Voxtral 3とは何か——Mistralの音声AIが変える、文字起こしから音声理解までの現在地

はじめに——音声AIは「聞いて、考える」時代へ

2026年10月20日、フランスのMistral AIが音声AIファミリー「Voxtral 3」を発表しました。発表から1日足らずでHacker Newsに大きく取り上げられ、2026年10月21日13:35(JST)時点のHN Algolia API取得では568ポイント・147コメントが集まっていました。

注目すべきは、単発の文字起こしモデルの話ではないという点です。Voxtral 3は「聞いて、考え、話し、行動する」ボイスエージェントを構築するためのモデルファミリーとSDKのセットとして設計されています。音声AIは長らく「話した内容を文字に起こす」ASR(自動音声認識)が主役でしたが、2026年現在、その役割は「聞き取った内容を理解し、ツールを呼び出し、1秒以内に応答するエージェント」へと拡大しつつあります。

本記事では、Voxtral 3を題材にして音声AIの現在地を整理します。

この記事でわかること:

  • Voxtral 3の全体像(モデル構成・価格・5つの新機能)
  • ASRと音声LLMの違い——エンドツーエンド方式とパイプライン方式の技術的背景
  • Whisper・Gemini・ElevenLabs・Parakeetとの独自比較表
  • APIとローカル環境で実際に試す方法の使い分け
  • 日本語対応の現状(書き起こしは評価対象、音声合成はプリセット外)

一言でいえば、Voxtralは急速に進化しています。2025年7月の初代Voxtral(Apache 2.0で重みを完全公開し話題に)から、2026年2月の書き起こし特化のTranscribe 2、同年3月のTTS(音声合成)を経て、2026年10月のVoxtral 3では「モデルファミリー+エージェントSDK」という総合格闘技のような形に進化しました(各公式発表ページより)。この1年余りの歩み自体が、音声AI市場の変化をそのまま映しています。

Voxtral 3とは何か——モデルファミリーと5つの新機能

まず押さえておきたいのは、Voxtral 3が単一モデルではないということです。発表されたのは「音声モデルファミリー+ボイスエージェントSDK」という組み合わせで、文字起こし(STT)・音声合成(TTS)・エージェント構築の3層で構成されています。なお、本記事の価格・仕様はMistralの公式発表(2026年10月20日公開)および公式ドキュメントに基づき、2026年10月21日時点で確認したものです。

モデルファミリーの構成と価格

Mistral公式発表の価格表(2026年10月20日公開)に基づきます。

モデル 種別 価格 特徴
Voxtral Small Transcribe 3 STT(旗艦) $0.0040/min 多言語文字起こしでSOTA級、diarization対応
Voxtral Mini Transcribe 3 STT(軽量・バッチ) $0.0035/min 4Bパラメータ、リソース制約環境向け
Voxtral Mini Transcribe Realtime 3 STT(リアルタイム) $0.008/min サブ500msレイテンシ、35以上の言語
Voxtral Mini TTS 3(Speech 3) TTS $13/100万文字 35以上の言語・50以上の方言
Voice Agent API エージェント $0.04〜0.08/min LLM差し替え可能(Mistral Small 4使用時が最安)

5つの新機能

① 50言語の高精度文字起こし。 対応言語は50言語に拡大し、EU公式24言語に加えて低リソースのアジア・インド諸語もカバーします。話者分離(diarization)、専門用語の精度を上げるコンテキストバイアス、ユーザーの発話終了を予測するend-of-turn検出を搭載しています。

② 感情が適応する音声合成。 Mini TTS 3は35以上の言語・50以上の方言に対応し、感情・速度・強調を明示的に指示できます。テキストの文脈から感情や声のスタイルを暗黙に解釈する機能もあり、30分の音声だけで話者の個性を再現する「Pro Voice」による音声クローンも提供されます。

③ ボイスエージェントSDK。 LiveKitを基盤に、音声入力→LLM推論→音声出力を単一のストリーミングパイプラインで実行します。各ターン1秒未満の応答(公式発表値)と、ユーザーが割き込むと発話を停止するバージイン(割り込み)対応が特徴です。

④ SIP/WebRTC接続とツール呼び出し。 電話網へのSIP発着信、ブラウザ・アプリからのWebRTC接続に対応し、function calling・Web検索・RAGで既存システムと連携できます。コンタクトセンターやIVRとの統合を想定した設計です。

