首都直下地震、基本計画11年ぶり改定──「死者半減以上」へ問われる本気度と、私たちの備え

リード ── 静かに、しかし確実に動き出した「最大級の備え」

派手な速報にはなりにくい。けれども、これは1都3県に暮らす数千万人の命に直結する決定である。

2026年6月12日、政府は閣議で「首都直下地震緊急対策推進基本計画」を11年ぶりに改定した。前回の策定は2015年(平成27年)3月。あれから10年あまり、首都圏の防災対策はどこまで進み、何が積み残されたのか——その答え合わせと、次の10年の設計図が、この改定に詰め込まれている。

中身は重い。政府は最大で死者約1万8000人、建物の全壊・焼失約40万棟と想定される被害を、今後10年間(おおむね2035年度まで)で「半減以上」減らすという目標を掲げた。これまでの「おおむね半減」という表現から、「半減以上」へと一歩踏み込んだ言い回しに変わった点に、政府の危機感がにじむ。

そして6月下旬、各紙が相次いで社説でこの計画を取り上げ、「被害半減へ問われる政府の役割」と論じた。閣議決定から日を置かず議論が広がっているのは、それだけ私たちの暮らしに近い問題だからだ。本稿では、何が決まったのか、なぜ今なのか、そして一人ひとりに何ができるのかを多角的に掘り下げる。

背景 ── 10年の宿題と、届かなかった「半減」目標

そもそも首都直下地震とは、南関東の地下で起きるマグニチュード(M)7級の地震を指す。政府は「今後30年以内に70%程度」の確率で発生すると見積もってきた。いつ起きてもおかしくない、というのが専門家の共通認識である。

国の対策は2005年の「首都直下地震対策大綱」に始まり、2011年の東日本大震災を経て本格化した。2015年には減災目標を定めた緊急対策推進基本計画が策定され、「2024年度末までに想定死者をおおむね半減させる」という数値目標が掲げられた。

ところが、その宿題は達成できなかった。2025年12月19日、政府の中央防災会議の作業部会(主査・増田寛也元総務相)が公表した新たな被害想定が、その現実を突きつけた。最悪のケースとされる「都心南部直下地震」が冬の午後6時ごろ、毎秒8メートルの風が吹く条件で発生した場合、死者は最大約1万8000人、建物の全壊・焼失は約40万棟に達するという。

確かに、対策は前進していた。2013年の前回想定では死者2万3000人、全壊・焼失61万棟。同じ揺れの条件で比べると、死者は約1万5000人(3割減)、建物被害は約35万6000棟(4割減)まで下がっている。建物の耐震化や火災対策が着実に進んだ成果だ。経済的被害も約95兆円から約83兆円へ、避難者も約720万人から約480万人へと減った。

それでも、「おおむね半減」という目標ラインには届かなかった。この「あと一歩届かない」という結果こそが、今回の計画改定の出発点になっている。

詳細① ── 被害の「7割」を占める火災という核心

新しい想定が浮き彫りにしたのは、首都直下地震の被害が他の災害とは異質だという事実である。最大の特徴は、死者数と建物被害の約7割が「火災」によって生じると見込まれている点だ。

地震そのものの揺れで建物が倒れるよりも、揺れの後に発生する火災が燃え広がり、木造住宅が密集する市街地を焼き尽くす——これが首都圏特有の最悪シナリオである。冬の夕方、風が強い時間帯という想定が選ばれているのも、火災が最も拡大しやすい条件だからだ。

火災の大きな原因とされるのが「電気」である。過去の大規模地震では、電気を原因とする火災が出火の半数以上を占めたとされる。地震で停電し、その後に電気が復旧した瞬間、倒れた家電や傷ついた配線から発火する「通電火災」が後を絶たない。

だからこそ今回の計画は、火災対策を最重視の柱に据えた。とりわけ期待されているのが「感震ブレーカー」だ。これは震度5強以上の揺れを検知すると自動的にブレーカーを落とし、電気を遮断する装置である。住民が不在のときや、就寝中、あるいはブレーカーを手で切る余裕もなく避難したときでも、自動で出火元を断ってくれる。政府は人口が密集する木造住宅密集地域(木密地域)を中心に、この感震ブレーカーの普及を「減災の切り札」と位置づけた。

詳細② ── 目標を「47から189」へ。数で示した本気度

今回の改定でもうひとつ注目すべきは、計画の「測り方」が大きく変わったことだ。

政府は減災目標を達成するための具体的な指標(進捗を測る目標)を、従来の約4倍にあたる189個へと大幅に拡充した。これまでは大まかな目標を掲げるにとどまっていたが、今回は「何を、どこまで、いつまでに」を細かく数値化し、進捗を可視化する仕組みに切り替えた。

たとえば感震ブレーカーについては「10年間でおおむね設置」という野心的な水準が掲げられた。ほかにも住宅の耐震化、消火器や住宅用火災警報器の普及、消防団の充実・強化、地域住民が自発的に作る「地区防災計画」制度の活用など、ハード・ソフト両面のメニューが並ぶ。

目標を細かく刻むのは、裏を返せば「掛け声だけでは半減できなかった」という反省でもある。指標を189個に増やしたこと自体が、計画にどう実効性を持たせるか、進捗をどう管理するかという課題に正面から向き合おうとする姿勢の表れと言える。

詳細③ ── 「避難所に入りきらない」現実と在宅避難

火災と並ぶもう一つの難題が、膨大な数の被災者をどう支えるかである。新想定では、避難者は約480万人、そして自宅に帰れなくなる「帰宅困難者」は約840万人に達するとされる。前回より減ったとはいえ、依然として桁違いの規模だ。

