全固体電池はいつ「買える」のか——リチウムイオンの次に来る電池の現在地と、量産を阻む3つの壁

はじめに——「次世代電池の聖杯」は、もう店頭に一部並んでいる

「全固体電池って、いつになったら買えるの?」

長年「次世代電池の聖杯」と呼ばれながら、実用化が先送りされ続けてきた全固体電池。本記事は、この素朴な疑問に、2026年9月時点の情報で正面から答えるものです。結論を先に示しましょう。「買える」は、すでに3段階に分かれて進行しています。

第一に、小型の固体系電池はすでに市販されています。心臓ペースメーカー向けや産業機械向けの製品に加え、固体系をうたうポータブル電源も登場しました(市販品の電解質構成の技術詳細は製品ごとに異なるため、本稿では「固体系」という総称で扱います)。

第二に、半固体電池を搭載したEVは、今まさに中国で買えます。Nioが提供するWeLion製150kWh電池パックは、1回の充電で約1,050kmの航続をうたっています(InsideEVs、2026年1月の報道ベース)。

第三に、本命である「完全な全固体電池」を搭載したEVは、トヨタと日産が2027〜2028年頃からの量産開始を公式に目標掲げ、中国CATLも2027年からの量産開始が報じられています(報道ベース)。ただし初期は高価なプレミアム車・ハイブリッド中心で、一般の人が広く買えるようになるのは2030年前後というのが現実的な見通しです。

一方で、業界は今、正念場を迎えています。2025年以降、日産の横浜パイロットラインやQuantumScapeのEagle Lineなど、量産に向けた拠点が相次いで稼働した半面、欧米では2025年1月以降だけでも少なくとも14社の電池スタートアップが倒産しました(Scientific American、2026年8月)。パイロット生産から大量生産への「跳躍」を越えられるかが、各社の分水嶺になっています。

なぜ量産はこれほど難しいのか。以下のセクションでは、全固体電池の仕組みから、量産を阻む3つの壁、各社のロードマップまでを順に解説します。

全固体電池の仕組み——リチウムイオン電池と何が違うのか

リチウムイオン電池も全固体電池も、電気をためる仕組みそのものは同じです。充電するとリチウムイオン(Li+)が正極から負極へ移動して蓄えられ、放電すると逆向きに戻りながら電子が回路を流れます(ホンダの公式解説を平易化)。両者を分けるのは、このLi+を運ぶ「電解質」が液体か固体か、ただ一点にほかなりません。

液系電解質の限界。現在のリチウムイオン電池は、可燃性の有機溶媒を電解質に使います。この液体は火災リスクをはらみ、高温では化学劣化が加速し、正極と負極が直接触れないようにするセパレーター(隔膜)も必須です。さらに液体は電極との副反応を起こして寿命を縮めます。エネルギー密度にも上限があります。負極の黒鉛は炭素6原子につきリチウム1個しか蓄えられないため、現行EV用セルのエネルギー密度は約250〜300Wh/kgで頭打ちです(Scientific American)。

電解質を固体にすると何が変わるのか。固体電解質は不燃・不揮発で高温でも動作し、正負極を隔てるセパレーターの役割を兼ねます。決定的なのは、負極にリチウム金属を使えるようになる点です。リチウム金属の貯蔵容量は黒鉛の約10倍あり、日産はエネルギー密度が従来比約2倍になると説明します。さらに固体電解質はLi+を選択的に通すシングルイオン導電体として振る舞うため、ショートの原因となるリチウムの樹枝状析出「デンドライト」の抑制が期待されています。ただし高電流条件ではデンドライトが固体電解質を貫通するという報告もあり、実用設計では引き続き課題とされます。液体と副反応しない分、正極材料の選択の自由度も広がります。

flowchart LR
    subgraph LI["従来のリチウムイオン電池"]
        direction LR
        C1["正極"] -->|"充電時: Li+ →"| E1["液体電解質<br>+セパレーター<br>(可燃性)"]
        E1 --> A1["黒鉛負極<br>(容量に上限)"]
        A1 -.->|"放電時: Li+ ←"| E1
        E1 -.-> C1
    end
    subgraph SS["全固体電池"]
        direction LR
        C2["正極<br>(材料選択の自由度↑)"] -->|"充電時: Li+ →"| E2["固体電解質<br>(セパレーター兼務)<br>不燃・耐熱"]
        E2 --> A2["リチウム金属負極<br>(黒鉛の約10倍の容量)"]
        A2 -.->|"放電時: Li+ ←"| E2
        E2 -.-> C2
    end

