米国が民間企業に「攻撃的サイバー作戦」を解禁——現代版・私掠免許状の実像

2026年8月12日、トランプ大統領が民間企業を政府監督下の攻撃的サイバー作戦に参加させる大統領覚書に署名した。これは無制限のハックバック解禁ではなく、司法省・国土安全保障省の書面承認と100万ドルの保証金を課す請負モデルである。議会で審議中の「サイバー私掠免許状法案」との違い、そして2026年10月に施行される日本の能動的サイバー防御との構造的な差を読み解く。

2026年8月12日、トランプ米大統領が「Expanding Capabilities to Combat Transnational Cyber-Enabled Crime(国境を越えるサイバー可能犯罪への対抗能力の拡大)」と題する大統領覚書に署名した。審査を通過した米国の民間企業が、連邦政府の監督下で海外のサイバー犯罪組織に対する監視作戦と「効果作戦」——相手のシステムを妨害・停止・破壊する活動——を実施できるようにする枠組みである。

海外メディアの見出しには「民間企業に反撃を許可」という言葉が並んだ。だが覚書の本文を読むと、実態はそれとはかなり違う。攻撃的サイバー作戦の主体をどこまで民間に広げるのか、その線引きをめぐる二つの構想が、いま米国で並走している。

背景:なぜいま「民間の攻撃力」なのか

覚書は突然出てきたものではない。土台にあるのは2026年3月6日に署名された大統領令14390号で、米国市民を狙うサイバー犯罪・詐欺・略奪的スキームへの対抗を政府に指示していた。今回の覚書は、そこに民間セクターの技術力を組み込む拡張版という位置づけになる。

規模感を示す数字もある。ホワイトハウスのファクトシートを引用した報道によれば、2025年に米国の消費者が報告したサイバー可能犯罪の被害額は200億8,000万ドルを超えた。ランサムウェア、フィッシング、金融詐欺、なりすまし詐欺——これらを実行する越境犯罪組織(TCO)は、国境と法域をまたぐことで捜査の手を逃れてきた。

覚書はその前文で、米国の民間セクターが持つ「規模、速度、能力」が決定的な攻勢面の優位を確保しているにもかかわらず、犯罪ネットワークの特定と破壊には十分に活用されてこなかったと述べている。政府の人員だけでは足りない、という率直な認識が出発点にある。

覚書は何を認め、何を認めなかったのか

プログラムを創設・管理するのは国家調整センター(NCC)である。ここが審査を通過した「参加企業(Participating Companies)」に対し、外国のサイバー可能越境犯罪組織(CE-TCO)を標的とする二種類の作戦を承認する。

  • サイバー監視作戦:情報システムへ無許可でアクセスし、発見されないことを意図して情報を収集する活動
  • サイバー効果作戦:情報システムやネットワーク、それらが制御する物理的・仮想的インフラの操作、妨害、機能停止、機能低下、破壊をもたらす活動

重要なのは、ここに幾重ものブレーキが設計されている点だ。

第一に、参加企業は独自判断で動けない。覚書は繰り返し、すべての作戦が米国政府に代わって、その監督と運用統制のもとで実施されると明記している。第3条(a)(xiv)は、司法省と国土安全保障省がそれぞれ任命する共同プログラム事業局長が、あらゆる作戦パッケージを審査し、行動前に書面で承認・指示することを義務づけている。

第二に、上限が切られている。死亡または重傷につながる可能性がある、あるいは国際法上の武力行使・武力攻撃に相当する結果は「Critical Outcomes」と定義され、事業局長の通常の承認権限では承認できない。

第三に、参入審査と金銭的な担保がある。参加企業には技術的習熟度、サイバー作戦の実績、施設のセキュリティ、要員の身元調査といった最低基準が課される。そのうえで司法省または国土安全保障省と契約を結び、最低100万ドルの保証金またはエスクローを維持しなければならない。契約不履行があれば没収され、継続参加の可否は少なくとも年1回審査される。

第四に、誤爆への手当てだ。米国人、米国内に存在する情報システム、米国人が管理する情報システムを意図せず標的にしていたと判明した場合、参加企業は作戦を即時停止し、被害最小化の措置を講じ、直ちにNCCへ通報しなければならない。NCCはそれを司法省へ上げる。米国の重要インフラへの差し迫った攻撃を発見した場合も同様である。

