4位《長崎》- 長崎国際テレビ
- 避難所生活で熱中症リスクが高まるワケは? 体育館の“湿度”にも注意 - ウェザーニュース