図の解説: 上段が従来のリチウムイオン電池、下段が全固体電池の構造イメージです。充電時にはLi+が正極から負極へ(実線)、放電時には負極から正極へ(点線)と移動します。固体化の本質は、電解質が液体から固体に変わることだけでなく、①セパレーターの廃止と、②負極の黒鉛からリチウム金属への置き換えがセットで起こる点にあります。

30年続いた液体設計からの転換点。リチウムイオン電池は1991年にソニーがHandycam向けに実用化して以来、基本設計を液体のまま30年以上使い続けてきました。転機は2011年です。東京工業大学の菅野了次教授らが、液体電解質を上回るイオン伝導率を持つ硫化物系固体電解質「Li10GeP2S12(LGPS)」を発見し、「固体はイオンを運べない」という常識を覆しました(JA Wikipedia)。これを機に2018年には小型・第1世代の生産が始まり、2026年からは大型・高性能化した第3世代(ラミネート型)の生産が複数の企業で開始されています。

ただし、電解質を固体に置き換えるだけで量産にたどり着くわけではありません。固体電解質にも「硫化物系・酸化物系・ハロゲン化物系」という選択肢があり、どれを採るかで各社の戦略と量産の難易度が大きく変わります。次節で、3つの方式を比較していきましょう。

固体電解質の3方式比較——硫化物・酸化物・ハロゲン化物、どれが勝つのか

全固体電池の行方を左右するのが、固体電解質にどの材料を使うかです。現在の実用化競争をリードしているのは「硫化物系」と「酸化物系」の2方式で、次世代候補の「ハロゲン化物系(ハライド系)」が続きます。まず、方式ごとの特徴を比較表で整理しましょう。

方式 イオン伝導率の特徴 主な長所 主な短所 代表採用企業 実用化段階
硫化物系 最高クラス。2011年に東工大が液体電解質を上回るLGPSを発見 柔軟で密着性が高く、室温での加圧成形が可能 水分に極めて弱く硫化水素の発生リスク。極低露点環境での製造が必須 トヨタ、日産、サムスンSDI、出光興産(材料) 大型電池はパイロット生産段階
酸化物系(セラミック) 硫化物系より低め 電気化学的に安定し、大気中での取り扱いが容易 硬く脆く、薄型・大面積化の加工が困難 QuantumScape、ProLogium(小型は日立造船・TDK・FDK) 小型は実用化済み、大型は開発段階
ハロゲン化物系 高電圧正極との組み合わせで注目 高電圧正極との安定性 研究段階で量産実績なし 公表された採用事例なし 研究段階
(参考)ポリマー半固体 3方式より低く、伝導率が課題 既存リチウムイオン設備の約80%を流用可能な設計 厳密には液体を含む「半固体」 Factorial Energy、中国の半固体各社 一部すでに市販中

表が示すとおり、硫化物系は「高性能だが扱いにくい」、酸化物系は「扱いやすいが加工が難しい」と、対照的な性格を持っています。硫化物系は、硫化物イオンが酸化物イオンより分極率が大きいことを背景にイオン伝導率で最高クラスに達し、柔軟なため室温のまま加圧成形できる点が量産上の大きな利点です。その一方で水分に触れると硫化水素を発生する恐れがあり、日産の横浜パイロットラインでも「極低露点環境をいかに省エネで実現するか」が量産化の課題とされています。酸化物系は安定性で優位ですが、QuantumScapeのCTOが「材料物性は最も報われるが、脆くて製造が非常に難しい」と語るように、セラミックの薄型・大面積化には高度な製造技術が求められます。

