米国がICC本体に「広範な制裁」準備——ドル決済遮断と高市首相の国連初演説

米紙WSJは2026年9月20日、トランプ政権がICC本体に広範な制裁を科す準備に入ったと報じた。6〜7カ月の猶予後にドル建て取引を禁じる内容で、ICCは機能不全に陥る恐れがある。日本はICC最大の資金拠出国で所長は日本人の赤根智子氏。9月22日の高市首相による国連初演説が焦点だ。

米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は2026年9月20日、トランプ米政権が国際刑事裁判所(ICC)に対する「広範な制裁」を科す準備に入ったと報じた。これまで米国の制裁は検察官や裁判官といった「個人」を対象としてきたが、今回は裁判所という「組織そのもの」に踏み込む点が決定的に異なる。

報道によれば、制裁は6〜7カ月の猶予期間を経て、ICCとのほとんどの取引を禁止する内容になる。ICCは米ドル建ての取引ができなくなり、世界の金融システムの大部分から切り離されて機能不全に陥る恐れがある。一部の米当局者は、国連総会が開催される今週中、あるいはその後数日以内に最終決定される可能性があると述べている。

そしてその同じ週、現地時間9月22日に、高市早苗首相が就任後初めて国連総会の一般討論演説に臨む。日本はICCの最大の資金拠出国であり、現在の所長は日本人の赤根智子氏。しかもその赤根氏自身が、8月18日に米国の制裁対象に指定されている。日本が長年「外交の柱」と呼んできた「法の支配」が、これ以上ないほど具体的な形で試される場面が来た。

背景:ICCとは何か、なぜ米国はこれを敵視するのか

ICC(国際刑事裁判所、本部・オランダ ハーグ)は、集団殺害罪・人道に対する罪・戦争犯罪などを個人の刑事責任として裁く常設の国際法廷だ。国家間の紛争を扱う国際司法裁判所(ICJ)とは別組織で、「裁かれるのは国ではなく人」という点が最大の特徴になる。国内の司法制度が機能しない場合に限って動く補完的な機関で、朝日新聞の社説は戦争犯罪を裁く「最後の砦」と表現している。

米国はICC設立条約(ローマ規程)に加盟していない。にもかかわらず強く反発してきた理由は、管轄権の仕組みにある。ICCは「加盟国の領域内で起きた犯罪」であれば、容疑者の国籍国が非加盟であっても管轄権を主張しうる。つまり米兵や同盟国の指導者が、米国の同意なしに捜査対象になりうる。米国務省の報道担当者は今回、制裁発動の事前説明は行わないとした上で「ICCは米国の主権に対して容認できない脅威をもたらしている」と強調した。

直接の引き金は、ICCがイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相に逮捕状を出したことだ。トランプ大統領は2026年7月31日の閣議で、ICC解体キャンペーンについて「ルビオ国務長官は(イスラエルの)ネタニヤフ首相とほかの人たちを守ろうとしている」と述べている。抽象的な主権論というより、特定の同盟国指導者を司法手続から遮断する手段という側面が強い。

個人制裁から本体制裁へ——そしてドル決済遮断の重み

今回の報道は突発的なものではなく、1年半以上かけて段階を踏んできた圧力の延長線上にある。

  • 2025年2月 — 大統領令14203号に署名しICC制裁を開始。同令はネタニヤフ首相への逮捕状を批判している。まずカリム・カーン主任検察官が対象に。
  • 2025年6月 — 第2副所長を含む判事4人を追加指定。
  • 2026年8月18日 — 赤根智子所長と上級法廷弁護士アブドゥライェ・セイ氏を指定。判事18人のうち9人、つまり半数が対象となった。赤根所長への措置は米国内資産の凍結と米系事業体との取引制限を含み、9月17日から発効している。
  • 2026年9月20日(WSJ報道) — ICC本体への広範な制裁を準備。

個人制裁は「特定の人物を狙い撃ちにして萎縮させる」措置だが、本体制裁は「組織の存続基盤そのものを断つ」措置だ。この差は質的なものになる。

とりわけ重いのが、ICCが米ドル建て取引をできなくなるという点である。ドルは国際貿易・国際送金の基軸通貨であり、世界の銀行間決済網は最終的に米国の金融インフラを経由する。ドル決済から締め出された組織は、直接米国と取引していなくても、第三国の銀行から「制裁に巻き込まれたくない」という理由で取引を断られるようになる。