⑤ EUホストAPIとセルフデプロイ。 音声データの処理場所を組織が制御できる「主権」対応を明記しています。ヨーロッパ・米国・グローバルのエンドポイントに加え、自社インフラへのセルフデプロイ(エンタープライズ契約)が選べます。

ベンチマーク上の位置づけ

Mistralの公式発表によれば、Small Transcribe 3はFLEURS多言語評価とdiarizationでWhisper large-v3、Deepgram Scribe v2、Gemini 3.5 Transcribe、Microsoft AI Transcribe 2、GPT-Transcribeを上回ると主張しています。軽量版のMini Transcribe 3(4B)もFLEURS多言語と英語diarizationで3位、Gemini 3.5 Transcribeを超えるとしています。なお、これらの数値はFLEURS 35言語のマクロ平均WER(日本語・韓国語・中国語はCER)に基づくMistral自己申告のベンチマークです(公式docsの表記であり、第三者検証ではありません)。

日本語対応の現状

率直にいって、日本語対応は割れています。STT(書き起こし)側はFLEURS 35評価に日本語が含まれ(文字誤り率CERで評価)、50言語対応の対象です。一方、TTSの音声プリセットは18言語で、日本語は含まれていません。つまり2026年10月21日時点では「日本語の書き起こしは試せるが、日本語音声合成のプリセットはない」というのが一次情報から言える限界です。

【基礎解説】ASRと音声LLMはどう違うのか——エンドツーエンド vs パイプライン

Voxtral 3の新しさを正しく理解するには、音声AIの2つの設計思想を押さえる必要があります。

用語整理:ASRと音声LLM

ASR(Automatic Speech Recognition/自動音声認識)は、音声をテキストに変換する専用の技術です。OpenAIのWhisperが代表的で、「何を話したか」を文字に起こすことだけを担います。音声LLMは、音声を直接入力として理解・推論・応答するマルチモーダルモデルで、「話し手の意図を解釈し、質問に答え、要約し、関数を呼び出す」ところまでこなします。文字起こしは音声AIの一部機能にすぎません。

パイプライン方式:部品は替えやすいが、遅くて情報が落ちる

従来の音声対話システムの多くは、ASR→LLM→TTSを独立した部品として直列に繋ぐパイプライン方式です。各段階が独立しているため、モデルの差し替えやデバッグが容易で、コストも部分最適しやすいという長所があります。一方で、段階ごとに遅延が積み上がり、音声をテキストに変換する瞬間に韻律(抑揚)・感情・話者情報が失われるという弱点があります。「声のトーンで怒っているとわかる」情報が、文字になった途端に消えるのです。

エンドツーエンド方式:豊かだが巨大で不透明

対照的に、音声をそのままトークンとしてLLMに入出力するエンドツーエンド(音声LLM/speech-to-speech)方式は、韻律や感情を保持しやすく、遅延も積み上がりません。ただしモデルが巨大化し、「どこで聞き、どこで考えているか」の段階ごとの差し替えや解析が難しくなるトレードオフがあります。

Voxtral 3の選択:モジュラーなストリーミングパイプライン

Voxtral 3が選んだのは、この2つの中間にある「第3の道」です。各段階は別モデル(STTとLLMとTTS)のまま、LiveKitベースのSDKで全段階をストリーミング協調させます。話し終わるのを待ってから次の段階へ渡す直列処理ではなく、音声の切れ端をリアルタイムに次段階へ流し込み、待ち時間を相殺して各ターン1秒未満を目指すとしています(Mistral公式発表の説明による数値であり、本記事の実測検証ではありません)。部品の差し替え可能性(パイプラインの利点)と低遅延(エンドツーエンドの利点)を両立するアプローチです。

flowchart LR
    subgraph P["従来のパイプライン方式(直列・遅延が積み上がる)"]
        direction LR
        A1[音声入力] --> A2[ASR] --> A3[テキスト] --> A4[LLM] --> A5[テキスト] --> A6[TTS] --> A7[音声出力]
    end
    subgraph E["エンドツーエンド方式(音声LLMが一体化)"]
        direction LR
        B1[音声入力] <--> B2[音声LLM] <--> B3[音声出力]
    end
    subgraph V["Voxtral 3:モジュラーなストリーミング(全段階並行・1ターン1秒未満)"]
        direction LR
        C1[音声入力] --> C2["Mini Transcribe<br/>Realtime 3<br/>(発話終了検出)"] --> C3["LLM<br/>Mistral Small 4等<br/>(差し替え可)+<br/>ツール呼び出し"] --> C4["Speech 3<br/>(感情適応TTS)"] --> C5[音声出力]
    end
    P ~~~ E ~~~ V