最後に、用語の注意点を押さえておきましょう。業界では電解質中の液体比率で呼び分けるのが一般的で、液体を15〜5%含むものを「半固体」、5%以下を「固体」、0%を「全固体」とします。しかし「固体電池」はマーケティング用語としても乱立しており、"quasi-solid state"(準固体)や"hybrid"、"condensed"といった定義の曖昧な名称も少なくありません。実際には、市販されている多くの「固体」電池は正極側に液体をわずかに含んでおり、厳密には半固体です。「完全なオールソリッドステートはあくまで目標」という専門家の指摘を踏まえると、「固体電池」という言葉に接したときは、液体をどこまで減らした電池なのかを確認するのが賢い読み方といえます。

方式の見取り図が揃ったところで、次は「いつ買えるのか」を実際に左右する量産の3つの壁を見ていきます。

量産を阻む3つの壁——①固固界面 ②製造プロセス ③材料コスト

全固体電池の原理そのものは、すでに実験室レベルで実証済みです。では「いつ買えるのか」を左右するのは何か。答えは、量産に立ちはだかる3つの壁——固固界面、製造プロセス、材料コストです。

壁1: 固固界面の接触抵抗——充放電のたびに「密着」が剥がれる

最初の壁は、固体と固体が接する界面です。液体電解質は電極の隙間まで浸透して常に接触を保てますが、固体にはその自己修復力がありません。充放電のたびに電極が膨張・収縮し、電解質との間に空隙(すきま)が生じます。接触を保つにはセルに面圧(押し付ける力)をかけ続ける必要がありますが、圧力が高すぎると脆い電解質に亀裂が入り、最悪の場合はリチウムが押し出されて内部ショートに至ります(Scientific American、2026年8月)。

日産は公式解説で、固固界面を維持する材料選定と「界面条件を維持する面圧のセル設計」を必須要件に挙げます。さらに面圧維持にはセルの膨張収縮に合わせて「呼吸する」パック機構が必要で、車体の重量と複雑さが増します。ホンダも、電解質と電極の密着性を高めるプレス(量産ではロールプレスで両立を目指す)について、荷重をかけすぎると組織構造が壊れて性能低下・部材破損するとし、緻密さと性能を結びつける確立された指標はまだ存在しないと明かします(両社公式)。

一方、突破口もあります。温間等方圧加圧(WIP)は均一な圧力場で電極層を緻密化し、抵抗低減に有効だと2024年の学術論文(ACS Applied Materials & Interfaces)で示されました。京都大学・鳥取大学・住友化学は2022年11月、外部加圧なしで安定動作する230Wh/kgの「柔固体」電池の共同開発に成功(京都大学発表)。「面圧なしでは成立しない」という前提そのものが揺らぎ始めています。

壁2: 製造プロセス——既存Li-ion設備が流用できない全新ライン

2つ目の壁は製造です。硫化物系電解質は水分に極めて敏感なため、極低露点環境での製造が必須です。日産の横浜パイロットライン(2024年4月公開・2025年3月稼働予定)では、除湿に大量の電力が要るため「小電力での極低露点環境の実現」が量産化の主要課題です(webCG取材)。加えて、電極材を均一に混ぜる撹拌技術、均等に加圧するプレス技術、薄く大面積に仕上げる技術も課題です。

QuantumScapeの事例が象徴します。同社は独自熱処理「Cobra」でセラミック電解質の焼成を数時間から数分に短縮し、2026年2月には自動化パイロット施設「Eagle Line」を公開しました。しかし、パイロットの1,000セル/日からギガファクトリーの10万セル超/日への拡大では、小規模では不可視だった微小なセラミック欠陥が故障モードとして顕在化します。2025年以降、欧米では少なくとも14社の電池スタートアップがこの「跳躍」に失敗して倒産しています(Scientific American)。さらに全固体は既存の液系設備では生産できず、全新ラインへの投資が必要です。既存設備の約80%を流用できるFactorial Energy(半固体方式)は例外的な存在です。