標的の定義にも慎重さがある。CE-TCOとは「外国政府の制度的な一部ではなく、外国政府の完全な指揮下にもない」外国のグループを指す。国家が背後にいるアクターは、明確なインテリジェンスがない限り対象外と推定される。国家対国家のサイバー紛争へ滑り落ちないための線引きだ。

つまりこれは、無制限のハックバック解禁ではない。企業が自社判断で攻撃者のサーバーへ侵入する権限を得たわけではなく、政府が実施する作戦に審査済みの民間企業が請負として参加する仕組みである。

もう一つの構想:憲法上の「私掠免許状」を復活させる法案

ところが、議会にはもっと踏み込んだ構想が生きている。

マイク・リー上院議員(共和党・ユタ州)は2026年7月15日、Cyber Letters of Marque and Reprisal Act(S.5000)を提出した。下院ではティム・バーチェット議員(共和党・テネシー州)が同内容の法案を出している。根拠とするのは合衆国憲法第1編第8節、議会が「私掠免許状(letters of marque and reprisal)」を発行する権限を定めた条項である。

私掠免許状とは、17〜19世紀に国家が民間船舶へ発行した、敵国船を襲撃し拿捕物を報酬として受け取ることを許す委任状だ。国家の海軍力を補うために私人の暴力を動員する仕組みで、1856年のパリ宣言以降、主要国はこれを放棄してきた。リー議員の法案は、この制度をサイバー空間へ持ち込む。報道によれば、委任を受けた民間主体は外国のサイバー脅威を妨害し、押収した資産の一定割合を報酬として受け取れる設計を含む。成果報酬型の賞金稼ぎ、というわけである。

覚書と法案は似て非なるものだ。覚書は政府請負(コントラクター)モデルで、報酬は契約に基づき、指揮権は政府が握る。法案は私掠(プライベティア)モデルで、報酬は戦果そのものに連動し、実行者の裁量は格段に大きい。前者が「政府の手足を増やす」話なら、後者は「政府が暴力の行使権を外部化する」話に近い。法案は執筆時点で成立していないが、覚書が請負モデルの運用を先に始めることで、私掠モデルへの議論の敷居が下がる可能性はある。

賛否:ガードレールは十分か

評価は分かれている。

セキュリティ企業Veracodeの共同創業者クリス・ワイソパル氏は、この覚書を米国のサイバー政策における大きな転換であり、攻撃的サイバー作戦における民間セクターの役割の大幅な拡大だと評価した。インディアナ大学で応用サイバーセキュリティ研究センターを率いるスコット・シャッケルフォード氏は、プログラムに一定のガードレールが備わっており、増大する問題への意味のある対応になり得ると述べつつ、法的な課題も残ると指摘している。

懸念の中心は、承認プロセスが実務でどこまで機能するかにある。サイバー空間では標的の帰属判定が難しい。犯罪組織のインフラは、無関係な第三者のクラウドや乗っ取られた一般企業のサーバーの上に構築されていることが珍しくない。手続きが精緻でも、前提となる標的情報が誤っていれば巻き添えは避けられない。誤爆時の損害賠償責任が誰に帰属するのかも、覚書は明示していない。営利企業が平時から攻撃能力を維持し続けることの副作用もある。契約終了後、その能力と人材はどこへ行くのか——民間軍事会社をめぐって繰り返されてきた議論と同じ構図だ。

一方で、擁護側の論理も筋は通っている。犯罪組織は国境をまたぐことで法執行を空転させてきた。政府の捜査能力は人員と予算に縛られ、被害は年間200億ドル規模で積み上がっている。技術と人材が民間に偏在している以上、それを動員しないという選択にもコストがある、という主張である。

日本との構造的な違い

日本にとって他人事ではない理由は、時期が重なっているからである。

日本では2025年5月16日にサイバー対処能力強化法および整備法(いわゆる能動的サイバー防御関連法)が成立し、5月23日に公布された。2026年3月17日の閣議決定を経て、攻撃元とみられるサーバー等へアクセスし攻撃プログラムを停止・削除する無害化措置が、2026年10月1日から可能になる。制度の柱は、官民連携の強化、通信情報の利用、攻撃者インフラへのアクセス・無害化の三つだ。