系譜:「文字起こしを超える音声理解」は初代からの方針

この「音声の理解」はVoxtral 3が突然始めたものではありません。初代Voxtral(2025年7月、Apache 2.0、研究論文arXiv:2507.13264)は「Audio-Text-to-Text」モデルとして、32kトークンのコンテキストで書き起こし最大30分・理解タスク最大40分の音声を処理し、音声Q&A・要約・function callingに対応していました。Voxtral 3ではSmall Transcribe 3が翻訳・音声Q&A・要約・function calling対応として、この系譜を受け継いでいます。

現場の開発者はどこを見ているか

興味深いのは、Hacker Newsのスレッドでボイスエージェント構築者が挙げた評価軸です。「WER(文字誤り率)と音声の自然さは、どのプロバイダでもすでに『十分』の水準に達した。本当の差がつくのはレイテンシ、割り込み処理、話者への割り込み、感情・トーンの文脈適応だ」という指摘です。Voxtral 3が売りに出した1秒未満ターン・バージイン・感情適応は、まさにこの現場の痛点を突いた機能群だといえます。

【独自比較表】Voxtral 3 vs Whisper / Gemini / ElevenLabs / Parakeet

ここでは、Voxtral 3と主要な音声AIを同じ軸で並べた独自比較表を示します。数値・対応状況はMistral公式発表・docsの記載、および各社の公開情報をもとに2026年10月21日時点で整理したものであり、同一条件での独自実測ではありません。価格・仕様は各社の変更により変わりうる点にご注意ください。

独自比較表(2026年10月時点)

モデル 種類 価格 リアルタイム 話者分離 多言語 音声理解・ツール呼び出し セルフホスト
Voxtral Small Transcribe 3 STT $0.0040/min ✗(バッチ) ○ 50言語 ○(Q&A・要約・翻訳・FC) エンタープライズ契約
Voxtral Mini Transcribe Realtime 3 STT $0.008/min ○(サブ500ms) ○ 35以上 ✗ エンタープライズ契約
OpenAI Whisper large-v3 STT API課金 ✗ ✗ 多言語 ✗ ○(オープンウェイト)
Google Gemini 3.5 Transcribe STT API課金 △ ○ 多言語 ○ ✗
ElevenLabs Scribe v2系 / Flash STT/TTS 従量課金 TTSは低遅延 ○ 多言語 ✗ 一部
NVIDIA Parakeet STT 無償(OSS) ✗ 一部 有限 ✗ ○(CPUでも動作)

比較のポイント

  • 対Whisper:Whisper(2022年公開、68万時間学習のオープンソースASR)は文字起こし専用です。Voxtral側は初代から「全タスクでWhisper large-v3を上回る」と主張しており、Voxtral 3のSmall Transcribe 3はdiarization・コンテキストバイアス・音声Q&Aまで担います。
  • 対Gemini 3.5 Transcribe:公式docsでSmall・Miniともに「Gemini 3.5 Transcribeを上回る」と表記されています(FLEURS多言語・diarization)。
  • 対ElevenLabs:表現力あるTTSと音声クローンで定評のあるベンダーです。Voxtral Speech 3は$13/100万文字でOpenAI TTS-1・Deepgram・ElevenLabs Flash・Gemini Flashより低コストとMistralが主張しています。
  • 対Parakeet:NVIDIAの軽量ASRで、HNコミュニティでは「CPUのみでもオーディオブックの同期に使える速度」と実用性が評価されています。オープンで無料、ローカル実行の第一候補です。

用途別の選び方

  • 無料でローカル重視 → Parakeet、または旧世代Voxtral Mini 4B(GGUF/ONNX/MLX公開、CPU動作実績あり)
  • 多言語STTの精度を重視 → Voxtral Small Transcribe 3(バッチ・公式ベンチマーク主張)
  • 電話がかかるボイスエージェント → Voxtral Voice Agent SDK(SIP/WebRTC・1ターン1秒未満)
  • 表現力重視のTTS → ElevenLabs vs Voxtral Speech 3(価格差が判断材料)