壁3: 材料・コスト——硫化リチウム(Li2S)が電池原価の5〜6割

3つ目の壁はコストです。中国電池業界のコスト動向を伝える報道(vietnam.vn、2026年。以下、算出条件が限られた特定ケースの試算を含みます)によれば、全固体電池のセル単価は1.6〜2.2元/Whで、EV主流のリン酸鉄リチウム(LFP)0.39〜0.5元/Whの約3〜5倍。70kWhの全固体パックでは、電池だけで車両価格が1万1,000米ドル以上上昇する試算も報じられています(前出と同じ報道ベースの試算です)。

内訳を見ると、固体硫化物電池コストの7〜8割が固体電解質で、その大部分が原料の硫化リチウム(Li2S)です。同報道が伝えるGotion High-techの試算では、Li2Sだけで電池全体のコストの50〜64%を占めるとされます。つまり全固体のコスト問題は、事実上Li2Sの供給網と価格の問題です。鍵を握るのが全固体電池特許数世界第3位(1位トヨタ、2位パナソニック)の出光興産で、トヨタとのLi2S・硫化物電解質の供給協業(詳細は報道ベース)が日本勢の供給網戦略の核と目されます(Nikkei Asiaほか)。業界ロードマップは、2028〜29年のLi2S増産を経て2030年に1元/Whを実現し中型車へ普及させることを目標に掲げます。

以下の図は、3つの壁が製造工程のどこに効くかを整理したものです。

flowchart TD
    M[電極材混練<br>電解質と活物質を均一混合] --> S[シート成形<br>極低露点環境が必須]
    S --> L[積層]
    L --> P[加圧成形<br>ロールプレス/WIP]
    P --> A[化成]
    A --> K[モジュール/パック<br>面圧管理機構]
    W2[壁2:製造プロセス<br>撹拌・除湿電力・大面積化] -.-> M
    W2 -.-> S
    W3[壁3:材料コスト<br>Li2Sが原価の5〜6割] -.-> M
    W1[壁1:固固界面<br>面圧と密着の両立] -.-> P
    W1 -.-> K
    classDef wall fill:#ffe8e8,stroke:#cc3333
    class W1,W2,W3 wall

混練・シート成形の工程には壁2(均一混合と極低露点環境)、加圧成形とパック段階には壁1(面圧設計と界面密着)が直結します。壁3のLi2Sコストは上流の材料調達を通じて全体を押し上げます。3つの壁は独立した課題ではなく、一枚岩の量産問題として絡み合っているのです。

各社の実用化ロードマップ——2026〜2030年、誰が最初に「買える」ようにするのか

「全固体電池はいつ買えるのか」——その答えは、一つの年号に収まりません。中国では半固体電池搭載車がすでに市販されており、2026〜2027年にはGAC(広汽集団)やCATLの量産計画、2027〜2028年には日本勢3社の全固体搭載が控え、広く手が届くのは2030年前後という見通しが重なっています。まず全体像を表に整理しましょう。