ここで深刻なのが、避難所が圧倒的に足りないという現実である。避難所の確保状況は自治体ごとにばらつきが大きい。報道によれば、東京都足立区では想定される避難者約29万人に対し、避難所の収容人数は5割強の約16万人にとどまる。単純計算で、避難したくても入れない人が大量に生じかねない。

そこで計画が前面に押し出したのが「在宅避難」の促進だ。自宅が倒壊や焼失を免れたなら、避難所に殺到するのではなく、できる限り自宅にとどまって生活を続ける——その考え方を社会に広げようとしている。実際、東日本大震災を機に「原則在宅避難」を管理規約に定めたマンションの管理組合も現れている。在宅避難を可能にするには、家具の固定や数日分の水・食料・簡易トイレの備蓄といった、各家庭レベルの備えが前提になる。

詳細④ ── 840万人の帰宅困難者と、83兆円の経済損失

首都圏という「人と経済の超過密地帯」ならではの問題が、帰宅困難者と経済被害である。約840万人と想定される帰宅困難者は、発災直後に駅やオフィス街にあふれ、徒歩で帰ろうとする群衆が救急・消防活動の妨げになりかねない。東日本大震災の際、東京都心で大量の帰宅困難者が発生し、交通機能が麻痺した記憶は新しい。計画では、企業に対して従業員を一定期間オフィスにとどめる「一斉帰宅の抑制」や、3日分の水・食料の備蓄を改めて求めている。

経済への打撃も甚大だ。想定される経済的被害は約83兆円。これは国家予算に匹敵する規模であり、工場の操業停止やサプライチェーンの寸断、本社機能の麻痺などを通じて、首都圏にとどまらず日本経済全体を揺るがす。前回想定の約95兆円からは縮小したものの、首都に政治・経済・情報の中枢が一極集中している以上、その損失が「国家の存亡に関わる喫緊の課題」であることに変わりはない。だからこそ、企業のBCP(事業継続計画)の整備や、データ・本社機能の分散も、防災の重要な一部として位置づけられている。

影響・今後 ── 計画を「絵に描いた餅」にしないために

では、この計画は本当に被害を半減させられるのか。専門家や報道が口をそろえて指摘するのは、「実効性」という最大の課題である。

象徴的なのが、切り札とされる感震ブレーカーの普及率だ。消防庁の資料によれば、その設置率は令和4年(2022年)9月時点で5.2%(参考値)にとどまっていた。認知度の低さや費用負担が壁となり、「10年間でおおむね設置」という目標のハードルは決して低くない。多くの自治体が設置費用の助成制度を設けているものの、住民一人ひとりが「自分ごと」として動かなければ、数字は伸びない。

避難所の不足も、自治体の財政や用地の制約と密接に絡む。在宅避難を促すにしても、備蓄や住宅の安全確保が伴わなければ機能しない。つまり、政府が189個の指標を掲げても、最後の実行を担うのは自治体であり、地域であり、そして各家庭なのだ。

裏を返せば、これは「自分の備え次第で結果が変わる」災害でもある。家具を固定する、感震ブレーカーを設置する、家族で集合場所を決めておく、数日分の水と食料を蓄える——一つひとつは小さな行動だが、その積み重ねが「死者半減以上」という国全体の目標を支える。防災を特別なイベントではなく日常の一部にできるか。今回の計画が問いかけているのは、結局のところ社会全体の「本気度」である。

まとめ

11年ぶりに改定された首都直下地震の基本計画は、過去10年で「届かなかった半減目標」への反省を土台に、「半減以上」というより強い目標と、189個に細分化された具体策を打ち出した。被害の7割を占める火災への対策、感震ブレーカーの普及、在宅避難の促進が三本柱である。

しかし、計画の成否を分けるのは、紙の上の数字ではなく、現場での実行だ。設置率5.2%の感震ブレーカーをどう広げるか、足りない避難所をどう補うか、そして私たち一人ひとりがどこまで「自分ごと」として備えるか。M7級の地震が30年以内に70%の確率で迫るなか、残された時間は限られている。今日できる小さな備えの一歩が、10年後の被害を左右する。


参考ソース

  • 朝日新聞「(社説)首都直下地震の基本計画 被害半減へ問われる政府の役割」(2026年6月22日)
  • 産経新聞「首都直下地震基本計画11年ぶり改定 想定見直しで政府、死者半減以上の減災目標」(2026年6月12日)
  • 日本経済新聞「首都直下地震の想定死者『半数以下』へ 計画改定、在宅避難など促進」(2026年6月12日)
  • 内閣府防災情報「首都直下地震緊急対策推進基本計画」(令和8年6月12日 閣議決定/変更説明資料)
  • 時事通信「首都直下地震、死者1.8万人 経済被害は83兆円―新想定、対策基本計画改定へ・政府」(2025年12月19日)
  • 読売新聞「首都直下地震の被害想定見直し、死者1万8000人『半減』目標に届かず」(2025年12月19日)
  • 読売新聞「首都直下地震の避難者480万人、帰宅困難者840万人想定」(2026年6月13日)
  • FNNプライムオンライン「カギは“防災を日常に” 死者1万8000人想定の首都直下地震被害」(2025年12月)
  • 山陽新聞/沖縄タイムス「【首都直下地震】減災の切り札、普及に課題 大量避難者も、対策急務」(2026年6月13日)
  • 消防庁「感震ブレーカーに関するこれまでの取組状況と課題」(設置率5.2%/令和4年9月時点)

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