注意書き

上記のベンチマーク優位はすべてMistral自己申告の主張です。評価はFLEURS 35言語のマクロ平均WER(日本語・韓国語・中国語はCER)に基づきます。実際の導入では、自分のドメインの音声(会議・電話・方言・専門用語)で同一条件の検証を行うことを強く推奨します。

【実践】Voxtral 3を使う2つの方法——APIとローカル/セルフホスト

Voxtral 3を実際に試すルートは、大きく2つに分かれます。自分の要件に合わせて選びましょう。

ルート①:Mistral APIですぐに試す

最短ルートは公式APIです。console.mistral.aiでアカウントを作りAPIキーを取得すれば、Studioプレイグラウンドで書き起こし・音声合成・ボイスエージェント・音声クローンをブラウザ上で試せます。

料金の感覚をつかむために、Mistralの公式価格表(2026年10月20日公開)で1時間の音声を書き起こす場合を試算すると:

  • Small Transcribe 3:$0.0040/min × 60分 = $0.24/時間
  • Mini Transcribe 3:$0.0035/min × 60分 = $0.21/時間
  • Mini Transcribe Realtime 3:$0.008/min × 60分 = $0.48/時間

月20時間の会議を書き起こす想定でもSmallで$4.80と、コーヒー数杯のレベルです。ボイスエージェント(Voice Agent API)はMistral Small 4使用時$0.04/min、他のLLMに差し替えた場合$0.08/minです。

ルート②:ローカル/セルフホスト——現実的な三択

「重みをダウンロードして自分のマシンで動かす」については、状況を正確に理解する必要があります。Voxtral 3世代の重みは2026年10月21日時点でHugging Faceに公開されていません。公式のセルフデプロイはエンタープライズ契約(営業コンタクト)がルートです。そのうえで、ローカル派にとっての現実的な選択肢は次の三択になります。

  1. 今すぐ無料でローカル試すなら旧世代のVoxtral Mini 4B Realtime(2026年2月公開)。GGUF・ONNX・MLX 6bitがHugging Faceで公開されており、CPUのみ・Apple Silicon・さらにはブラウザ内(Rust実装)での動作実績があります。Redis作者antirez氏による純CのCPUのみ推論実装「voxtral.c」もあり、エッジ実装の豊富さは旧世代ならではです。
  2. 最新のVoxtral 3を満載で使うならAPI。EU・米国・グローバルのエンドポイントから選べます。
  3. 主権・データ所在地の要件があるならオンプレセルフデプロイ。音声データを自社インフラから出せない組織(金融・医療・公共)向けで、Mistralの営業チームに相談する形になります。

ボイスエージェントSDKの構築イメージ

SDKはLiveKitベースで、リスニング(Mini Transcribe Realtime 3+発話終了検出)→推論(Mistral Small 4等、他モデルに差し替え可能)→応答(Speech 3)を1つのパイプラインにまとめます(公式発表の構成説明に基づく)。SIPで電話発着信、WebRTCでブラウザ接続、function callingで社内システムを呼び出せます。LLMが差し替え可能な設計は、推論品質とコストのバランスを自分で調整できるという意味で実用上大きいポイントです。

読者の次のアクション(3ステップ)

  1. Studioプレイグラウンドで日本語音声を1本書き起こす(console.mistral.ai — 試用から始められる)
  2. 自分のユースケースで価格を試算する(上記の単価表で月額を見積もる)
  3. エージェントを検討するならSDKチュートリアルへ(電話・WebRTC・ツール呼び出しの構成を確認)

2026年の音声AI市場——競合動向とVoxtral 3の立ち位置

Voxtral 3の発表は、2026年の音声AI市場の構図を象徴しています。

競合マップ

Mistral自身が公式ベンチマークの比較対象に挙げた顔ぶれが、そのまま競争マップです(各社の動向は2026年10月21日時点の公開情報に基づく整理です)。

企業 STT(書き起こし) TTS(音声合成) 特徴
OpenAI Whisper → GPT-Transcribe TTS-1 オープンソースASRの元祖とAPI後継
Google Gemini 3.5 Transcribe Gemini Flash マルチモーダルLLMの音声モード
Microsoft AI Transcribe 2 - Azureエコシステム統合
Deepgram Scribe v2 TTS リアルタイムAPI専門
ElevenLabs Scribe Flash 表現力TTS・音声クローンのリーダー
NVIDIA Parakeet - オープンで軽量、CPUでも動作