企業 電解質方式 実用化・量産時期 性能目標 提携・供給 2026年9月時点の状況
トヨタ 硫化物系 2027〜28年頃に量産投入目標 航続約1,000km超、10→80%充電10分切り 出光興産(Li2S供給網・協業詳細は報道ベース)、住友金属鉱山(正極・2028年生産開始予定) 特許数世界1位。「2年以内に車載開始」と2026年8月に言及。HV先行が有力
日産 硫化物系+リチウム金属負極 FY2028年までに搭載EV発売 エネルギー密度従来比約2倍。コバルトレス正極を検討 自社開発 横浜パイロットライン2025年3月稼働。2026年に公道試験予定
ホンダ 硫化物系 2020年代後半のモデルに採用 リチウムイオン比で50%小型・35%軽量・25%低コスト 単独開発 2024年に実証ライン稼働、量産技術を確立中
サムスンSDI 硫化物系 2027年実用化予定(報道ベース) 非公表 非公表 公式一次情報は未確認(百科・報道レベルのみ)
QuantumScape×PowerCo(VW) 酸化物系(セラミック)・アノードフリー 量産時期の公式目標は未確認 セル301Wh/kg。Ducati試作で844Wh/L、10→80%充電12分強 PowerCoが累計2.6億ドル超出資+最大1.31億ドルのマイルストーン資金 2026年2月に自動化パイロット「Eagle Line」公開。技術ライセンス型へ転換
Factorial 半固体(ポリマーFEST) 路上試験段階(量産時期非公表) 391Wh/kg、748Wh/L メルセデス(試作車1,205km走行)、Stellantis、現代/起亜 2026年6月にStellantisのDodge Charger Daytonaで北米路上試験開始
CATL 非公表 2027年から量産計画(報道ベース) 非公表 非公表 公式一次情報は未確認
GAC(広汽集団) 非公表 2026年からの搭載計画(報道ベース) 非公表 非公表 東洋経済オンライン報道レベル。公式詳細は未確認
BYD 非公表 2027年に実証開始、量産は2030年以降の見通し 非公表 自社開発 「シール」への搭載報道を否定
中国半固体勢(Nio/IM/MG/Voyah) 半固体(液体5〜15%) 既に市販中 Nio 150kWh・360Wh/kg・航続1,050km、IM L6 133kWh、MG4 53.9kWhなど WeLion、清陶、贛鋒などの電池メーカー 中国の店頭で現在購入可能

※サムスンSDI・CATL・GACなど、公式一次ソースが確認できていない項目は「報道ベース」と区別しています。表全体の出典は各社公式発表のほか、InsideEVs(2026年1月)、JA Wikipedia、webCG、東洋経済オンライン、Scientific American(2026年8月)です。

この表が示すのは、技術方式と投入の順序が地域ごとに異なる「3極構図」です。

日本勢=硫化物系で全固体一筋。 トヨタ・日産・ホンダはそろって硫化物系を選び、2027〜2028年を量産の目標に据えます。トヨタはEVより先にハイブリッド車へ搭載する道が有力とされ、小さなセルで実績を積んでから純EVへ広げる段階戦略です。全固体電池の企業特許数は1位トヨタ、2位パナソニック、3位出光興産と日本勢が上位を独占しています(Nikkei Asia、2022年)。

中国勢=半固体で「今すでに買える」状態を作った。 NioやIM、MG、Voyahの半固体モデルは液体を一部含む過渡技術ですが、量産と市販の先行というカードを先に握りました。本命の全固体でもCATLが2027年、BYDは実証2027年・量産2030年以降を示しており、まず「売れる形」から積み上げる姿勢です。

欧米勢=スタートアップ×自動車大手の提携モデル。 QuantumScapeはVW系PowerCoから累計2.6億ドル超の出資を受け、FactorialはメルセデスやStellantisと路上試験を進めます。開発リスクを分散する構図で、QuantumScapeは2024年に技術ライセンス型へ転換し、自社工場を持たない戦略へ切り替えました。

ただし、ロードマップの年号をそのまま未来として受け取るのは危険です。BloombergNEFは、2035年になっても全固体電池はEV・蓄電池需要の約10%に留まり、現在・計画中の全固体製造能力の83%は中国に集中すると試算しています(BloombergNEF、2025年8月)。「量産開始ラッシュ」は「市場の置き換え完了」を意味しない、ということです。

さらに、発表そのものの信頼性を問う事例も起きています。フィンランドのDonut Labは400Wh/kgの全固体セルを主張して電動バイク「Verge」への搭載を発表しましたが、裏付けデータを提示しないまま、2026年6月には外部専門家が「液体入りのリチウムイオン電池である」とする証拠を提示し、業界の強い批判を浴びました(Scientific American)。ロードマップ表の数字はすべて「主張」です。実用化時期や性能値が第三者検証を経たものかを確認する視点は、読者側にも必要です。