ただし主体がまったく違う。日本でアクセス・無害化を行うのは警察と自衛隊に限定されている。独立機関である「サイバー通信情報監理委員会」が事前承認を担い、承認を得るいとまがない特段の事由がある場合に限って事後通知が認められる。民間企業が攻撃的作戦の実施主体になる制度は、日本には存在しない。

日本企業が取り得る対応は、依然として自社システムの防御・復旧・報告に限られる。攻撃者へ反撃すれば、不正アクセス禁止法をはじめとする国内法に抵触する。

影響と今後

日本の実務担当者が意識しておくべき点は、三つある。

一つは、脅威インテリジェンスの出所である。米国の「参加企業」として活動するセキュリティ企業から流れてくる情報が今後増える可能性があり、それがどのような作戦の副産物なのか、信頼性と法的な扱いをどう評価するかという新しい論点が生じる。

二つ目は、取引関係の確認だ。米国に拠点を持つ企業や米国企業と取引のある企業は、自社や取引先が「参加企業」に該当し得るか、契約関係を含めて把握しておく価値がある。

三つ目は、社内の共通認識である。米国の報道が「民間の反撃解禁」として流通するなかで、日本国内では反撃も攻撃元への能動的アクセスも認められていないという事実を、あらためて共有しておきたい。

今後の焦点は、署名から60日以内に策定される運用手続きの中身、実際に認定される参加企業の顔ぶれ、そして誤爆・巻き添え被害が生じた場合の責任の所在をめぐる法的議論である。プログラムの状況報告は180日以内および以後毎年、政策・国土安全保障担当の大統領次席補佐官と国家サイバー長官へ提出される。

よくある質問

米国の民間企業は、自分の判断でハッカーに反撃できるようになったのか

なっていない。覚書は参加企業が独自判断で作戦を実施することを認めておらず、すべての作戦は司法省・国土安全保障省の共同プログラム事業局長による書面承認を得たうえで、米国政府に代わってその監督下で実施される。企業が自社の判断で攻撃者のシステムへ侵入する権限を得たわけではない。

「参加企業」になるには何が必要か

技術的習熟度、サイバー作戦の実績、施設のセキュリティ、要員の身元調査といった最低基準を満たす審査を通過し、司法省または国土安全保障省と契約を締結する必要がある。加えて最低100万ドルの保証金またはエスクローの維持が求められ、契約に違反した場合は没収される。継続参加の可否は少なくとも年1回審査される。

どこまでやってよいのか、上限はあるのか

ある。死亡または重傷につながる可能性、および国際法上の武力行使・武力攻撃に相当する結果は「Critical Outcomes」と定義され、プログラム事業局長の通常の承認権限では承認できない。標的も外国のサイバー可能越境犯罪組織に限られる。

大統領覚書と、議会に出ている「サイバー私掠免許状法案」は同じものか

別物である。覚書は政府請負モデルで、指揮権は政府が握り報酬は契約に基づく。マイク・リー上院議員が2026年7月15日に提出したCyber Letters of Marque and Reprisal Act(S.5000)は、憲法上の私掠免許状を根拠に大統領が民間主体へ委任状を発行する構想で、報道によれば押収資産の一定割合を報酬とする設計を含む。法案は本記事執筆時点で成立していない。

日本の企業も同じことができるようになるのか

現時点ではできない。日本の能動的サイバー防御関連法では、攻撃元へのアクセス・無害化措置の主体は警察と自衛隊に限定されており、2026年10月1日の施行後もこの点は変わらない。日本企業の対応は自社システムの防御・復旧・報告にとどまる。

まとめ

2026年8月12日の大統領覚書は、「民間企業が反撃できるようになった」というより、「政府が実施する攻撃的サイバー作戦に、審査済みの民間企業を正式な実行部隊として組み込む道を開いた」と読むのが正確だ。書面承認、100万ドルの保証金、Critical Outcomesの上限、誤爆時の即時停止義務——ガードレールは相応に設計されている。

それでも政策の転換点であることは変わらない。国家が独占してきた攻撃的サイバー能力の行使に、営利企業が制度として関与する。その先には、議会で審議中の私掠免許状法案という、より踏み込んだ構想が控えている。

日本も同じ2026年10月に、警察・自衛隊を主体とする無害化措置を始める。攻撃的能力をどこまで、誰に委ねるのか。日米は同じ問いに、異なる答えを出そうとしている。

参考ソース

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