2026年の5大トレンド

一次情報から読み取れる今年の流れを整理すると:

  1. ボイスエージェント化——単発の書き起こしAPIから、ツール呼び出し+SIP/WebRTC接続の「電話がかかるエージェント」へ
  2. レイテンシ競争——サブ500ms STT・1秒未満ターン。割り込み(バージイン)処理が完成度の指標に
  3. 感情・韻律の制御——TTSが「読む」から「演じる」へ(明示指示+文脈の暗黙解釈)
  4. 主権・データ所在地——EUホストAPIとオンプレの訴求。Mistralの差別化軸
  5. 価格競争——バッチSTT $0.0035〜0.0040/min、TTS $13/100万文字というMistralの公開価格が価格帯の下押し要因に

Mistralの戦略の変化

注目すべきは、オープン戦略の変化です。初代Voxtral(2025年7月、公式発表)はApache 2.0で重みを完全公開し、研究者・ローカルLLMコミュニティに大きな衝撃を与えました。ところがVoxtral 3では、重みの公開は行われず、API+エンタープライズセルフデプロイ中心の提供に変わっています。Hacker Newsのスレッドでもこの点は話題になりました。オープンウェイトで市場を牽引してきたMistralが、商用フェーズで方針を調整した——この変化自体が、音声AIが「研究の域」から「ビジネスの主戦場」へ移行した証拠といえるでしょう。

日本での実用視点

日本の利用者にとっての現実的な整理は次のとおりです。STT(書き起こし)は日本語がFLEURS評価対象に含まれており、会議ログ・文字起こしDXの検討価値があります。一方、TTSは日本語プリセットがないため、日本語音声合成は当面ElevenLabs等の他社が有力です。つまり日本では「書き起こしから試す」のが現実的な入口です。

未解決の課題

公平を期すために、現場で指摘される未解決課題も紹介します。HNのスレッドでは、英語以外の話者が英語を交ぜるコードスイッチング(日英混合など)で出力が崩壊する問題はどのプロバイダも未解決という不満が挙がりました。また、音声クローン技術の進化はdiarizationとともにプライバシー議論を呼んでおり、「公共財としての音声認識」を求める声もありました。多言語50対応の売り文句に対し、混合言語の現場では慎重な検証が必要です。

よくある質問(FAQ)

Q: Voxtral 3は無料で使えますか?

A: Studioプレイグラウンドでの試用とAPI従量課金が基本です。なお、旧世代(Voxtral Mini 4B Realtime等)の重みはHugging Faceで公開されており、ローカル実行が可能です。Voxtral 3世代の重みは、2026年10月21日時点にHugging Faceのmistralai組織を検索した限りでは未公開でした。

Q: 日本語に対応していますか?

A: 公式発表ではSTT(書き起こし)の対応言語は50言語で、そのベンチマーク評価(FLEURS)に日本語(文字誤り率CERで評価)が含まれています。ただし、ベンチマーク評価対象であることと本番での品質は別問題のため、導入時は実際の音声での検証を推奨します。一方、TTSの音声プリセットは18言語で、日本語は含まれていません(2026年10月21日時点の公式情報)。

Q: Whisperと何が違いますか?

A: Whisperは文字起こし専用のASRです。Voxtral 3は、話者分離(diarization)・コンテキストバイアス・発話終了検出に加え、音声Q&A・要約・翻訳・function callingまで担う音声理解モデルと、ボイスエージェントSDKのファミリーです。公式ベンチマークではWhisper large-v3を上回ると主張しています。

Q: ローカルPC(GPUなし)で動かせますか?

A: Voxtral 3本体はセルフデプロイ契約が必要です。ただし旧世代のVoxtral Mini 4BはGGUF/ONNX/MLX形式で公開されており、CPUのみ・Apple Silicon・ブラウザ内での動作実績があります(純C実装のvoxtral.cもあります)。

Q: OpenAIやElevenLabsより安いのですか?

A: TTSは$13/100万文字で、OpenAI TTS-1・Deepgram・ElevenLabs Flash・Gemini Flashより低コストとMistralが主張しています。STTは$0.0035〜0.0080/minの帯域です(いずれも2026年10月時点の公式価格)。

Q: 電話対応のAIは作れますか?