EV以外で先に買える固体系電池——ロボット・ドローン・ウェアラブル・家庭用蓄電

「全固体電池」と聞くとEVを思い浮かべがちですが、実用化の最前線はむしろ小型・高付加価値用途にあります。

まず、すでに買えるもの。心臓ペースメーカーやRFIDタグ、ウェアラブル機器には小型の固体電池が搭載され(メーカーがうたう方式には全固体と半固体の双方が含まれます)、マクセルは産業機械向け量産品を展開しています。Yoshinoは2023年に世界初の固体系ポータブルソーラー発電機を発売し、非固体系比2.5倍のエネルギー密度をうたいました(Wikipedia)。

直近では車両が動きます。電動バイクVerge TS Pro/Ultraは2026年Q1に顧客への引き渡しを予定する「最初に買える全固体車両」をうたう候補です。ただし電池を供給するDonut Labの400Wh/kgという主張には、2026年6月に外部専門家から「液体入りリチウムイオンではないか」との反証も呈されています(Scientific American・InsideEVs)。レースの世界では、QuantumScapeセル搭載のDucati V21L試作機が体積密度844Wh/L・10〜80%充電12分強という性能を公開しました。

その先の波が、eVTOL・ヒューマノイドロボット・防衛ドローン・AIデータセンターです。いずれもエネルギー密度が性能に直結し、価格感度が低いため高コストでも採用が進みやすい分野と予測されています。実際にFactorialは宇宙・航空向けの生産ラインを拡張し、CIA系ファンドIn-Q-Telが出資しました(Scientific American)。

実績も積まれています。日立造船の全固体電池は2022年8月、JAXAのISS「きぼう」実験棟でカメラ機器の電源として正常動作を確認。パナソニックも2023年9月、3分で10〜80%充電できるプロトタイプを発表しました。

全固体電池は「いつかのEVの話」ではなく、すでに身近な高付加価値製品から静かに動き出しています。

なお、小さな電池でAIを動かすエッジAIの現状に興味がある方は、500円マイコンでAIは動くのか?——ESP32×TinyML入門もあわせてご覧ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. 全固体電池を搭載したEVはいつ買えますか?

トヨタと日産が2027〜2028年頃の量産・搭載を目標に掲げ、CATL(2027年)や広汽集団(2026年)も続く計画です(各社公表、Wikipedia整理)。ただし初期は高価・少数生産が中心で、半固体電池なら中国でNio等が既に市販中です(InsideEVs 2026年1月)。日本で広く普及するのは2030年前後と見込まれ、BNEFは2035年でも全固体は需要の約10%と予測しています(BloombergNEF)。

Q2. 全固体電池は本当に安全ですか? 火災しないのですか?

電解質レベルでは、固体電解質は不燃・不揮発で液漏れがなく、液系より安全な設計を可能にします(ホンダ公式)。ただし、これが「電池全体として火災しない」ことを意味するわけではありません。反応性の高いリチウム金属負極の採用やデンドライト析出の課題は残っており、電池全体の安全性は材料・設計・使用条件に左右されます。面圧を維持するパック設計など実用上の安全設計は継続中です(Scientific American 2026年8月)。

Q3. なぜ全固体電池の量産はそんなに難しいのですか?

主に3つの壁があるためです。①充放電のたびの電極膨張収縮で固固界面が剥離する問題、②加圧成形や極低露点環境など、既存Li-ion設備が流用できない全く新しい製造プロセス、③硫化リチウム(Li2S)が電池原価の50〜64%を占めるコスト問題です(Gotion High-tech試算、日産・ホンダ公式)。

Q4. 全固体電池の価格はいくらになりますか? 今のリチウムイオンより安い?

現在のセル単価は全固体が1.6〜2.2元/Whで、リン酸鉄リチウム(LFP)の0.39〜0.5元/Whの約3〜5倍です(中国業界試算、2026年)。2030年に1元/Whとする業界ロードマップや、ホンダの「Li-ion比25%低コスト」目標もありますが(InsideEVs 2025)、当分はLi-ionの方が安い状況が続きます。

Q5. 日本のメーカーは全固体電池で中国に勝てますか?