ICCにとっては、職員の給与支払い、加盟国からの分担金の受け取り、現地調査の経費送金といった日常業務が滞りうる。実際、赤根所長は制裁によってクレジットカードが使えなくなったと明かしている。裁判所を法的に廃止しなくても、決済インフラを断つだけで実務を止められる——だからこそ「解体へ向けた圧力」と受け止められている。

なお米側の検討では通信サービス関連は対象外とされ、欧州連合(EU)が域内の銀行にICCとの取引継続を求める可能性も報じられている。ただし個々の銀行が米国市場を失うリスクを取ってまで従うかは別問題だ。

賛否の構図と、日本が抱えるジレンマ

この問題は「どちらが正しいか」が一義的に決まる話ではない。

米国側の主張は、ローマ規程に加盟していない国の国民を、その国の同意なく裁こうとするのは主権侵害だ、というものだ。米国は民主・共和両政権を通じてICCに距離を置いてきた経緯があり、トランプ政権固有の立場というわけでもない。

ICCを擁護する側は、ICCは国内司法が機能しない場合にのみ動く補完的な機関であり、各国が自国で適切に捜査・訴追すればICCの出番はないと反論する。そして、強国が自国と同盟国を司法手続の外に置けるのであれば、「法の支配」は強者に適用されないルールに堕してしまう。オランダのベーレンドセン外相は制裁に反対を表明して8月20日に赤根所長と会談し、EUのフォンデアライエン委員長らはICCと所長・職員への支持を表明。国連人権部門も制裁は撤回されるべきだと指摘している。

ここで日本の立場は構造的に難しい。日本はICCの最大の資金拠出国であり、歴代政権は「法の支配」を外交の柱に掲げてきた。安倍晋三首相(当時)提唱の「海における法の支配の三原則」はG7伊勢志摩サミットで共有され、2022年の国連総会では岸田文雄首相(当時)が「法の支配」という言葉を12回繰り返した。高市首相自身も2026年1月、赤根所長に「日本政府としてICC及び赤根所長を力強く支援していく」と直接伝えている。

一方で、日本にとって米国は唯一の同盟国だ。赤根所長への制裁に対し、高市首相は当初「大変残念」と述べるにとどめ「弱腰」との批判を浴びた。その後「日本の立場と相いれるものではなく、大変深刻に受け止めている」と表現を強めたが、公開の場での抗議や撤回要求には踏み込んでいない。9月17日の会見では「今も米国に対して働き掛けを継続している」と説明した。2025年2月のカーン検察官制裁時、英仏独など79カ国・地域が反対の共同声明を出したが、公開された署名国リストに日本は入っていない。

国内では「人権外交を超党派で考える議員連盟」(中谷元・共同会長)が9月14日と15日に提言と非難声明を政府に手渡し、国連演説でのICC支持表明、米国への制裁即時撤回要求、分担金の前倒し拠出を求めた。中谷氏は9月20日にも、トランプ大統領との会談でICC問題を提起するよう求めている。

9月22日の演説で何を見るべきか

高市首相は9月21日夜に出発し、現地時間22日に一般討論演説に臨む。同じ日に日米首脳会談も行われ、24日に帰国する日程だ。今年は日本の国連加盟70周年にあたる。政府関係者によれば、首相は国連中心の多国間主義への支持を改めて表明し、中東・ウクライナ情勢、サプライチェーン強靱化、安保理を含む国連改革への貢献姿勢を打ち出す方向とされる。

演説を聞く際の着眼点は次の通りだ。

  1. ICCという固有名詞が出るか — 「法の支配」という一般論に留めるのか、機関名を明示して支持を表明するのか。
  2. 制裁への言及と表現 — 触れないのか、「遺憾」なのか、「撤回を求める」なのか。米国名を出すかどうかも含めて。
  3. 加盟国への連帯の呼びかけ — 朝日社説は加盟国に連帯を呼びかけることもあっていいと指摘する。2025年に共同声明へ加わらなかった経緯を踏まえれば分岐点になる。
  4. 具体的な行動 — 分担金の前倒し拠出など、言葉ではなく仕組みとしての支援が示されるか。