A: Voice Agent SDKがSIPによる電話発着信・WebRTC接続・IVR/コンタクトセンター統合に対応しています。各ターン1秒未満の応答と、ユーザー割り込み(バージイン)への即時停止に対応しています。

まとめ——読者が次にやること

本記事の要点を3行でまとめます。

  1. Voxtral 3はSTT/TTS/エージェントSDKのファミリー——50言語対応とされる書き起こし、感情適応TTS、1ターン1秒未満(公式発表値)のボイスエージェントを統合
  2. 設計上の肝は「モジュラーなストリーミングパイプライン」——エンドツーエンド型とパイプライン型の中間として、差し替え可能性と低遅延の両立を目指す構成(公式説明)
  3. 日本語は書き起こし(STT)から——FLEURS評価対象だがTTSプリセットは未対応。音声合成は他社検討が現実的

音声AI選びの判断軸チェックリスト

自分の用途を5軸で判定してみてください。

  • [ ] 精度:専門用語・固有名詞が多いならコンテキストバイアス対応(Voxtral)が有利
  • [ ] レイテンシ:対話・電話ならサブ500ms STTと1秒未満ターン(Realtime 3+SDK)
  • [ ] 言語:日本語の書き起こしなら実データで検証、合成なら他社も比較
  • [ ] セルフホスト:無料ローカルはParakeet/旧Voxtral 4B、最新はAPI、主権要件はセルフデプロイ契約
  • [ ] 価格:バッチSTT $0.0035〜0.0040/min、TTS $13/100万文字(Mistral公開価格・2026年10月20日時点)を基準に他社と比較

次のアクション

  1. console.mistral.ai のプレイグラウンドで日本語音声を1本書き起こしてみる
  2. 自分のユースケース(会議時間×月)で価格を試算する
  3. ローカル派は旧世代Voxtral Mini 4B(GGUF)を手元のマシンで試す
  4. データ主権の要件がある組織は、Mistralのセルフデプロイ窓口に相談する

Mistralのモデル戦略については、過去記事「主権型AIエージェントの導入評価:Mistral Large 4を題材にした検証フレームワーク」も参照してください。

「音声は人類最初のインターフェースである」——初代Voxtral発表の際にMistralが添えたこの言葉のとおり、その回帰が2026年、いよいよ実用段階に入りました。文字起こしの先にある「聞いて、考える」音声AIを、まずは自分の音声1本から試してみてはいかがでしょうか。

参考文献

  1. Mistral AI「Voxtral 3」公式発表(2026-10-20): https://mistral.ai/news/voxtral-3/
  2. Voxtral Small Transcribe 3 ドキュメント: https://docs.mistral.ai/models/voxtral-small-transcribe-3-0
  3. Voxtral Mini Transcribe 3 ドキュメント: https://docs.mistral.ai/models/voxtral-mini-transcribe-3-0
  4. Voxtral Mini Transcribe Realtime 3 ドキュメント: https://docs.mistral.ai/models/voxtral-mini-transcribe-realtime-3-0
  5. Voxtral Mini TTS 3 ドキュメント: https://docs.mistral.ai/models/voxtral-mini-tts-3-0
  6. Mistral AI 音声機能ドキュメント: https://docs.mistral.ai/studio/audio/overview
  7. 初代Voxtral発表(2025-07): https://mistral.ai/news/voxtral
  8. Voxtral Transcribe 2発表(2026-02): https://mistral.ai/news/voxtral-transcribe-2
  9. Voxtral TTS発表(2026-03): https://mistral.ai/news/voxtral-tts
  10. Voxtral研究論文: https://arxiv.org/abs/2507.13264
  11. Hacker News「Voxtral 3」スレッド: https://news.ycombinator.com/item?id=50168396
  12. voxtral.c(純C・CPUのみ推論実装): https://github.com/antirez/voxtral.c
  13. voxtral-mini-realtime-rs(ブラウザ動作Rust実装): https://github.com/TrevorS/voxtral-mini-realtime-rs
  14. mistralai/Voxtral-Mini-4B-Realtime-2602(Hugging Face): https://huggingface.co/mistralai/Voxtral-Mini-4B-Realtime-2602
  15. ggml-org/Voxtral-Mini-4B-Realtime-2602-GGUF: https://huggingface.co/ggml-org/Voxtral-Mini-4B-Realtime-2602-GGUF
  16. onnx-community/Voxtral-Mini-4B-Realtime-2602-ONNX: https://huggingface.co/onnx-community/Voxtral-Mini-4B-Realtime-2602-ONNX