全固体電池の特許数は1位トヨタ、2位パナソニック、3位出光興産と日本勢が独占し、硫化物系で先行しています(Nikkei Asia 2022)。一方の中国は半固体電池で既に量産・市販が先行し、全固体製造能力の83%が中国に集中するとの試算もあります(BNEF 2025年8月)。なお、日本政府のNEDO・経産省電池戦略の詳細は本稿執筆時点で未確認のため、要追加調査とします。

まとめ——「買える」までの賢い付き合い方と、読者の次のアクション

全固体電池が「買える」未来は、3層構造で近づいています。今すぐ買えるのは、ペースメーカーや産業機械向けの小型全固体、そして中国で市販中の半固体電池EV。2027〜28年にはトヨタや日産が全固体EVの量産を開始し、広く一般価格帯で手が届くのは2030年頃の見通しです。界面・製造・コストという3つの壁はいずれも技術的に解決途上で、有力な関門とされるのは壁3の硫化リチウム(Li2S)の供給網です。電池コストの5〜6割を占めるこの材料を誰が安価に量産できるか——特許数世界3位の出光興産の動きが鍵を握ります。

読者の皆さんの次のアクションは3つです。

  1. 電池・EV選びをしている方: 当面はLi-ion/LFPがコスト最適解です。「全固体待ち」で購入判断を止める必要はありません。
  2. ロボット・ドローン・産業機器の機器選定者: マクセル等の小型全固体・半固体電池は、既に実用段階の有力な調査候補です。
  3. 今後を追跡したい方: トヨタ・日産の2027〜28年発表、Li2S価格の動向、BNEFのシェア予測更新(2035年でも需要の約10%との試算)がチェックポイントです。

「EV電池の戦いは負けたかもしれないが、空の電化レースはこれから」——元ARPA-EプログラムディレクターCheesemanのこの言葉どおり、全固体電池の本当の主戦場は、まだ始まったばかりです。

※本稿に記載した実用化時期・性能値・コスト試算は、特記なき限り各社の計画・主張、または報道・業界試算に基づきます(公式一次情報を優先し、報道ベースの項目には本文中にその旨を記載しました)。数値は2026年9月時点の情報であり、今後更新される可能性があります。

参考文献

  • ホンダ「全固体電池」公式技術解説: https://global.honda/innovation/advanced-technology/all-solid-state-battery.html
  • 日産 全固体電池(ASSB)公式: https://www.nissan-global.com/EN/INNOVATION/TECHNOLOGY/ARCHIVE/ASSB/
  • トヨタ ニュースルーム: https://global.toyota/en/newsroom/corporate/39288520.html
  • Scientific American「Can QuantumScape and Factorial Energy Mass-Produce Solid-State Batteries?」(2026年8月): https://www.scientificamerican.com/article/can-quantumscape-and-factorial-energy-mass-produce-solid-state-batteries/
  • InsideEVs「Every Solid-State Battery EV」(2026年1月): https://insideevs.com/news/771402/every-solid-state-battery-ev/
  • webCG 日産横浜パイロットライン取材: https://www.webcg.net/articles/-/50098
  • 東洋経済オンライン: https://toyokeizai.net/articles/-/718109
  • BloombergNEF(2025年8月): https://www.bloomberg.com/news/newsletters/2025-08-27/europe-needs-a-reset-to-retain-electric-vehicle-battery-relevance
  • Nikkei Asia「Toyota secures huge lead in solid-state battery patents」: https://asia.nikkei.com/business/technology/toyota-secures-huge-lead-in-solid-state-battery-patents
  • ACS Applied Materials & Interfaces(2024年・WIP加圧論文): https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsami.4c01322
  • 京都大学 柔固体電池の共同開発(2022年11月): https://www.t.kyoto-u.ac.jp/ja/research/topics/gkml1q
  • マクセル 産業用全固体電池: https://biz.maxell.com/ja/rechargeable_batteries/allsolidstate.html
  • Wikipedia「全固体電池」(用語・世代整理の参考): https://ja.wikipedia.org/wiki/全固体電池

関連記事