日米首脳会談には別の力学も働く。トランプ大統領は米中間選挙を踏まえ、24日の米中首脳会談で経済的利益を引き出したい考えとされ、高市首相としては台湾問題などで中国に安易に譲歩しないよう訴える必要がある。米側は日本の長期金利上昇と円安にも懸念を強めている。外務省幹部は「個別の問題を取り上げるかどうかは会談の長さと展開次第だ」と述べており、そもそも議題に上るかも不確定だ。

影響と今後

波及はICCという一機関の運命にとどまらない。特定の判断が気に入らない大国が、金融インフラへのアクセスを断つことで国際機関を機能停止に追い込めるという前例が成立すれば、同じ手法は他の国際機関にも使われうる。

欧州との摩擦も避けられない。個人制裁の段階でもEUや国連人権部門は反発していた。EUが域内銀行に取引継続を求めれば、欧州の金融機関は米国の制裁と欧州の規則の板挟みになる。

日本にとっては外交ブランドの問題でもある。「法の支配」は南シナ海問題やウクライナ侵攻をめぐって中国・ロシアに対して掲げてきた旗だ。同盟国が相手のときだけ基準が緩むと受け取られれば、その旗の説得力は他の場面でも目減りする。

時間軸としては、制裁が今週確定しても発動は6〜7カ月後、つまり2027年春ごろになる。撤回や修正を働きかける余地はまだ残されている。

よくある質問

ICCへの制裁はいつから発動されるのか

WSJの報道によれば、制裁は6〜7カ月の猶予期間を経てから発動される内容とされている。一部の米当局者は、国連総会が開催される今週中、あるいはその後数日以内に最終決定される可能性があると述べている。決定が今週であれば、実際の発動は2027年春ごろになる見通しだ。

なぜドル建て取引の禁止がそれほど重大なのか

ドルは国際貿易と国際送金の基軸通貨であり、世界の銀行間決済の多くが最終的に米国の金融インフラを経由するためだ。ドル決済から締め出されると、職員の給与支払い、分担金の受け取り、現地調査の経費送金といった日常業務が滞る。さらに米国と直接取引がない第三国の銀行も、制裁に巻き込まれるリスクを避けて取引を断るようになる。

日本はICCとどういう関係にあるのか

日本はICCの加盟国であり、かつ最大の資金拠出国である。現在の所長は日本人の赤根智子氏で、2026年8月18日に米国の制裁対象に指定された。日本の歴代政権は「法の支配」を外交の柱として掲げており、高市首相自身も2026年1月に赤根所長へICCを力強く支援すると直接伝えている。

高市首相はこれまでどう対応してきたのか

赤根所長への制裁に対し、当初は「大変残念」と述べるにとどまり「弱腰」との批判を受けた。その後「日本の立場と相いれるものではなく、大変深刻に受け止めている」と表現を強めたが、公開の場での米国への抗議や制裁撤回の要求は行っていない。9月17日の記者会見では「今も米国に対して働き掛けを継続している」と説明している。

米国はなぜICCに加盟していないのか

米国はICC設立条約であるローマ規程に加盟しておらず、ICCの管轄権が自国の主権を脅かすと主張してきた。ICCは加盟国の領域内で起きた犯罪について、容疑者の国籍国が非加盟であっても管轄権を主張しうる仕組みで、米兵や同盟国の指導者が米国の同意なく捜査対象になりうる点を問題視している。

まとめ

米国がICC本体への広範な制裁を準備しているという報道は、国際刑事司法をめぐる圧力が「個人を萎縮させる」段階から「組織を止める」段階へ移行したことを意味する。ドル決済からの遮断は、裁判所を法的に廃止することなく実務を停止させうる点で極めて強力な設計だ。

日本は、ICCの最大の資金拠出国であり、その所長は日本人であり、制裁を科す側は唯一の同盟国である。この三つの条件が重なったところに、9月22日の国連総会初演説が置かれている。「法の支配」が掲げるための旗なのか、守るためのコストを払う原則なのか——演説の一語一語が、その答えとして読まれることになる。

参考ソース

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